第3話 いつもの夢。いつかの記憶


 シーゼル・ブレイズチップ。またの名を、不死鳥の騎士。

 隣国とのいざこざによって増長した盗賊団を、自身を将とする義勇兵のみで討伐した男。

 その武功により、国王から家名と騎士爵位を与えられ、それ以降も度重なる功績によって貴族の仲間入りを果たした、英雄と言って差し支えない人物。

 そんな彼を当主とするのが、私が務めることになったブレイズチップ男爵家なのだ。



「私の家もこうだったらなぁ……」



 与えられた私室で、ここ数日で調査したブレイズチップ家についての情報を整理していたら、つい、ぼやいてしまった。

 一応、うちのお父さんも似たような経緯で騎士爵に任命された英雄だったハズなんだけどね……

 まあ、うちのお父さんの場合、騎士に任命された途端はしゃぎはじめちゃって、すぐに無理して死んじゃったんだけどさ。



「親愛なる父様。あなたとどっかの浪費家のおかげで、一人娘は今も苦労しておりますよ……っと」



 そんな文句を日記帳に綴り終えたら、少し乱暴に閉じてやる。

 物に当たるのは良くないが、誰にも見せない文面を残すくらい、問題ないだろう。

 日記といってもいろいろあったせいで、随分更新してなかったんですけどね。

 この部屋に筆記用具があって助かった。



「……いい部屋ですね」



 随分ボロくなってしまった日記帳に比べて、この部屋はとても綺麗だ。

 ちょうどいい高さの机に、長時間座っていても疲れない椅子。

 それなりに大きい窓に、ふかふかのベッドまである。


 はっきり言って、使用人に与えるような部屋とは思えない。

 屋敷を立てるとき、個室を作り過ぎてしまったんだろうか。

 あるいはひょっとして、今はもういない誰かの部屋だったとか……


 いや、やめよう。いち使用人があんまり邪推するものではない。



「今日はもう寝ようかな……」



 新しいことを沢山覚えたっていうのもあるけど、なんだかもう疲れてしまった。

 腰のベルトに手をかけて、鞘の根本から剣を外す。

 私はお嬢様の護衛でもあるらしいから、ひょっとしたら、この剣だって使うことになるかもしれない。



「よっと」



 ベッドに横になって、布団を整えながら寝支度をする。

 剣はいつも通り、枕元に置いておこう。

 明日からも何があるかなんて、全くわからないのだから……



***



 剣戟の音。響く怒号。破裂する火の粉。悲鳴。


 わかってる。これは夢だ。


 後ろから突き刺さる矢も、背中を引く十数の手も、全部夢。


 私は走ればいい。いつものように走って、逃げきればいい。


 耳を塞いで、目を瞑って、罵声も、嘆きも、懇願も、聞こえないふりをして。


 そうすれば死なない。死なないから……


 ほら、出口が見えてきた。



「…………」



 人の気配。一人。右側。

 左目を半分開ける。確認。



「……なにしてるんですか」



 場合によっては息を殺そうと思っていたけど、起きていることをアピールした方が良さそうなので声をかける。



「げっ! なんでもないわ!」



 枕元の下手人……もといネリーお嬢様はそう言って風が吹くようにぴゅーっと入口めがけて走り去っていった。

 扉が力強く閉められる。


 まあ、暗殺とかそういうのじゃなさそうだ。

 夜這いでもないだろう。

 というか、私の右側枕元には剣を置いてある。

 立てかけてじゃなく、体に添うように。

 お嬢様はあからさまにそれに手を伸ばそうとしていた。そんなに剣が気になるのだろうか。



「……まあ、気持ちはわからないでもないけど」



 私も傭兵になる前は、魔石付きの剣がうらやましくてたまらなかった。

 魔法に強い感応を示し、雷の矢や、ドラゴンの吐く炎でさえ、一太刀で打ち消してしまえる、魔石付きの剣。そりゃ一回は触ってみたくなるだろう。



「だからこそ、軽い気持ちで触っちゃいけないんです」



 武器はただただカッコいいものではない。

 何かを傷つけるために振るう道具で、人の命を奪うものだ。

 それは時に、扱う本人にも牙を向く。



「一生憧れたままでいられるなら、それがいいですよ……」



 まあ、憧れもそんなに長く続くものじゃない。しばらくあしらっていれば、興味を無くしてくれるだろう。

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