第5話 チキンレッグのローストとお砂糖たっぷりケーキ


「今日もお疲れ様ですー」

「はい。いつもありがとうございます。メイジェリアさん」

「うわ、すごい汚れましたねー。落としがいがありますよ」

「はは……すいません………」



 水浴びを終えて服を着替えると、ふわふわした話し方が特徴的な洗濯担当のメイドさんが話しかけてきてくれた。

 いつも水浴び場の前で待機してくれているのですごく助かるけど、そのせいか、酷く汚れた日はちょっと申し訳なくなってくる。



「ところでちょっとお願いがあるんですけど、いいですかー?」

「はい、なんですか?」



 おや、メイジェリアさんからお願いなんて珍しい。

 一応、軽い世間話なら何回かしたことがあるけど、大抵は私から話を振っているのに。


「お嬢様のことについて話したいのでー……今日の夜、お時間頂けませんか」

「……ええ、大丈夫です」



 少し低めのトーンになった、真面目な声色。

 少しびっくりしてしまったけれど、彼女の目は真剣そのものだ。

 どうやら真面目なお話のようだし、しっかり覚えておこう。



「それとーおそらく、シェフからも同じ話を振られると思いますが、そちらもオーケーしてもらえると助かりますー」

「えっ、あはい」


 なんだろう? ちょっと妙な言い回しだ。

 一瞬違和感を覚えたけれど、メイジェリアさんの元気なサムズアップに気圧されて了解してしまった。一体何があるんだろう……?



***



 石レンガの縁取りがある、澄んだ橙色に輝く泉。

 大きく翼を広げた不死鳥型の生垣。

 素人目にも芸術的に映る中庭全体を見渡せる広々としたテラスに、大きめの白い丸テーブルが一つ。

 そこに用意された二席の、空席の向かい側に、私はいる。


 ここもなかなか、奇妙な空間だ。

 全体的に、白を基調とした空間が屋敷の中で浮いているっていうのもあるけど、それだけじゃない。

 テラスの広さに対して、物が少なすぎるのだ。

 はっきり言ってこのテーブルセット以外には、目に付くものが全くないのだ。

 それこそまるで、このテーブルだってつい最近出したものあって、今までは全く使われていなかったみたいな……



「お待たせいたしました、キュージさま」



 勝手な想像にふけっていたら、突然背後から声がかかった。

 少し高めな、男性の声。振り返ってみれば、その特徴的なシルエットが目に入る。

 声の主は、いかにもなコック帽をかぶり、そのふくよかな右腕一本で、かなりの量の食事をこちらに差し出してきた。

 このお屋敷の料理長、レニーさんだ。



「本日のメニューはチキンレッグのローストと、お砂糖たっぷりの贅沢ケーキでございます」

「はは……え、すご」



 いや、本当にすごい。

 まず驚くべきはその量だ。チキンレッグのローストは当たり前のように丸ごとが4本用意されているし、贅沢ケーキと銘打たれたデザートに至ってはなんと小さめのワンホールである。

 普通なら昼間の軽食には多すぎるし、なんだったら見ただけでうえっとなりそうだが、恐ろしいことに私には全くそれがない。


 なぜかと言えば、チキンレッグとケーキはこの屋敷に入ってからできた、私の大好物だからである。

 ローストには光沢のあるブラウンなソースがかかっていて、その出来立てほやほや加減を象徴するような湯気と共に漂うお肉の香りがたまらないし、ケーキの方はクリームはもちろん贅沢にあしらわれたイチゴを全体白く染めてしまうほどの粉砂糖が私の食欲を刺激してくる。

 個人的な好みドンピシャで恐ろしいことを抜きにしたって、何かしらのパーティーでもやるのかってくらい、豪勢な食事だと思う。



「えっと……何がお望みですか?」

「いえいえ、そんな裏などありませんよ。私はただあなたに喜んでいただきたいだけ!」



 だとしたらそれはそれで怖すぎるけど?

 何の見返りも求めずにこれをやられたら、流石に警戒してしまう。

 レニーさんはいつもふくよかで優しげな雰囲気をまとっているからなおさらだ。



「まあ、嘘はよくありませんね、単刀直入に申し上げます」



 ああ、流石に嘘だったのか。よかった。

 いや、良くはないな、まだ本題を聞けていないから。

 いやでも、メイジェリアさんの話によれば、似たような話ってことだったから、案外大したことはないのかも。

 なんにせよ、話をきいてみようか。



「お嬢様のことについて話したいので、今日の夜に、お時間を頂けないでしょうか」

「…………」



 驚いた。二人から同じ話をされて、全く情報が増えないことってあるんだ。

 めちゃくちゃ真面目な口調で言いだすものだから、ちょっと身構えてしまったじゃないか。

 心なしか、レニーさんのシルエットがシュッとして見えるくらいだもの。

 もっと核心的なことを言われるのかと思うじゃないか。



「は、はい。わかりました」



 別に断る理由もないからいいんだけど、この流れだとなんか嫌だな。

 めちゃくちゃ悩んでしまったけど、モノにつられて了承したみたいじゃないか。

 いや別に、この食事がなくても了承してましたからね?

 誤解しないでほしい。私はそこまで卑しいわけではないですからね?

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