2-1.宿屋
外壁に囲まれた町へは、入る際に税を支払って堂々と正面から
石造りの建物や石畳が並ぶ町並みの中、雑踏に混ざってオレとプニマの二人は宿屋を目指している。
「ふっ、こらこら
オレは左手で
「ひぃぃ……デルコイノさんがまた右手に向かってお話してます……」
「そう怯えることはない、プニマよ。
嫉妬深い
「あ、いえ、はい……」
オレ達二人は道端で立ち止まる。
どうやら
「くすぐったい……」
こそばゆいような、だが、嫌な感じが無い表情で、プニマも
このまま立ち止まっているわけにも行かないな。宿屋は適当に眼についた場所を選ぼう。寝床がある、それだけで――
「なに? 『女の子も居るのだから配慮しろ』だと……?」
「えっ、私何も言ってませんよ……?」
「確かに
「たしかにでくすとらあまーたのいうとおりだな……!? え、喋るんですか!? 右手ですよ!?」
「意志がな、伝わるのだ……」
「デルコイノさんは関われば関わるほど不思議なお人だと感じてしまいます……」
「人とは誰しも不思議なものだ。それは、全てを分かり合うことなど出来ないから。そして、それでも相手を理解し、知りたいと思ってしまうのが、好きな相手に向ける純粋な愛というものなのだよ」
「ふ、深そうなお言葉です……!」
並んで歩きながらも一生懸命に聞く姿勢を見せてくれるプニマは、果たしてこの話しに興味があるのか、それともオレに見捨てられたくないから必死に話しについてきているのかは分からない。
――そんな事を考えてしまうのは、オレの悪いところだな。
久々に共に居てくれる者が出来たせいで、浮かれると同時に用心深くもなっているようだ。きっと彼女は純粋な思いでオレに付いて来てくれているというのに。
「話は変わるが。プニマ、どのような宿に泊まりたいなどのリクエストはあるか」
「どのような……。えっと、デルコイノさんにお任せします……。お金を出して貰う立場で、リクエストだなんて……」
「ふむ。少し話は逸れるが、宿によってはご飯が美味い店――」
「おいしいごはん……!」
「ベッドに力を入れている店――」
「ふかふかべっど……!」
「魔石を利用した風呂が付いている店――」
「ぽかぽかおふろ……!」
「――などがあるな。だが、オレが選ぼうとしている店はただ寝れればそれで良いだけの馬小屋同然の宿屋の可能性だってあるぞ。
「アマータさんも……?」
「…………ふふ。デルコイノさん、アマータさん、ありがとうございます」
「ふむ。オレは何もしてないが」
「不思議な人ですけど、とっても優しい人なんだなって思わせてくれる人です。だから、ありがとうなんです」
「プニマは良く分からない事を言うな」
「ふふっ。お互い様、です」
お互い様、か……。人と人とは、共通点というモノがあればあるほど結ばれるものだ。例え方一方が勝手に感じた事であっても、共に通じ合えると思った相手には親近感のようなものを感じてしまうことだろう。
このような些細な会話であってもプニマはオレに対して心の距離を縮めてくれたのだ。一人ぼっちになってしまった彼女が、オレを拠り所としてくれるならば、それに応えてあげなければならない。
「プニマが泊まりたいと思えるような宿屋を探すとしよう。町で情報収集をしながら、そして、特徴の無い町であっても特徴と呼べるような特別を探しながら、町を歩いてな」
「町歩きですか……町、まち……! 町です……! わたし、また、町を歩けるんですね……!」
プニマは人間の町で育った少女だ。例え人間から虐げられた過去を持ってるとしても、慣れ親しんだ人の中と言う環境は捨てきれないはず。奴隷として売られて、先の見えなかった彼女だからこそ、また町を歩けることに感動して眼を輝かせている。
「案内をしてあげたいところだが、何分オレも初めての町だ。二人で手探りしながら思うがままに歩くとしよう」
「はい……!」
流れる人の歩みと、町並み。その中をオレ達は二人揃って歩いていく。目的地など無く、曲がりたいと思った道を曲がって、気になった店には立ち寄り、時折町のモノと言葉を交わしながら。
本来ならばオレは町を訪れたらオトナの玩具屋さんや耽美本などを探すのだが、今はプニマを優先するとしよう。彼女は久しぶりに町を自由に歩けるのだ、彼女の歩みにオレが合わせたい。町の叡智を探すのはまた今度だ、その時は今日とは反対にプニマに付き合ってもらおう。二人で一緒にオトナの玩具や耽美本を見に行こうな。
未来の楽しみを頭に描きながら、彼女に合わせて町を歩いている最中。プニマから意志の篭った言葉が向けられた。
「デルコイノさん、私も旅にお供するに当たって旅人さんのコトを良く知ろうと思います」
「オレに任せておけば――などとは言わない。キミが知りたいと思うことは教えてあげようではないか」
「ありがとうございます! あの、二つほど気になったことがありまして……!」
健気な彼女はふんすと気合を入れながらオレに尋ねてくる。
「旅人さんってどうやってお金を稼げば良いのでしょうか……! 町を転々とすると、お店やお家で働けません……!」
「答えよう。だがその前に。プニマは労働の経験があるのか」
「はい。おかーさんと家で刺繍をしてました」
「ならば、それも金になる。
旅人が金銭を得る方法は多岐に渡るが、主に用いられるのは三つ。他の町の特産品を売る、自らが手にしている職で金を稼ぐ、情報や知識に値段を付ける。プニマならば二番目の方法で金を稼げるだろう。町の商会に話を通して露店で売るも良し、納品するも良し、だ」
「刺繍、得意ですけど……路銀を稼げるほどでは……」
「十全に稼ぐ必要などない。旅に必要な金はオレが用意しよう」
「それは……。デルコイノさんはどうやってお金を得てるんですか?」
「オレは少々特殊だが、言うなれば三つ全てを活用している。こればかりは経験が成せる技だ、思い立ったら今すぐに、と出来るようなことでもない」
「はぅ……! みじゅくものですみません……」
「最初から円熟している者などいない。故に、プニマも焦らずゆっくりと自分の出来ることを見つけていけば良い」
「はい……!」
頑張ることを頑張ろうとしている少女は、頑張ろうと思えることを見つけて気合を入れていた。健気だ……。
「二つ目はなんだ」
「あっ、ふたつめ……! あの、旅人さんが情報を集めるのって、色んな人から一人一人お話を聞くのかなって……、も、もっとたくさんの人が居る場所で聞いた方が、良いのかな、って……」
ふむ――プニマは天才――か?
オレはこの町において、町を歩きながら住民と言葉を交わして情報を得ていたが、それはプニマが側に居たから効率よりもまずは慣れを優先した故のこと。だが、プニマは誰に教えられることも無く情報収集における効率を見出した。
旅人を始めて数時間だというのに、なんて、天才なんだ……。
「良い着眼点だ。情報収集は酒場、もしくはギルドに赴いた方が効率的だ。前者は話好きが多い、後者は情報好きが多い。どちらも有益な情報を齎してくれる」
酒場の賑わいは言わずもがな。ギルドとは、様々な種類がある。街の商売を仕切る商会ギルド、配達を請け負う配達ギルド、討伐や採取を行うハンターズギルド、などなど、働き手と情報が同時に集まる、情報収集における恰好の場所だ。
「あっ……もしかして、私が居るからデルコイノさんは――」
「違うな、オレはただプニマと町を歩きたかったのだ。情報収集の効率を求めるよりも、キミにとって久しい人間の町を楽しむことこそ求めるべきものであろう」
「…………。優しすぎるの、ダメ、です……! 私はデルコイノさんについていく身です、旅人としての弟子のようなものです……! 一人前になって一緒に旅ができるように、頑張ります……!」
「ふむ、そうか。であれば、オレも旅人らしさを見せ、キミのお手本になれるように立ち回ろうではないか――ふむ」
二人で町を歩いていると、丁度良い建物が眼に入った。
その建物の名はハンターズギルド。荒くれ者も多いが、同時に気の良い者も多く集まる場所でもある。町周辺の危険に関する情報ならばここで集めるのが良いだろう。
「プニマよ、先日野党に遭遇しただろう」
「は、はぃ……」
「怖いことを思い返させてしまってすまない。だが、ああいった者達やモンスターのように、自らを害する脅威に関しての情報はここで仕入れるのが一番だ。
今からあそこに入る。オレを見て旅人としての身の振り方を覚えると良い」
「し、しっかり見ます……!」
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