第2話 過去から遺されたもの

アリシアの住むロゴス国はテオス大陸の南西に位置する比較的温暖な気候の国だ。

東隣にイリオン国、山脈を挟んで北側にダイナミス国と接しており、唯一隣接していない北東に位置するネペレー国と合わせて4国で大陸を形成している。

また、イリオン国と海を挟んでトウ国という国が存在し、世界は大きくこの5カ国に分けられていると考えられていた。


そして各国はそれぞれ貿易を交わし、それなりの利益や損益を出しつつも穏やかな国関係を築いていた。

それがそれぞれの国にとって最善だと考えられていたからだった。


しかし、突如そのバランスは崩れる。

10年前、イリオン国の王が突然他国の侵略に乗り出したからだった。

イリオン国と陸続き且つ山脈などの遮るものの無いロゴス国は一番最初の侵略先として狙われてしまった。


国力に大きな差がなかったことが逆に不幸を招いたのか。

10年もの間、繰り返される戦闘により両国ともたくさんの人や物が失われた。

このまま泥沼化し戦争が終わることがないのではないかと人々が希望を失いかけたその時、イリオン国内でかの国王を討つクーデターが起こった。

そして突如始まった戦争は、誰もが思ってもみない形で幕を引かれたのである。


幕引きを謀ったのはイリオン国の皇太子だった。

両国とも多くのものを失い、何の大義も無い戦争は大きな爪痕を残した。


それでも、人々は生き、生活していかなければならない。

イリオン国は一方的な侵略に対する非を認め、出来うる範囲での補償を約束した。

疲弊した国内でも何とか補償金を工面し、そして今後侵略を仕掛けないという表明のために自国の第2王女を人質同然に差し出した。

たとえその第2王女が異色の出自を持つ姫であったとしても、外交上その点に物申すことはできず、第2王女は静かに輿入れした。


イリオン国の元国王は好色な王だった。

さまざまな理由を持って王妃から第5妃まで、世界の4大国から一人ずつ、そして自国から二人を娶っていた。


第2妃はその中でもトウ国出身の妃であり、その娘である第2王女はテオス大陸では珍しい黒髪黒眼であった。

黒髪黒眼はトウ国人の特徴のため、海を挟むテオス大陸に住まうトウ国人は少ない。

そんな王女の見た目は当然ロゴス国でも珍しい。


戦争の落とし前として迎え入れられた王女は結果としてディカイオ公爵家へ輿入れした。

自身がロゴス国においてどういった立場なのかを十分に理解していた王女は、目立たず、でしゃばらず、人質という立場にも関わらず穏やかに暮らせることに感謝して静かに過ごしたのち35歳という短い生涯を閉じた。

その王女の遺した唯一の子、それがルーカスだった。

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