第6話 まずいこと
お嬢様がテラス訪れる前に
いや、正確に言うなら、お嬢様の話に相槌を打ちながら、考え事をしていた。やっぱり、気になってしまうことがあるのだ。
「そこで名乗りを上げたのがお父様! お父様は同じく盗賊の被害に対して燻る気持ちをもっていた人々に、直接声をかけにいったのよ!」
「ふむ」
あれからしばらく経つけれど、未だに用件の見当はついていない。
使用人さんたちがこぞって呼びかけるような用事ってなんだろうか。
しかも、わざわざ濁して伏せなければいけない用が、私に対してあるなんて……
「ねえ! 聞いてる!?」
「はいはい。聞いてますよ」
噓だ。聞いてなかった。
丸テーブルの向かいに座るネリーお嬢様が、机にドンっと手を付いたことでようやく現実に戻ってくる。
あ、ティーカップの紅茶が、衝撃でお皿にちょっとだけこぼれてしまっている。もったいない……
「つまりね! お父様の時代の騎士学校は、実際に賊をひっとらえて憲兵に突き出さないと卒業できなかったの!」
「えっ、そうだったんですか?」
初耳だ。随分危なっかしい試験に感じるけど、昔の騎士学校って案外厳しかったのかな。
「やっぱり聞いてないじゃない!」
「あっ」
まずい、咄嗟にそれっぽいことを言ってごまかそうとしたせいですぐバレた。冷静になってみるとこれ、だいぶ失礼なことなんじゃじゃないだろうか。
「すいません。考え事をしていて……」
「ふん! せっかくキュージが騎士学校に憧れてたっていうから話してあげたのに!」
「ああ……すいません……」
それは本当に申し訳ないことをした。ついでにもったいないこともした。実際、騎士学校の話には興味があったのに。
とっくに入学は諦めてしまったけど、本物の貴族様からそんな話を聞ける機会なんて滅多にないはずだったのに。
「もう知らないわ! 今日のお話はここまでよ!」
「そんな……あっちょっと! 待ってください!」
「聞こえないわ!」
お嬢様が行ってしまう。
引き留めようにも、お嬢様は既に全速力で走り去ろうとしている。流石に走って追いかけるわけにはいかないし……あ、ああ、見えなくなった……
「やらかした……」
本当にやらかした。
主従関係とかそういうのを置いておいても、人として好ましくない行動をとってしまった気がする。
一月勤務できたからといって気が緩んでいた。
どう弁明しよう、いや、どう謝ろう。
「あの、お嬢様が物凄い勢いでお部屋に戻っていったのですが……どうされました?」
「ああ、レニーさん。すいません……」
タイミングがいいのか悪いのか、厨房の方から、ふくよかなコックさんが戻ってきてしまった。
みてみると体の前にお盆を携えている。その上には、紅茶によく合いそうなお菓子の数々が……
「ああ、追加のお茶菓子……本当にすいません」
「ははあ、さてはお嬢様と喧嘩してしまいましたかな」
「はい……というか、私が一方的に失礼を……」
ああ、まずいまずい。
コックさんともなれば、使用人全員に顔が利くだろう。
せっかく何かに誘ってもらえたのに、こんなところ見られたら屋敷中に私の悪名が広がってしまうのでは。
いっそのこと、噓を付いた方がよかったかな
いやでもそれはもっとお嬢様に失礼だし、なによりそんな噓つきたくない。
「まあ、お嬢様も繊細なお方ですからな。しょうがないでしょう」
「はい……えっ、そうなんですか?」
意外な返答だ。
正直なところこの一か月、お嬢様が繊細だと感じたことなんてなかった。
むしろ底なしに元気な人だと思ってたのに……
「ふむ、やはり知りませんか……。そうですな、せっかくお菓子もありますし、早めに始めてしまいましょうか」
「始めるって?」
「先ほど申し上げた、お時間頂く用事です。簡単に言えば……あなたの歓迎会ですな」
「えっ!?」
歓迎会? 私の?
確かに、用事があるとは聞いていたけど、何とも唐突だ。
嫌でも確かに、屋敷に入って一月くらいってなると、物凄くちょうどいいタイミングではあるのか……
「まあまあ、まずは付いてきてください。庭師にメイド、使用人一同食堂で待っておりますよ」
「えっ、ええ……」
なんだろう。歓迎会といえば嬉しいはずなんだけど、さっきのがさっきのだから複雑な気分だ。
それに、今の言い方だと、多分お嬢様はいないんだろう。
直接謝れてもいないのに、歓迎会にだけ出席するのはどうなんだろうか。
あと、庭師のおじいちゃんもいるなら、別件でも怒られそうな気がしてきた。嫌な予感がするなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます