3-3.あたちミルクが飲みたいでちゅの

「ふぅ……」


 早朝の宿屋で、オレは体の熱を冷ますように息を吐き出す。


 ふわふわお姉さんとあまあまプレイをする妄想、プニマのボロ布を嗅ぎ叡智な臭さを堪能、あの小さなお手手を思い出しながら――――の鍛錬。昨夜も三百発放ったというのに、寝ても冷めても疼きが治まらず、朝も日の出前に眼が覚めて二百発も濃いのを放ってしまった。


 これだけ放ってようやく疼きが治めることができたが、油断をすればあの素晴らしい妄想や品、感覚を思い出してオレの股にある子種製造ラインが再稼動してしまいそうだ。だが、今日はもう良い、部屋から出なければならない。余計な刺激を与えず、貯蔵無しのすっからかんの状態で一日を過ごすとしよう。


 喚起の為に開けていた窓からは、朝の透明な外気が流れ込んでくる。それを感じながら、オレは寝巻きを脱ぎ、ローブに袖を通し、ブーツの紐を締めて着の床――木の床を靴底で踏む。


 そうして部屋の扉を開けて廊下を歩き、一階の食堂へと下りれば――プニマが、ドラゴのパーティ三人と同じ席に座って談笑をしていた。


 プニマの着ている服は昨日町歩きで買った寝巻きではない、オレがプレゼントしたいつもの服装にちゃんと着替えて席に座っている。朝から身支度が出来る偉い子だ。


「ふむ、早いな。プニマ」


「あっ、デルコイノさん、おはようございます……! 今日は頑張って早起きしてみました……!」


「デルコイノちゃんデルコイノちゃん! この子すっごく可愛いのぉ! 礼儀正しいお利口さんでもぉ、もぉ!」


 そう言ってふわふわお姉さんはプニマの頭をなでている。しかしその手は、プニマの頭にしっかりとセットしたリボンを崩さないよう、丁寧に優しく気を使いながらなでなでしていた。幸い、そのおかげでリボンの下に隠されている角はバレていない。


 その手をプニマはくすぐったそうに受け入れ居ている。良いだろう、その手つきは。オレも昨夜ラーニングした愛する右手デクストラアマータで堪能したからな。良さは十分に理解している。


 プニマはふわふわお姉さんとハイドゥの間に挟まれて座っている。そして、ふわふわお姉さんはなでなでを続けているが、ハイドゥは腕を組みながら何かを噛み締めるように眉間にシワを寄せていた。


「プニマは良き子供だ。受け答えがしっかりと出来、言葉遣いも丁寧――そして何より我とドラゴに怖じず話してくれる――」


「俺達子供に怖がられるからなぁ……俺ぁこんな顔で図体でけぇし、お前は暗殺者みたいな怪しい格好で白い肌してて不気味だし、エヴァー無しだと子供が逃げるか泣いちまうんだよなぁ……」


「「はぁ……」」


 厳つい男と怪しい男は、見た目の割りに子供が好きなようだ。


 そんな落ち込んでいる二人を見てプニマはわたわたと慌てながら必死に慰めをしていた。


 そうして元気を取り戻した二人はふわふわお姉さんと共に、プニマへ手を振って出かけて行き調査へと向かったのだった。曰く、捜索範囲の絞込みが段々と進んでいて、あと数日もすれば原因を特定できそうなところまで来ているとのこと。


 オレは先日と同じように、ドラゴ達から譲って貰った席に腰を下ろして朝食を取る。プニマは先に食べてしまったとのことだが、それはドラゴ達に合わせたからだろう。周りに合わせて気を使える良い子だ。


 そうして始まるオレの朝食は、プニマに見られながら食べ――何故だ、どうしてかプニマにニコニコされながら見られ続けているぞ。


「どうしたプニマ。何か良い事でもあったのか」


「あ、いえ、デルコイノさんがモグモグご飯食べてるの、なんだか可愛いなぁって思っちゃって……」


「フッ。なんだその理由は」


「だ、だって……デルコイノさんて、凄い人で余裕溢れる落ち着いた人なのに、ご飯食べてるときは普通の男の人みたいで……。尊敬してる大人な男の人でも、ご飯はモグモグ食べるんだなぁって、思うと、とっても可愛くて……。……すみません、失礼でしたよね……」


「プニマの言う可愛いとは褒め言葉なのだろう? ならば失礼に当たる事など一切無い。

 ……言うほどオレはモグモグ食べているか?」


「は、はい……男の子って感じで、モグモグしてます……。表情は、その、いつもの凛々しい顔なんですけど、食べ方やスプーンに乗せる量が無言で美味しいって言ってるようで……。デルコイノさんのような方は、こう、ちょびちょびっと? 少しずつ? 淡白に食べるようなイメージがあって、でも、デルコイノさんは美味しいに素直なんだなぁって思って……可愛くて……」


「あぁ、なるほど。だからか。オレは旅の先々で良く『喰いっぷりが良い』だのなんだの言われてたりおすそ分けやサービスをして貰っていたが、そうか。ふむ……食べ方など気にしたことがなかった。

 皆、良い人ばかりだと思っていたのだが、オレにも原因があったのだな……治すべきなのかもしれん」


「え!? ダメ、ダメです……!」


「モグモグ食べるなどかっこ悪いだろう。モテない男がしそうな食べ方だ。モテる男は何事もスマートに行わなければならない」


「かっこ悪くないです、可愛いんです! もったいないので治さないでください!」


「プニマがそこまでいうのならば……モグモグ」


「んふふー」


 モグモグ食べ始めたら、またプニマがにこーっとしながらオレを見て来た。満足気な笑顔は、まるで親愛を表しているかのような顔だ。家族がご飯を美味しそうに食べている姿を見ているような、安心する食卓に居るような、そのような感じで。


「デルコイノさんデルコイノさん、私がご飯作ったら美味しく食べてくれますか?」


「当たり前だ。キミが作ってくれたご飯ならばいくらでも美味しく食べられる」


「えへへ……」


 あぁ、可愛らしい笑顔に可愛らしい笑い声が重なり、可愛いの相乗効果が生まれている。


 プニマと出会ってまだ四日ではあるが、彼女とオレはこれからも共に居る身だ。今日この瞬間に、プニマがそのような笑顔を向けてくれたならばありがたい話だ。このまま遠慮し合わない、気の置けない間柄になって行こう。


「どれ、プニマよ。あーんでもしてやろうか」


「えっ、えっ……!」


「遠慮する事は無い。親しき仲にも礼儀はあるが、余計な遠慮はいらないのだ」


「…………あの、そしたら、えっと……。私、が、あーん、したいです……」


 なにッ。プニマは奉仕されるよりもしたい側とでもいうのか……ッ。


 庇護欲そそる見た目や性格から、ついついこちらがあーんをしようとしまったが、その実内にはママ味を秘めているだと……? これはオレがオギャってバブるしかないではないか。


 オレがプニマからの提案を快諾すると、彼女は喜び勇みながら隣に座り、スプーンを手に持ってオムレツを掬いオレへと差し出してきた。


「は、はい、あーん、です」


 プニマの小さなお手手に摘まれたスプーン、小さなお口が慎ましく開かれて放たれた『あーん』と言う言葉、何処か恥じらいを見せる表情、こんなのもはや実質叡智ックスではないか……!


 だが、プニマが棒を差し出しオレが受け入れる側だ。オレは……今……赤ちゃんであり女であり、プニマの娘なのだ……。


「あーん、おいちいでちゅ」


「ふふっ。でちゅってなんですか。デルコイノさんは赤ちゃんなんでちゅか?」


 ハーフサキュバス恐るべし。十四歳だというのにママ味溢れる柔らかな笑顔と包容力と対応力を見せ付けてきた。オレは……キミの娘になれて本当によかった……。


「はわ……!? デルコイノさんどうしたんですか眉間にシワが……! あーん、ダメでしたか……!?」


「プニマママ、いや、プニママ。あたちミルクが飲みたいでちゅの」


「も、もしかして喉に詰まって……! み、ミルクですね、今取ってきます……!」


「できれば哺乳瓶も一緒に――」


「待ちなさい。アタシに任せて」


「グゥ!?」


 変な淫猥な声が聞こえてきたと同時に、オレの背中には衝撃が走り、まるで思いっきり蹴られたような感覚を覚えながら背中が反る。


 背骨が砕けるのではないかと思う衝撃に不意を付かれ、そして痛みを<チン静化>オレは振り向けば、そこにはビッ乳が立っていた。


「どう? 喉の詰まりは取れたかしら?」


「何を――」


 オレが言葉を放つ間もなく、耳を引っ張られてビッ乳の顔に近づけさせれてしまった。


「何を考えてるのかは知らないわ。でも、ね。赤ちゃん言葉でママママ言いながらミルクを飲みたいって言ってる男が友達の側に居て、アタシが不愉快に思わないとでも思ってるの?」


「放せ! オレはプニマの娘だぞ!」


「…………えぇ……」


「わたしのむすめ!? デルコイノさんはデルコイノさんですよ!? 私産んでませんよ!」


「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」


「はわわ!! よしよし、良い子良い子、なきやんでくださーい……」


 ママがオレの顔を胸に埋めて、抱き締めながら頭をぽんぽんしてくれる。ふぅ、ママのロリお胸に包まれて子供特有の甘く良い香りに包まれながらオレはあやされているのだ……失われたオレの故郷はここにあったのか……心が満たされていく――。


「アンタのイカレっぷりを朝から見せられるとあったま痛くなるわ……。ぷ、ぷにまはよくこんな男と一緒に居られるわね」


「デルコイノさんは私の恩人なんです。少し変わったところもありますけど……でも、一人ぼっちの私を見捨てないで側においてくれたり、私を励ましてくれたり、優しい言葉を掛けてくれる、とってもカッコよくてちょっぴり可愛い男の人なんです。初めて会った時はびっくりしちゃいましたけど、あのびっくりを知ったら何でも受け入れられちゃいます」


「ふーん。そこまで信頼してるだなんて、随分長い付き合いなのね」


「いえ? まだ四日しか経っていませんよ?」


「へー、四日ね……。四日の距離感ではなくないかしら?」


「人との距離を縮めるのは時間ではない、共に居たいという思いの強さだ」


「あらら、よちよち、もう大丈夫でちゅか?」


「ああ。オレは立派に成長して一人立ちできるようになった。感謝する」


 オレは故郷から旅立ち、座り姿をなおしてビッ乳と向き合う。


「オレとプニマはまだ互いに知らない事が多い。だが、足りない情報の穴などこれからいくらでも埋めていける、後回しでも構わん。人間関係における心の距離とは互いに心が強く望めばそれだけで縮まるのだ。体よりも先に、心が歩み寄らなければ仲良くなりたいという気持ちも生まれまい。故にオレはプニマの事をよく知らないとて心の距離が近く、お前とは星星よりも遠く遠くの距離がある」


「あっそ。分かりやすい例えをありがとう、私も同じだからよーくわかったわ」


 そう言ってビッ乳は一旦カウンターへ足を運んでプレートを持ってくると、プニマの横に座って食事を取り始めた。……三人横並びではないか。


「アンタとぷにゃ、ぷにまってどういう関係なの? 二人で旅をしてるって聞いてたのに出会って四日って……本当に最近じゃない」


「……」


 ビッ乳の問いに、プニマは口を紡ぐ。


「辛いならば話さなくて良い。キミには思い出したくないことや話したくないことが山ほどあるのだから」


「……デルコイノさんの、そーゆー優しいところ、本当に大好きです。……でも、お友達には、お話したい、です……」


「え、え、もしかして聞いちゃいけなかった? 大丈夫よ、無理に話さなくても良いわ、お金要る? 遠慮無いこと聞いちゃったからって嫌いにならないで?」


「あ……いえ……。

 ……。……私、とある事情で、おとーさんとおかーさん亡くして……奴隷商に売られちゃったんです……」


「どこの奴隷商? 名前は? 店の場所は? 殺してくるから待ってね?」


「…………多分今頃は……死んでます。血染めの山河に、目の前で、殺されてましたから……」


「へー、ゴミを処理してくれるなんて良い所あるのね。山賊達も」


「ふむ。考えようによってはアイツ等はキミとオレが出会うためのキューピットだ。次に会ったならば礼の一つでも言ってからキミを泣かせた礼をしよう」


「泣かせたの? じゃあ殺さなきゃ」


「にゅ、ニュークミルさん……怖いです……」


「冗談よ? 嘘嘘、ホント嘘」


 怯えるプニマへ軽い笑顔を返すビッ乳だったが、先ほどは真顔で瞳孔が開いていた。嘘とは程遠い、Aランクハンターの目ですらない病んだ眼をしていたぞ。


「冗談でも怖かったです……。あ、えと、そ、それで、山賊達に襲われ居たところを、デルコイノさんに助けて貰ったんです。両親を失って、帰る場所も無い私を必死に励ましてくれて、二つ返事で側においてくれて……。……本当に、恩人なんです」


「コイツが必死に励ますですって……?」


「はい……。私が泣いてしまったら、おっきなこえで、名前を呼んで、励ましてくれて……抱き締めてくれて……」


 段々と沈む声と顔に反比例して、プニマの頬は朱に染まっていく。そうして黙るころには、耳まで真っ赤になっていた。


 ふむ、可愛い……。あぁ、可愛い……。


「アンタって冷静そうな雰囲気のわりに大きな声出――してわね。直近でさっき出してたわ。アンタって冷たそうな見た目してる割に――いえ、中身バカだったわ、すぐ熱くなる奴だった。何コイツ、見た目と雰囲気だけ凛々しくて中身伴ってないんですけど?」


「ふざけるな。オレはクールで冷徹で冷静な男だ、モテる要素をふんだんにまぶした中身まで完璧なナイスガイだぞ」


「まぶしてるせいで表面だけが完璧になって中身まで浸透してないのよ。ナイスガイじゃなくてナイス外よ」


「……ふふっ、ちょと、面白いです……。

 ……暗い話になるかなって思ってたのに、お二人のおかげで笑ってしまいました」


「はぁん可愛い゛ッ!! 面白かった? そんなに面白かった? ナイス外、ナイス外!」


「一度受けたからと言って調子に乗って繰り返すなクソビッチが」


「あの……。……。デルコイノさん、ニュークミルさん。私の側に居てくれて、友達になってくれて、本当にありがとうございます。お二人のおかげで私の心、ぽかぽかします。寂しかった心が、ずっとぽかぽかしてて、人並みの暖かい生活が出来て、笑えています。本当、本当に、ありがとうございます」


 プニマは心からのお礼をオレ達へと向けてくる。礼を言われることのほどでもない、とは返さない。今のプニマは、お礼を相手に伝えたいと共に、自分の中から溢れる感謝の気持ちを口に出しているのだ。それをせき止めることなどはしないさ。


「ふ、ふん! 別にお礼なんて要らないし!」


「腐り落ちろクソビッチ。オレは素直に受け取っておこう」


「え、ずるい、なんで!? こういう時って要らないって言うものでしょ!? アタシも要るからね? ホントは欲しかったからね? か、勘違いしないでよ? アタシもぷ、ぷにまに出会えて本当にありがとうって思ってるからね?」


「ふふっ、ふふふっ、お二人とも。ありがとございます」


「ふ、ふん! 別にお礼なんて要らないしなんでアタシの口ぃ! 正直に話しなさいよ! 本当に要らないのは『ふん』と『別に』って言葉よ!」


「朝から煩いなこのメスは」


「ニュークミルさんは良い人です。最初は怖いなぁ、って思いましたけど、知れば知るほどとっても優しい良い人なんだなって教えてもらえます。デルコイノさんと一緒ですね」


 オレとクソビッチは全然違う、と、反論したいが――プニマがにこーっとした笑顔を向けてくるせいで反論ができない。この笑顔を前に誰が否定意見を述べられようか。


「アタシは――」


「えへへ」


 どうやらあのクソビッチも反論したかったようだが、オレ同様に反論したい意志を飲み込んで抑えたようだ。


 そうして、プニマは間でにこにこ笑いながら、オレ達二人は飯を食いながらプニマの頭上でガンを飛ばしあいながら、朝の時間は過ぎていった。

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