第2話 ちっちゃいお嬢様


「本当にここ居ていいんですかね……?」



 お屋敷の前で剣を身に着けていると落ち着かない。

 一応、襲撃者っぽくならないように剣はベルトから外して抱えているけど、これはこれで不審者だ。

 とりあえず、早く誰か出てきてほしい。できるなら、事情を知っている人に。


 そう思っていると、門の向こうから誰かが歩いて来るのが見えた。

 言い表すなら……ちっちゃい。真っ直ぐにこちらに向かってくるが、期待はしない方がよさそうだ。

 むしろ通報される可能性すらあるかもしれない。目は合わせないようにしよう。



「ねえあなた!」

「えっ、はい」



 しまった。あまりに元気よく話しかけられたものだから思わず返事をしてしまった。

 もう無視はできない。

 会話の主導権も向こうに握られてしまっている。



「その剣、私に触らせてよ!」



 突然何を言っているんだとは思わない。

 なぜかといえば、彼女がちっちゃいからだ。

 わかるよ、剣ってかっこいいよね。

 でも、もちろん触らせるわけにはいかない。



「ダメですよ。あぶないですからね」



 たしなめるようにわたしは答える。

 ちゃんと膝を折って目線も合わせる。

 傭兵団にいた時、こういう小さい子の相手をするのはわたしの役目だった。



「なんでよ!」



 うーん……この子はなかなか厄介そうだ。

 理由はさっき説明したのに、もう一度言わなければならなくなってしまった。

 しかもこういう子に繰り返し同じ事を言っても大体聞き入れてはもらえない。

 わざわざ言い換えるのも違う気がするし……



「これはわたしの物なので」



 小さい子にはこう言ってしまうのが一番伝わりやすいだろう。

 厳密に言えばわたしの物ではないけれど、この子の物でもないんだから。

 実際、目の前の女の子は納得こそしていないようだけど、ちぇーっといった様子で諦めてくれたようだ。



「あら、もう来てたのね」



 気が付くと、昨日の面接担当者さんが門の内側から近くに寄ってきていた。

 昨日もそうだったけど、相変わらずドレスにアクセサリーを身に付け、美麗で豪華な服装だ。



「こんにちは。昨日はありがとうございました。それで……今から準備でしたっけ?」

「あー……いや、今から開始よ」

「えっ?」

「あれから本人と話し合ったんだけど、もうそのまま来て働いてもらった方がいいんじゃないかってなっちゃったのよね」

「それはどういう……?」



 いやまあ、意味はわかる。

 使用人服よりも今着ているこの服装の方がいいってことだろう。

 問題はその理由だ。たしかに、傭兵っぽい服装なら護衛に適してはいるんだろうけど……



「ああ、その前に紹介するわね。この子があなたの主人、ネリー・ブレイズチップちゃんよ!」

「えっと……えっ!?」



 そう言って左手で指されたのは、先ほど剣に興味を示したちっちゃい少女だった。

 いや、だとするならおかしい。

 昨日、帰ってからこの家について少し調べたけど、ブレイズチップ家のお嬢様は、私と同じぐらいの年齢のはず。



「今、私のことちっちゃいって思ったでしょ!」

「そ、そんなことないです!」



 まずいバレた!

 改めてよく見てみると、彼女の服装はピンク色のレースが付いた赤のドレスで、いかにもお嬢様と言った風貌だ。そんな子が理由も無くお屋敷にいるわけがないのに何をやっているんだ私は。



「いいのよ! 実際私はちっちゃいもの! それより、あなたがキュージで間違いないのね!?」

「えっとあっ、はい!」



 ううーん?許してくれたんだろうか?

 言っていることは寛大だけど、張りがありすぎるせいで怒っているのかどうかわからない。

 例えるなら、戦闘中の隊長が味方に命令を伝えるときくらい声が大きい。



「だったら早く中に入りなさい! ほら!」



 お嬢様は鉄格子の門を開けて、急かすように手招きする。

 なにを急いでいるんだろう? ひょっとして、お嬢様自ら私のことを見定めようとしているんだろうか。

 面接の次は実技試験ということなのだろうか。



「……失礼します」



 恐る恐る一歩踏み出す。

 石畳に足を乗せて、敷地内に踏み入る。

 硬くなり過ぎないよう、適度に力は抜いて歩く。

 お嬢様がじっと見てくるせいで居心地が悪いなぁ……



 そんなことを考えていたら、突然背後からガシャンという音が響いた。


「えっ?」



 振り返ってみると、力強く門が閉められている。

 お嬢様がやったらしい。両手を壁に突くように、全体重をかけて門を閉めたようだ。

 咄嗟に昨日の面接官さんの方を向くが、貼り付けたような笑顔のままで、何も反応してくれない。



「えっと……?」

「敷地内に入ったってことは、私の言うこと聞いてくれるわよね!」

「いや、そんな話聞いてないけど」



 言ってから咄嗟に口をつむぐ。

 思わず素の口調が出てしまった。



「…………」

「…………」



 みんな黙ってしまった。

 なんだろう、気まずい。失敗した。

 これならはいと答えたほうがマシだったかもしれない。

 もしくはずっと叫ばれてたほうがマシだったかも。



「お願いなら聞いてくれる?」

「……はい」



 今度は間違えない。

 うん、危なかった。

 さっきまでとお嬢様の声量が違いすぎるから、次ダメって言ったら追い出されていたかもしれない。


 というか面接官さんがずっと無言なのが怖い。

 怖すぎる。もしかしたら主人の言う事は聞くものだとか怒られるかもしれない。

 そういう意味でもはいと答えてよかった気がする。



「じゃあ……その剣貸して!」

「うわっ!?」



 突然、お嬢様に飛びつかれる。

 抱えていた剣に腕を通されて、力強く引かれる。



「ダメです! 危ないですよ!」



 流石に私も真剣をそう簡単に触らせるわけにはいかない。

 鞘に入っている間はいいけど、刃に触れたら軽い怪我じゃ済まないし、怪我をさせたらクビじゃ済まないかもしれない!



「いいから貸して!」

「ダメです! 面接官さんも止めてください!」



 思ったより力が強く、簡単には引きはがせない!

 咄嗟に、面接官さんに助けを求める。



「はいはいそこまで。ネリー、流石にいきなりはダメよ?」

「う、はい……」



 面接官さんの一声で、ようやくお嬢様は剣から離れる。

 大丈夫。半分取っ組み合いみたいな状態になってたけど、怪我はさせてないはず……

 お嬢様もあきらめたようでトボトボと屋敷の方へ歩いて行っている。



「ありがとうございます。面接官さん」

「どういたしまして。でも、面接官さんは止めてほしいわ」



 あっ、そりゃそうか。

 この人だっていつも面接官をやっているわけではないだろうし、なんだったら昨日のが最初で最後かもしれないんだから、呼び方としては不適切だろう。

 でも、私この人の名前知らないんだよな……。まあ聞けばいいんだけど。



「すいませんでした。失礼ですが、お名前は……?」

「セブラ・ブレイズチップよ」



 なるほど、セブラさんか……うん?ブレイズチップってことは、この家と血縁関係にある方なのかな?



「まあ、分かりやすく言うとブレイズチップ家当主夫人ね」

「……えっ!?」



 当主夫人ということは、このお屋敷でほとんど一番偉い人!?



「し、失礼しました! そうとは知らずとんだご無礼……を?」

「いやいやいやいや! 言ったでしょ?堅苦しい礼儀作法は必要ないって。だから大丈夫」

「そ、そうですか?」

「ええ、むしろあなたが辞めたいって言いださないか、ヒヤヒヤしてたくらいだもの」



 うーん、まあ、剣を強奪されそうになったのは困ったけど、正直、あれくらいなら許容できる。

 注意されたら止める分、酔っ払いとか飢えた男とかに比べたら全然マシだし、私だってそういうやつらの撃退でいろいろ事を荒立てない対処法は知っている。

 そんな感じのことを、できるだけ失礼にならないよう伝えると、セブラさんはあからさまに感心したように唸った。

 ちょっとうれしいかも。



「それなら安心ね。ネリーちゃん、今後もああいうことしてくるかもしれないけど、一人で何とかなりそう?」



 む、まあそうか。当主夫人ともなれば忙しいだろうし、いちいち止めに入るわけにもいかないか。



「まあ、おそらく大丈夫です。むしろ、避けられたり、逃げられたりしない分、お付き人としては楽かもしれませんね」



 私が冗談めかしてそういうと、セブラさんは安心したようで、その後、屋敷を案内してくれた。

 仕事内容も聞けたし、なんと、ベッドの付いた個室まで用意してもらえたから、今日から泊まり込みで働くことになる。頑張ろう。

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