第19話 不死鳥の騎士


 シーゼル・ブレイズチップ。またの名を、不死鳥の騎士。

 隣国とのいざこざによって増長した盗賊団を、自身を将とする義勇兵のみで討伐した男。


 その武功により、国王から家名と騎士爵位を与えられ、それ以降も度重なる功績によって貴族の仲間入りを果たした、英雄と言って差し支えない人物。

 そんな彼を当主とするのが、私が務めることになったブレイズチップ男爵家なのだ。


 彼はある秘術を得意としていた。

 魔石付きの剣を用いた、この国全体で、彼だけが使い方を知っている。

 オリジナルの技術。


 不死鳥の騎士の所以は、そこから来ているらしい。


***


「不死鳥の騎士の名の下に……」

「あ? 何してる?」


 ………… ……。


 ………。


 ………。


「炎の鳥神の名の下に!」

「……! おい!お前ら止めろ!」


 ……… …… ……………


 ………


 ………?


「わが身に宿れ! 再生の炎!!」

「熱っ、あっあっ熱い!!」



 ……あたたか……い?



「リザレクション!!」



 ……?


 ……!?


 ……!!!



 意識が戻る。ぼやけていたそれがはっきりしたような気がする。


 思考が戻る。深い底から、引き上げられるような感覚を覚える。


 感覚が戻る、背中が痛くなって、すぐになんでもなったように見える。


 視界が戻る。明るい。視界が、オレンジ色の炎に包まれている。


「ねえ、キュージ、一つ教えてあげる」

「……は、はい?」


 突然なんだろう? というか……これは一体……?


「騎士学校ってね。座学オマケなのよ」


 そ、そうなのか。

 入学試験が厳しかったし、教科書も多いし、てっきり座学メインかと。

 いや、それ今する話なんだろうか?


 なんて口に出しそうになってしまうけど、眼前の光景は圧巻に足るもので。オレンジ色の炎を纏い、瞳を燃やしたネリーに私は、言葉を奪われてしまったのだ。


「あんな試験しておきながら、成績評価は9割実技。でも、私は完璧にこなしたわ」

「……凄いですね」


 なんというか、今はそう伝えるしかない。

 これは一体何の技術だろうと考えても、全く思い当たらない。

 少なくとも剣術ではないが、魔法とも何かが違う気がする。


「でね、実技にも2種類あって、肉体面と魔法の実技があるのよ」


 ああ、なるほど、そういうことか。

 そう言えば、教科書は魔法の仕組みについて語っているものが多かったな。

 ネリーの言いたいことも、なんとなくわかった。


 剣についた魔石を光り輝かせたネリーを見て、なんとなく、察することができた。多分……いや、確実に、これがネリーの得意分野なんだろう。


 私はそれを知っている。

 死の縁にあるものに、燃え盛る炎のような活力を与える術。

 不死鳥の騎士が初めに編み出し、以来ブレイズチップ家に伝わるという技法。

 実際に、この目で見たことは無かったけれど。


 なんて綺麗で、暖かいのだろうか。


「本当なら、初日に見せたかったんだけど……今からちょっと、いいかしら?」

「ええ、いいですよ」


 魔石付きの剣をやけに欲しがるわけだ。

 魔石付きの剣は、魔法を打ち消せる。

 それは、魔法の発動を阻止しているからじゃない。

 魔法の源泉……魔力に対して、強く干渉できてしまうからだ。


 そりゃあ、人に見せたくもなるだろう。

 初日で剣を貸してもらって、気を引きたくもなるだろう。


「私の得意科目……魔法剣。今から見せたげる」


 そうして、ネリーは尻餅を付いていた魔法使いと、遠くに構えていた弓兵に向けて、向き直った。

 やり取りの間に放たれた弓矢は、剣の纏う炎によって焼け落ちた。

 勇壮なるオレンジ色の炎を巻き上げて、ネリーは携えた剣を一振りした。


 優しい炎が、テント全体を覆いつくしていく。

 人間の肌はそのままに、手に持つ弓や棍棒を焼き尽くしていく。

 纏う天幕にも飛び火して、橙色の炎が空模様を明らかにした。


 空は夕焼け。この場で武器を握るのは、一人の魔法剣士だけ。相対するのはシャツも防具も灰燼に帰した、上裸のむさくるしい男たちだけ。


「ははっ」


 結論を言ってしまえば、そうだな……。


 私が思っていたよりもずっとずっと。

 もっともーっともっともっと……!

 ネリーは強かった。

 精神じゃなくて、実際に。


 丸腰の盗賊たちなんて、相手にならないほど。

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