お嬢様はもっと強い

ビーデシオン

第1話 採用!


「うん、採用!」

「えっ!?」



 前方に見える高級そうな机から、日当たりのいい小部屋に響いた、やけに軽快な声にわたしは目を見開く。

 あまりに唐突だったのでそのまま瞬きを十連打くらいしてしまった。



「えっと……なんで……?」



 なるべく姿勢を正しく、膝から手を離さないように努めたけど、代わりに口調が乱れてしまう。

 まだ部屋に入って椅子に座っただけなのに、我ながら動揺が隠し切れていない。

 これが騎士学校か何かの入学試験だったなら、もう帰れといわれているかもしれない。


 いや、実際帰れと言われてもおかしくないはずなのだ。

 部屋の中にあるなんか凄そうな絵とかなんか高そうなゴザとかすごいいっぱいある本とかから分かる通り、ここは結構高貴なお家の筈なのだ。

 

 それが何故開口一番採用なのか。

 いや、落ち着け。そう、これは採用面接。

 これは面接希望者を試すためのトラップかもしれない。

 だとするなら失敗した。

 一言目から平民口調丸出しの女が、こんなお屋敷で働かせてもらえるわけが……



「いやほら、入り口で預からせてもらったこの剣、魔石付きでしょ? 一般人が手に入れられるものじゃないから、実力は十分かと思って」

「えっ……な、なるほど……?」



 見ると、凄く綺麗な指輪のはまった、面接担当者さんの左手でわたしの剣が掲げられている。

 確かに、わたしの剣は鍔元に魔石が付いているけれど、それは前居た傭兵団からネコバ……じゃなくて、借りっぱなしだからだ。

 だから私がこの剣の持ち主かといえば微妙なところで……でもまあ、一応傭兵はちゃんとやっていたから、実力的には十分ではあると思うけど。


 いや……何かおかしい。

 というかそもそもなぜ、主に戦闘面の実力が必要になるんだろう?



「えっと……これって、このお屋敷のお嬢様の……お付きの人の募集面接ですよね?」

「そうよ?」

「お付きの人に実力が必要なんですか?」

「そりゃまあ、護衛も兼ねてるもの」

「なるほど……」



 なるほどなるほど、大体理解した。

 確かに護衛も兼ねた募集ならおかしくない。

 てっきり、メイドさんとか執事さんとかの募集かと思ったけど、どちらかと言えばそっちの意図が強いんだろう。


 第一、わたしがこの仕事に応募したのだって、剣の心得がある、若い女性の方を歓迎すると書かれていたからだ。だったら剣で判断するのも納得……かなぁ?



「それじゃまあ、明日の朝またここに来てちょうだい。必要なものは支給するし、詳しい説明は明日するから、今日はもう帰っていいわよ」

「えっ!? 本当に採用なんですか!?」



 流石に冗談かと思っていた。

 このままだと、本当に採用されてしまう。

 いや、いいんだけど。むしろ嬉しいんだけど。



「まあ、屋敷に入れる前に何日か待ってもらったでしょう? その間に、いろいろ調べさせてもらったのよねぇ。そしたら、まあすぐにわかったのよ」

「わかったって……?」

「今は亡き騎士爵の一人娘。父と同じく、騎士学校を受けたけど落ちちゃって、同じタイミングで父親も死去。動揺した母親に全財産持ち逃げされて、本人は仕方なく傭兵稼業へ……って感じだったかしら? キュージ・クライオブルームさん?」

「っ……」



 軽快な口調で気を抜かれていたけど、下調べは完璧みたいだ。

 さすがは貴族家の面接担当をやっているだけある。この家の名前、覚えてないけど。



「はい。でも、わたしはもう傭兵ではないです」

「あらそうなの、それなら尚更都合がいいわ。うちは堅苦しい礼儀作法も必要ないから、こういう環境へのブランクがあっても問題ないし」

「元々、そんなにいい暮らしをしてたわけじゃないですけどね……」

「それは皮肉かしら?」

「い、いえ! そんなことはないです!」



 若干の不気味さは感じるが、これほど良い条件の仕事もなかなか無いと思う。

 もう迂闊なこと言わずに採用されてしまった方がよさそうだ。



「明日の朝、門の前に来ればいいですか?」

「そうね……あっそれと、この剣は後でいったん返すけど、また明日、持って来てもらっていい?」

「はい……いいですけど……」



 流石に剣の支給はないと言うことか、それとも仕事中、使えないように預かるためか。

 ちょっと変な条件だけど、何か理由でもあるんだろうか。



「まあ、多分だけど……この剣があった方が、うまくいくと思うのよね」



 最後の言葉は、わたしに向けたものだったのか、独り言だったのかはわからない。

 ともあれ、そんな会話を終えたあと、わたしは一度、宿に戻った。

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