第15話 友達


 私が傭兵をやめた日、私の恩人は死んだ。

 相手は騎士崩れで構成されているという盗賊団。

 ただの盗賊だと侮っていたわけではないけど、事前情報が足りなかった。


 その結果、私たちは盗賊の活動区域に野営地を設営し……夜襲を受けた。


 相手には魔法使いがいた。

 団長や副団長、団長から剣を貸してもらっていた私やその他数人は、魔石付きの剣を使って魔法を打ち消し、応戦することができたけど、その他の団員や、非戦闘員はみんな、魔法の炎の餌食になった。


 テントが次々焼けて煙と暑さで意識が朦朧とし始めたころ、私は気づいた。

 残った団員に比べて敵の数が多すぎるということに。

 私たちに勝ち目はないということに。

 そんな中でも団長は敵を次々切り伏せながら大声で指示を送っていた。


 騎士学校の試験に後、身寄りを無くした私を拾ってくれたのは団長だった。

 家に残っていたレプリカの剣を支えに俯いて、路地裏でうなだれていた私のことを、傭兵団に勧誘してくれた。

 曰く、どちらかと言えば剣目当てだったけど、レプリカだったから弟子にすることにしたんだとか。


 とにかく、団長は私の心の支えだった。

 あの日も、運よく団長の傍にいた私は、何とか生き残れていた。

 ほかの団員が次々炎に包まれても、団長さえいれば何とかなるという確信があった。


 でも、盗賊たちも同じことを思ったんだろう。私が、団長から少しだけ離れてしまった瞬間、団長は、盗賊の一人に組み付かれた。


 団長は私に剣だけでなく体術や身のこなしも教えてくれていた。

 当然、教えられるということは、それだけ卓越した技術の持ち主であることに間違いはなかった。


 団長はすぐさま組み付いた男を振りほどいて、剣の底で殴りつけるか、剣先を突き刺すかで仕留めてしまえるはずだった。


 でも、現実は違った。男が団長に組み付いた瞬間、敵の魔法使いは、二人めがけて炎の魔法を放った。

 団長は、剣を魔法に向けることができなかった。


 聞きなじみのある声が悲鳴に代わって、それもすぐに枯れて、黒くなって、倒れて、動かなくなって……それで、私の心は折れた。

 本当なら、まだ副団長や私を含めた精鋭たちは残っていたはずだから、巻き返すこともできたはずだった。


 団長に駆け寄って炎を払って、蘇生を試みることだってできたはずだった。

 でも心の折れた私は、恐怖に負けた。

 自分に、すべてを教えてくれた人が死んでしまったと諦めてしまった。

 そんな状況で、自分が生き残れるわけがないと思ってしまった。


 副団長の怒号も振り切って、私は逃げた。

 途中、黒焦げになった団員に、足を掴まれかけもした。

 敵の放った矢が、左耳の横を通過したりもした。


 でも、判断が早かったおかげで……私が恐怖に負けたせいで、私は町まで逃げ帰れてしまった。

 私の着ていた服は、少しだけ焦げ跡が付いていたけど、返り血も、自分の血も、仲間の血も付いておらず、きれいなままだった。


 団長の私物だった魔石付きの剣も……きれいなままだった。



***


「キュージさん……ごめんなさい、本当に……」


 レネシアの話を要約しよう。


 かつて、ネリーがまだ騎士学校に通っていたころ、レネシアはネリーのことが気になっていたそうだ。

 文武両道、学年首席。しかし、そのせいでどこのグループにも属せておらず、前のめりすぎる対人コミュニケーションはまるでダメ。


 挙句の果てにその素性は、新興男爵家の第三子。

 放っておけば確実に、もっと上の貴族や平民に押しつぶされると確信したレネシアは、それとなくネリーに関わりに行き、警告していたのだという。


 あまり出しゃばりすぎてはいけないとか、新興男爵家の身分は危ないとか。

 それで、彼女はネリーと友達でいられていたつもりだったのだという。


 私は思わず、そのせいでネリーは学校に行かなくなったんだとか、よくそれで友達を自称できたなとか、とにかくきつい言葉でレネシアを糾弾した。

 レネシアは自分のお節介が、ネリーを傷つけていたことには、気付いていなかったそうだ。


 途中、彼女が嗚咽を漏らしながら泣き出しても、私は、彼女を許す気にはなれなかった。でもその後、事件の経緯を説明してもらって、私の認識は変わってしまった。


「ネリーは、暴漢に立ち向かおうとしてくれたのに、私は、全てを彼女に任せて、逃げてしまったの」


 事件の発端は、レネシアがネリーを呼び出したこと。

 今までどうしていたのだとか、そもそもなぜ突然来なくなってしまったのだとか、とにかく質問したいことがたくさんあったのだという。


 他の貴族たちに聞こえないよう、ほんのすこしだけ、学校の外の人気のない場所で、レネシアはネリーを呼び出した。

 そうして、貴族の令嬢が二人きりになったところで……事件は起きた。


 二人は運悪く、直剣や魔法の杖を携えた、やけに装備の良い悪漢に遭遇してしまったのだ。

 ネリーの友達である以上、私は、レネシアに殴り掛かるべきだったのかもしれない。


 でもその瞬間、私は頭に血が上るどころか、すっと冷静になってしまった。

 私だって、傭兵団の仲間を見捨てて逃げたことを思い出してしまうと……怒る気にはなれなかった。


 この人の、いざという時に逃げ出してしまう臆病さは、私にそっくりだ。

 コミュニケーション手段が不器用なのは、ネリーに似ているかもしれない。


 つまり、この人だって……レネシアだって悪者ではないのだ。

 私のように弱くて、ネリーのように不器用で……第一声で、友達を助けてほしいと言えるところもある、一人の人間なのだ。


「……あなたのことを、私個人としては、許せません。ですが、ネリーが許すというのなら、私も、許しましょう」

「それって……?」


 だったら、かけるべき言葉は……絶対に糾弾なんかじゃない。


「私に協力してください。当時の状況を私にできるだけ詳しく教えてください」


 今の私は、この人よりも強いから。


「今から私が、ネリーを助けに行ってきます」

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