第7話 ぶどうジュースと蒸留酒


 嫌な予感は半分当たりで、もう半分は杞憂だった。



「キュージちゃん! 勤続1ヶ月おめでとう!」

「いえーい!」



 両手を上げて拍手するセブラさん。

 ノリノリで右腕を突き上げるメイジェリアさん。

 穏やかに微笑みながら拍手するレニーさん、それとその他使用人の皆さん。

 総勢十数名の方々が、私に向けて祝福らしき何かを送ってくれている。



「えっと……どうも?」



 心配の種だった庭師のおじいちゃんもニコニコだ。

 しわだらけの目を細めながら口角を上げてしまっている。

 いつも見ていた渋い顔は見る影もない。


 食堂全体をよく見てみると、あちこち花やフリルで彩られているのがわかった。

 中央の長テーブルに至っては、結婚式でもやるのかってくらいの料理やお菓子が並んでいる。

 あ、しかもあの立て札、私の名前と祝福の言葉入りだ。

 いや、よくよくみると、あれもお菓子じゃないの……?



「えー、レニーさん?」

「いやはや……苦労しましたよ」



 えっと、この人たしか私のところにもお菓子とか運んでくれてたよね。

 こんなの、いつ作ってたの?

 いや、さすがに他にもシェフがいるんだよね?

 それっぽい人は見当たらないけど、いるんだよね?



「今日の主役はあなただから、目いっぱい楽しんで言ってちょうだい!」

「は、はい、ありがとうございます?」



 正直ちょっとけっこうだいぶ豪華すぎてこわい。

 どうして使用人一人にここまでしてくれるのだろう。

 だからといって、ここまでしてもらって楽しまなければ、それこそ失礼に当たるかもしれない。

 うーん……いろいろと気にかかっていることはあるけれど……

 まあ、お嬢様についての話を聞くのにも、いい機会かな。



***



 乾杯の合図が終わり、各々の使用人が談笑している中。

 私はというと、長机の隅の方に座って、ぶどうジュースをちびちび飲んでいた。

 別に孤立しているわけではない。

 私の横では例の庭師のおじいちゃんこと、レイサムさんが話をしてくれている。



「俺はな、あんたには本当に感謝してるんだ」

「感謝ですか?」

「ああ、俺は……俺だけを必要する環境からは、久しく離れていたからな……」

「あー……たしかに」



 というのもレイサムさんは、今まで暇で暇でしょうがなかったらしいのだけど、私たちが庭を使うようになってから、仕事にやりがいが出てきたそうなのだ。

 私たちが毎日めちゃくちゃにしてしまう庭を、いかに素早く整えなおすかとか、植物の世話を終わらせるかとか、そういうの。



「毎日あんなに荒らしてしまって……申し訳ないです」

「いやいい。むしろ、輝かしい若者の姿を見せてもらって、ありがとうと言いたいところだよ」



 そう呟きながら、蒸留酒の入ったグラスを呷るレイサムさんの目は、とても遠いところを見ているようだった。

 冷静に考えて、荒れに荒れまくった庭を一日で元通りとか、絶対人間技じゃないんだけど……この人、何者なんだろう。



「望むなら、良い障害物になる植物か、エクステリアを用意してやろう」

「えっ、本当ですか?」

「ああ、そういうものがあれば、あんたらの勝負も盛り上がるってものだろう?」



 しわの濃い口元から漏れる、クククという声。

 不敵な笑みってこういうことを言うんだろうな。

 申し出自体は凄くありがたいのに、謎のプレッシャーを感じてしまう。



「若者のためだ。俺の庭はいくらでも荒らしてもらってかまわないさ」



 あるいは、これが仕事人のカリスマというやつなのかもしれない。

 なんにせよ、いい感じの障害物があればお嬢様から逃げ切りやすくなるし、私に味方が増えたと言っても良さそうだ。



「若者と言えば……あんた、お嬢様のことをどう思ってる」

「お嬢様ですか」

「ああ」



 どう思ってるかっていうと……難しい。

 何せ、まだ会って一月だ。

 お嬢様のことはまだまだわからないし、内面に触れられているかと言えば随分怪しい。

 でも、少なくとも現在、外面に触れている印象は……



「親しみやすい方だなと、思っています」

「ほう?」

「そりゃ、毎日剣を狙われるのは困りますけど、いつも楽しそうにしてくれていられますし、いろんなことを話してくれますし……」



 そんな感じで、全力で接してくれているような感じがして。

 お嬢様のそばは、なんだかんだ居心地がいいのだけど。

 愛嬌があるとか、親しみやすいとか、そう言う言い方もできるけれど。



「もし、どこかで普通に会えていたら、いい友達になれただろうと……そう思いますね」



 そのどこかが、どこなのかは私にもわからない。

 事実、私は騎士学校に入れなかったわけだし。

 少なくとも、傭兵団で会っていたら、ろくなことになっていなかっただろうことはわかる。

 でもまあ、それはそれで、楽しそうだけどね。



「ふっ、そうか……そうかそうか……」

「おかしいですか?」



 またクククという声が聞こえて、冗談めかしながら私は聞く。

 第一印象は怖かったけれど、この方もなかなか愉快な人だ。

 上機嫌でいてくれると、こっちまで楽しくなってしまうな。

 

 ……まあ、私今お嬢様と喧嘩してるんだけどさ。



「あんたなら、間違いなさそうだな」

「え?」



 思考の不意を疲れて、間抜けな声を上げてしまう。

 間違いないって……



「それはどういう?」

「さあ? 俺も酒が回ってきた。気になるなら、ほかのやつとも話してくるといいさ」



 そう言うと、レイサムさんは席を立ってしまった。

 気になることを言われてしまったけど、引き留めるのも違う気がする。

 うーん……どうすればいいんだろ。



「俺は、あまり話してこなかったからな。お嬢様の機嫌の取り方は、ほかのやつの方が詳しかろう」

「は、ははは……?」



 あれ、おかしいな。

 一瞬考えたけど、会話の流れとは関係ないはず。

 私、別に顔に出やすい方じゃないと思うんだけど……この人、何者?




 結局、そんな疑問を言葉にできる機会は来ないまま。

 レイサムさんは、蒸留酒のグラス片手に、食堂の外へと出て行ってしまった。

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