第17話 強行突破

 中には人が多そうだ。

 何かしらの集会でもやっているのか、話し声も聞こえる。


「なあ、もう剥いちまわねぇか? 2日調べてわかんねぇなら大して金もむしれねぇだろ?」


「まあ待て。金だけの問題じゃねぇんだ。もしこいつが高貴な生まれだったなら、お手付きにした瞬間ここら一体火の海にされる。逆に、大した乱暴しなけりゃ金だけもらってお咎めなしでいられるんだよ」


 ……ダメだ。まだ、ダメだ。

 今すぐにでも飛び出したい衝動をぐっとこらえて息をひそめる。

 私の目的は、ネリーの救出であって、こいつらの殲滅じゃない。

 大丈夫、まだネリーは丁重に扱われている様子だから……


「そりゃそうだけど、俺この子タイプなんだよなぁ……こんなちんまいご令嬢なかなかいねぇぜ……へへ……」


 ……大丈夫だと自分に言い聞かせられているつもりだった。

 今飛び出すより、待った方がいいとわかっているはずだった。


「……ひっ」


 でも、それでも、テントの幕越しにうっすらと漏れ出た、篝火が焚かれる音よりも小さな悲鳴を聞いた瞬間。


「うらあああああ!!」


私は剣を抜いてしまっていた。


「うあっ!? 誰だ!」


 テントの幕を切り裂き、中へ踏み込む。

 人影は4人。うち一人は、膝と腕を縛られたネリーで間違いない。


「きゅ、キュージ!?」


 猿ぐつわなんかはされてなかったようで、ネリーの驚愕の声も響く。

 もう後戻りはできない。


「お久しぶりです、ネリー。お迎えに来ましたよ」


 ネリーを安心させるために、声をかけ、自分を鼓舞するために軽口を叩く。

 だけど、はっきりって状況はあまり良くない。

 本当なら、突入した勢いで一人くらい切り伏せてしまいたかったけど、そううまくはいかなかった。


 だったらもう、やるしかない。


「ハッ、いきなりどんなやつが攻めてきやがったと思ったが、女一人かよ! そんなんで俺らに勝てると思ってんのか?」


 雑談にふけっていたせいか、相手3人の武装は貧弱だ。

 3人とも、金属性のケトルハットを身につけているだけで、胴体やズボンはただの布。

 武器は腰のベルトからナイフを抜いたやつが二人と、棍棒を持っている奴が一人。十分に勝ち目はある。


「私はもう、逃げません」

「馬鹿が! お前ら!やっちまえ!」


 棍棒をもっているやつが指示を出し、残りの2人がこちらに向かってきた。

 少しだけコースを変えて、それぞれが左右から迫ってきている。

 だったら、やるべき事は簡単だ。


 私は、長剣を頭上に構え、手首と肘と足腰と、全身を捻りながら最高速で剣を振りぬく。その勢いで、身体全体も回転させる。


「大振りか! バカめ!」


 左側の男を狙ったせいか、私の側面からそんな声が聞こえる。

 視界には入らないが、私に飛びかかろうとしているんだろう。


 でも、バカはお前だ。


『カァン!』

「はっ!?」



 軽快な金属音が響き私の横で何かが倒れる。

 直後、足元に転がったケトルハットを見て、眼前の男が目を見開く。

 思い通り。私は向かい合ったヤツを狙ったわけじゃない。


 さっきのを大振りだと勘違いして近付いてくるようなバカを狙ったんだ。


 団長から教わった対多数の護衛剣術。

 剣を振ると同時に全身をひねり、腕の振りと身体の動きを合わせることで、全身を一回転させる間に、剣を1.5回転させる技術。


「回転切りですよ。マヌケ」


 ナイフで長剣のリーチに勝てるわけがないだろう。

 眼前の男が、驚愕して腰を引いているが、そこも私の射程内だ。


『カァン!』


 再びの軽快な金属音。

 まるで軸の折れたカカシみたいにもう一人のナイフ男も倒れる。

 これであと一人。


「ファイアボール!」

「っ!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は剣を自分の胸元に引き戻す。

 剣先を棍棒男の方に向け、迫る炎に応対する。爆炎の魔法、ファイアボール。こんな閉所で撃つなんて信じられない!


「なっ!? 打ち消しやがった!?」

 なるほど、例の魔法使いはこいつだったのか。

 手に持っていたのは棍棒ではなく、魔法の杖だったのだろう。

 だけど残念、私の剣だって魔石付きだ。魔法の芯をとらえれば、爆炎だって打ち消せる。


「らあっ!」

「くっ!?」


 棍棒男の顔面めがけて剣を突く。

 男がしゃがもうとしたせいで、剣先はケトルハットをかすっただけだった。

 でも一度しゃがんでしまえば、重心が不安定になることを私は知っている。

 対して今の私は、ネリーとのトレーニングのおかげで重心管理は完璧だ!


「おらあ!」

「ぐおあっ!」


 剣を突いた姿勢のまま、左肩を入れて男に突っ込む。

 しゃがんだ姿勢の男は、抵抗することもできずにタックルで吹き飛ぶ。

 すかさず私は男にかけより、腰を降ろして馬乗りになる。


 男は背中を強く打って、杖を取り落としたようだ。

 魔石やひとつながりの木材、動物のツノといった触媒がなければ、魔法は使えない。


 これで詰みだ。

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