第9話 セブラさんの書斎


 かくして、私は使用人さんたちに片っ端から声をかけつつ、お嬢様のことを尋ねてみることにした。



 そこまではよかったのだけれど……正直なところ、あまり良い結果を得ることはできなかったと言っていい。

 歓迎会全体、使用人さんたち全員の話を総合すると、お嬢様は本当に繊細というか……なんだったら私が来るまでは、部屋に籠りっぱなしだったそうなのだ。

 正確に言えば、お嬢様は一年ほど前まで学校に……かつて私が憧れた、騎士学校に通っており、成績も優秀だったそうなのだけど、ある時を境に学校に通うどころか、部屋からも出なくなってしまったのだとか。


 そういう話を聞くと、詳しく知りたくなるのは当然のことで、もちろん私はお嬢様が学校に通わなくなった理由を聞いたんだけど、誰も答えてはくれなかった。

 別の言い方をするなら、誰も答えなかった。

 聞き出そうとしても、そこで話を切られたり、お菓子を勧められたりしてごまかされてしまったのだ。



 ここからは推測になるけどおそらく、みんな理由を知らないわけじゃないだろう。

 意図的に答えなかったと見て間違いないと思う。

 いや、でも、私の剣を狙う理由の方はみんなわからないって感じだったっけ……?


 まあなんにせよ、この辺りのことが分かれば、私とネリーお嬢様の奇妙な日課も、もう少し楽になると思う。


 と、いうわけで。



「それで、私に直接聞きに来たってわけね」

「はい。セブラさんなら、いろいろと知っていると思って」



 いろいろと。我ながら含みのある言葉だ。



「多分、何も知らないままで今の状態を続けていれば、お嬢様もいつか怪我をしてしまうと思うんです。ですから、何か教えて頂けないでしょうか」

「ダメよ」



 ですよねぇ。

 だって、使用人全員が喋らないんだもの。

 全員同じ人なわけじゃないし、中には噂好きの人もいるだろうに、みんな喋りたがらないなんてありえない。


 ありえるとするなら、別の可能性。

 喋りたがらないんじゃなくて、喋ってはいけないとセブラさんあたりに口止めされている可能性だ。



「まあ察してるでしょうけど、私が口止めしてるわ。理由は言えない。質問にも答えられないわ」

「……どうしてもですか?」

「言ったでしょ。質問には答えられないって」

「はい……」



 うーん、無理だ。勝てない。

 何をもって勝利とするかって話だけど、少なくともこの人の隙をついたりはできないと私の本能が言っている。

 セブラさんから放たれる、静かな威圧感が私の行動を抑制してくる。

 さすがは当主婦人さまってところだろうか。



「でもそうね、一つ言えることがあるとするなら……私は、あなたが自力で知ろうとする分には、一切邪魔をしないわ」

「それは……どういうことでしょうか」



 教えないけど、邪魔はしない?

 一体どういうことだろう。



「要するに、あなたが知ろうとするのを止める気は無いし、使用人に聞くとか、私に聞くとか以外なら、やってくれてかまわないってこと」

「ああ……なるほど」



 うん、理由はわからないけど、言いたいことは分かった。

 つまり、知りたければ自分で調べろってことで、その分には邪魔しないよってことか。

 変な条件だ。



「わかりました。ありがとうございます」

「うん、またね」



 そんな会話を終えて、私は部屋から出る。

 そう言えばこの部屋、面接に使ったあの部屋だな。

 どうやらここはセブラさんの書斎だったらしい。

 通りで豪華だと思った。



「うーん……」



 しかし……まあ、そこまでしてお嬢様の過去を知りたいかと言われれば、微妙なところかもしれない。

 なにかを踏み抜いて、クビになったりするかもしれないし、貴族様の弱みとか見つけちゃったら、命の危険もあるかもしれない。



「まあ、なにもしないのが一番か……」



 死にたくはない。

 どうせ、私とお嬢様はただの主従関係だ。

 お嬢様だって、そこまで私に興味があるわけでもないだろう。

 私みたいな、元傭兵の……傭兵団から逃げ出してきた臆病者に、興味があるわけがないだろう。

 なにもせず、あしらい続けて、お給料がもらえればそれでいい……か。



「あっそうだキュージさん」

「えっ!?」



 背後の扉が開いて、さっき別れたばかりのセブラさんが出てきた。

 いきなりだったのでびっくりして飛びのいてしまう。

 前の方にツボとかあったら割っちゃってたかもしれない。



「さっきの話だけど、せっかくだから一つ追加を」

「は、はい」



 なんだろう。やっぱり詮索するなとかだろうか。

 あるいは、すでに知りすぎたからクビとかになっちゃうんだろうか。



「はいこれ」



 私が怯えて震えていると、セブラさんは私に何か手渡してきた。

 なんだろうこれ……

 金属製で……形から察するに、何かのカギとかかな?



「これね、ここの書斎のカギ」

「はぁ……えっ!?」



 ここの書斎って……あの、なんか凄そうな絵とかなんか高そうなゴザとかがあって、本がすごいいっぱいあるここの部屋のカギ?

 そんな場所のカギを渡すって……どういうこと?



「あんまり押さえつけるようなことするのも申し訳ないし、今日からここ、好きに使っていいわ」

「えっと……えっ?」



 さっきまでまとっていた、若干高圧的なオーラはどこへやら。

 急にいつもの、軽くて優し気な調子に戻られると混乱してしまう。



「本を持ち出してもいいけど、書斎の鍵は閉めておいてねー」


 そう言って困惑する私を余所目に、セブラさんは廊下の奥に消えていってしまった。

 なんというか、いつも通り、掴めないような雰囲気というか……



「なにがしたいんだろう……」



 全く読めない。

 いや私、一応文字は読めるんだけどセブラさんの意図が読めない。

 あまり詮索されたくないのか、それともちょっと調べてほしいのか。



「謎だ……」



 そうは思うものの、せっかく鍵を渡されたわけだ。

 お嬢様のことも何かわかるかもしれないし、そうでなくても、お嬢様のおかげで最近ちょっと知識欲が出てきたところだし。

 お昼になるまでの間、試しに書斎、使ってみようかな……?

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お嬢様はもっと強い ビーデシオン @be-deshion

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