第13話 一度は逃げたから


「は……?」


 頭が真っ白になる。

 え、だって、お嬢様はつい二日前に寮に移ったばかりのはずだ。


「騎士学校の方から得た情報によりますとお嬢様は初日の夜から寮に戻らず、それ以降連絡が取れていないそうです」

「……誘拐ですか?」

「わかりません」


 分からないとは言うけど、メイジェリアさんも理解はしているはずだ。

 貴族の令嬢が、連絡もなく突然姿を消すわけがない。

 ブレイズチップ家は新興の男爵家だから、暗殺ということはないだろう。だとすれば、何かしらの事故にあってしまったか、誘拐にあった可能性が高い。


「身代金目的であればよいですが……わがブレイズチップ家も、そこまで名が売れているわけではありません。ましてや、ネリーお嬢様は生まれ順では第三子で、しかも女性であられます」

「……っ」


 一気に血の気が引いていくのがわかる。

 そうだ。ネリーは、お嬢様である前に、女性なのだ。

 メイジェリアさんは、跡継ぎではないからお金をとれないと思われるという意味で言ったのかもしれないけど、それだけじゃない。


 私は、町で一人歩く女性相手に、良からぬことを考える輩が想像よりもずっと多いことを知っている。

 ましてや、外見では酷く幼く見える少女が、一人で通りを歩くとどうなるかなんてことは、私は身をもって知っている。

 身代金ではなく、身体を目的とした誘拐に、命の保証はない。


「セブラさまは、どうすると?」

「憲兵に調査を任せながら、ご自身でも騎士学校内部の近況を探っておられます。ですが……はっきり言って、騎士学校の中で何かが起こった可能性は、そこまで高くはないかと」

「……メイジェリアさんは?」

「私は騎士学校外の方を探っておりますが……そのことで、キュージさまにお願いがあるのです」


 騎士学校外でのことで私にお願い。嫌な予感がする。


「どうも最近、この街の外れで、賊による被害が増えているそうでして……時には、街の中でまで、窃盗や強盗、暴行の被害報告が上がることがあるのだそうです。それも……特に若い女性が狙われているのだとか」

「…………」

「キュージさま、念のため言っておきますが、今回のことはあなたのせいではありません」


 もちろん、メイジェリアさんはそういうだろう。

 それが礼儀というものだ。

 だけど、私の行動が、今回の事件にお嬢様をいざなったと言ってもいい。


 お嬢様はただ、私と一緒に学校に行きたかっただけなんだと思う。

 でも、喧嘩して、言い放ってしまったことの手前、逃げられなくなったんだと思う。

 私と……あの日から、ずっと逃げっぱなしの私と違って、お嬢様は逃げられなかったのだ。


「キュージさま、私はこの賊どもによって、お嬢様が狙われたのだと踏んでおります。憲兵は街の治安は守りますが、その外まで干渉してくれるほど、お人好しではありません。旦那様にも連絡はしておりますが、騎士を派遣してもらうにも、時間がかかります。ですから私は、盗賊討伐の専門家を頼りたいのです」

「傭兵……ですか」


 憲兵の仕事が街の治安維持なら、傭兵の仕事は街の外の治安維持だ。

 街外れに出るモンスターや、自警団の無い村の手助けをすることもあるが、傭兵の本業は確かにもっぱら盗賊討伐ではある。

 だったら私に頼るのは納得ではあるのだけど、問題は、傭兵は一人で行動できるほど、力を持っているわけではないということだ。


「残念ですが、私に傭兵団へのツテはありません」

「……そうなのですか?」

「ええ、私のいた傭兵団は、壊滅しましたので」

「それは……失礼を」

「いえ、いいんです」


 もとより私に、傭兵団を頼れるだけの力は。

 あの日、傭兵団が壊滅したあの日に、一人だけ立ち向かわず、逃げた私には、そんな資格もない。

 だから、私はもう、傭兵を名乗ることもできない。だけど……


「ですが、私は元傭兵です」


 私だって、かつては盗賊相手に立ち向かっていた。

 団長に拾われたその日から、私は傭兵だった。

 今の自分を誇れなくても、確かに必死に生きてきた。

 恥と恩義を捨て逃げてまで、私は必死に生きてきた。


 それからずっと逃げ続けても、私はこの屋敷の一員でいられていた。

 一度は逃げたからなんだというのだ。

 逃げたから逃げ続けなきゃいけないなんて誰が決めたのだ。


 私は間違えた。傭兵団の皆を見捨てたし、お嬢様を傷付けた。

 だったら、そこから挽回するのが道理というものじゃないのか。


「私も、調査に参加します」

「……心強いですが、私の下で動かれるということですか?」

「いいえ、メイジェリアさんは引き続き街の調査をお願いします」

「……本当にどうされるのですか?」


 私は一人である前に、お嬢様の従者だ。

 そして、従者である前に私はお嬢様の……ネリーの友達だ。

 私はもう、大切な人を失いたくない。

 部屋の隅で一人泣き続けるような、惨めな思いをしたくはない。


 そんな、耐えようがない、大きなリスクを取るくらいなら……


「ドレスを一着用意してください。騎士学校に潜入して、直接、ネリーの痕跡を追います」


 この剣とともに、もっといい未来を切り開いてやる。

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