3-1.影さえ落ちる暗い森

 森の中、深い深い、影さえ落ちる森の中。


「げふぅ……大分傷も癒えてきたな……」


 暗い森の中でも一際大きな影が、声を出す。周囲には生物の残骸が散らばっており、命の鼓動など何も感じなかった。


「あぁ、一緒に逃げてきた大切な部下達も食っちまった。でもお前等が悪いんだぜ、飯持ってこいって言ってんのに持ってこねぇんだから…………腹減ったなぁ……。町に行って人でも食うか……。

 とりあえず寝るか」


 * * *


 今日は町巡りをする予定となっている。


 朝早くに眼が覚めたオレは、宿屋で行える範囲で朝の日課をこなしてから部屋を出て階段を下り、食堂へと足を運んだ。


 宿泊客が賑わいを見せる中、見知った顔があった為軽く声を掛けることとしよう。


「お早う、ドラゴ」


「おぉ、おはようさん。今日はニューのことよろしくな」


「朝からサイアク」


 オレが声を掛けたテーブルには三人の人間と一体のクソビッ乳が座っている。ドラゴ以外の二人の人間は始めてみる顔だ。


「あらぁ? この子が昨日話してた魔導師さん?」


「お初にお目にかかる。我の名はハイドゥだ」


「エヴァーよ、よろしくねぇ」


「デルコイノだ。ドラゴから話は聞いている、神官と呪詛師のメンバーがいるとな」


 四人席に座る初顔の二人、片方はふわふわとした髪とおっとりとした顔が特徴の神官。もう一人は口布で顔を覆っており、肢体に張り付く衣服を身に纏っている乱れた黒髪と青白い肌の怪しげな男。どちらも先日聞いたドラゴのメンバーだろう。


 屈強で威圧感がある戦士のドラゴ、暗部の者のような不気味で怪しい外見をしている呪詛師のハイドゥ、そして髪も体も表情も雰囲気もふわふわしている神官のエヴァー。奇妙な三人組だ。


 見たところ食事を終えて今からでも宿屋を出て行こうとしている雰囲気だった。長話をして引き止めるのも悪い。


「聞いたわよぉ、ニューちゃんとお友達になったんですって? もぉ感激っ! おねーさんがギュってしてあげちゃうからおいで!」


「そのヘンタイとは友達になってないわよエヴァ姉!」


「やーん、ニューちゃん恥ずかしがっちゃってかわいぃー!」


 神官の女性、エヴァーは女性の色がよく出ている柔らかく豊満な体を開いてオレを抱き締めようとしてくる。単に年下の子を可愛がろうとしてくれているのだろう。お姉さん的女性だ……。お姉さん、良い響きだ……。お姉さんのハグは言わば愛の抱擁のようなものだ、性などなく、ただ温かみを相手に伝える、いやらしくない綺麗なハグだ。是非抱かれたい――だが。


「魅力的なお誘いだが断らせて貰う。抱き締められてはまた部屋に戻らなければなくなってしまうのでな」


「やーんデルコイノちゃんも恥ずかしがっちゃって可愛いー! 二人共かーわーいーいーわぁ!」


 きゃいきゃいと喜んでいるお姉さんも可愛いらしいものだ。


「エヴァーは年下大好きだからなぁ……ニューにもあまあまでもう……厳しくしてくれよ」


「ははは、良いではないかドラゴよ。年下、しかも貴様の妹とあらば可愛くないわけがないだろう。甘やかしてしまうのも道理だ」


「「わしゃわしゃー」」


「や、やめてよ! せっかく髪セットしたのに!」


 エヴァーとハイドゥはビッ乳の頭を撫で、そのことをビッ乳は照れながら拒否している。だが、それよりも気になる言葉が聞こえてきた。


「年下好きのふわふわお姉さんだと……? そんなのもう叡智どころの騒ぎではない早速オレもショタになり――痛ッ! いたたたた! 止せ愛する右手デクストラアマータ!」


 嫉妬深い愛する右手デクストラアマータは、オレの眼がエヴァーを見ないように顔面を握り締めてくる。さすがは毎日扱き握っている右手だ、相応の握力を持って引き剥がすことを許してはくれない。


「浮気などしない! オレはただオカズの発展を願っているだけだ、いつものヒューマンウォッチングと変わりないことをしているのだ! ――ふぅ、分かってくれのか愛する右手デクストラアマータよ」


 愛する右手デクストラアマータは嫉妬深いが、同時に夜が盛り上がることは積極的に行動してくれる。オレとの熱い夜を過ごすためならば、協力さえ惜しまないのだ。


 故に愛する右手デクストラアマータはグッジョブをしてから『ちゃんと見て眼に焼き付けておきなさい』と言って右手の自由権利をオレへと渡してくる。


 そうして場に視線を戻せば、ドラゴ達三人、と、ついでの乳、がオレに神妙な顔を向けていた。


「お前さん、もしかしてその右腕……何か加護でも宿っているのか……?」


「あら! 凄いじゃない! 魔導師さんってだけでも凄いのに、加護も持ってるなんて!」


「だが少々暴走気味のようだ。良ければ我の呪いで抑制してやろう」


「何を言っている、一般人のオレが加護など持ち合わせている訳がないだろう。この右手、愛する右手デクストラアマータにはただ意志があるだけだ」


「……。……? ……。……は?」


 ドラゴは長考の後(もち)、本気で訳の分からないと言いたげな表情をオレに向けてくる。ハイドゥは腕を組みながら眉をしかめ、ふわふわお姉さんは顎に指を当てて小首をかしげていた。


「ま、まあ。呪術師同様、魔導師にも変人は多いと聞く。デルコイノもその類なのだろう」


「ハイ兄、コイツ変人じゃなくてヘンタイだから。昨日のギルドの騒動聞いた? 人前で露出したらしいわよこのヘンタイドーテー」


「聞いたには聞いた。聞いたからこそ余計に訳が分からなくなったのだ。光り輝く棒を伸ばして腰を振り、剣士と戦士を吹き飛ばした露出狂――と、概要だけ並べれば何がなんだか分かったものではない。男性から変な支持はあったが、女性陣からは凄い嫌われているそうだな。

 一目見たときは噂よりもまともだと思ったが、一皮剥ければしっかりと変人だった」


「ふむ。オレはズル剥――」


「それってぇ、デルコイノちゃんのお話だったのぉ? こぉんなにかっこよくて可愛いお顔してるのにヘンタイさんなの? 神官としてお説教します。むやみに人前で淫らなことをしてはいけませんよ」


 こう――ふわふわお姉さんからヘンタイさんと呼ばれ、説教をされるとクるものがある。


 オレは思わず膨張してしまった股間の重みで立っていられず、地面に方膝を付き上の頭を項垂れる――と、どうしてかふわふわお姉さんに頭を優しくなでられた。


「反省できて偉い子ですね」


 なんだこの優しさと柔らかさが溢れ出る撫で撫では……! 頭を撫でられ続けては下の頭が下がらないではないか……! お説教が癖になりそうだ……! 項垂れながら歯を食いしばって発射を我慢しなければ……!


「クッ……!!」


「あらら、泣かないで、ね? 昨日の事は皆許しているようですし、私は神官であって審問官ではないのであなたを責める気などありません。もし懺悔をしたいのならば、教会に赴いてしっかりと罪を吐き出してください」


 吐き出すだと……!? 教会は何時から抜き有りになったのだ……!


「お前さんって冷静そうな見た目や態度の割りに結構素直な奴だよな。まぁ、そう落ち込みなさんな」


「おちんこ見なさんなだと!?」


「コイツホントに反省してるのかしら?」


「……魔導師もそうだが、呪詛師にも変人は多い、我もその類の者達のことは良く知っている、が……ここまで見た目と中身が乖離しているヤツは初めて見た。いっそ見た目が怪しかった方が素直に受け入れやすかったやもしれぬ」


「根は悪いやつじゃねぇんだよ、少し変わってるだけで。な? エヴァー」


「ええもちろん! 私の神官的良い子センサーがこの子は良い子だって告げてるわ。なでなで」


愛する右手デクストラアマータ……! この手つきをラーニングしろ……! 今後の糧にするぞ……!」


「……ドラゴの言葉を信じよう。朝からこれだけ愉快というならば、悪いやつではないことだけは分かる。少し抜けてるバカな弟分を見ている気分だ」


 なにやらあちらから話し声が聞こえてくるが、ふわふわお姉さんの手が心地良すぎてよく聞こえん……! これではオレの日課をまた行わなくてはならなくなる……!


「ふぅッ、このままではおちんおちん飯も食えないッ。真・呪文スペルマ <チン静化>」


 元気にすることが出来るのならば、落ち着かせることも容易だ。故に、オレは自らに冷静さを付与して体の興奮を全て収める。


 下の頭(こうべ)が垂れることによって、オレは上の頭を上げることができ立ち上がることもできた。


 やれやれ、朝からとんだ過激なプレイに巻き込まれてしまった。今夜のオカズはお姉さんもので決定だな。


「出ようとしているところを邪魔をして悪かった。オレも朝食を取る、そちらも調査を頑張ってくれ」


「おうよ! 今日もがんばるぜ!」


「我としては魔導師の貴様に手伝って欲しい気持ちもある、が」


「ニューちゃんとのお出かけを邪魔しちゃいけないもんね~。プニマちゃん? って女の子にも会いたかったわぁ」


「良い子だぜあの子は……。待ってりゃその内下りてくるだろうが、流石に俺達も調査に向かわなきゃなんねぇ。デルコイノ、この席空くから使って良いぞ」


「そうか、ならば使わせてもらう」


 オレは三人を見送ったのち、食堂のカウンターへと赴いてプレートを持ちながらテーブルへと戻ってきたわけだが…………。要らん奴がまだ座っているな。てっきり男漁りに行くと思っていた。


「どけビッ乳。そこはオレがドラゴ達から譲って貰った席だ」


「アタシの方が先に座ってたんですけど! ぷに、ぷ、ぷにま、が、起きてきたときに席が空いてなかったら可愛そうだから取ってあげてるのよ!」


「ふむ。ではオレが交代しよう、ご苦労だった」


 一人居れば十分な話だ。故にオレは交代するために席へと座り、飯を食べ始めようとした、が。まだ居座っているな。


「どうした。乳が重くて立てないのか、尻は軽いくせにな」


「さいっっっってい!! 朝から何言ってくれてるわけ!? アンタみたいなバカと同席なんてしたくないからどっかいって!」


 朝からうるさい女だ。尻の穴が弱そうな顔と態度をオレに向けてくるんじゃない。そしてビッチから吠えられてオレが素直に移動するわけが無いだろう。


「オレが移動したらお前に負けたようで気に食わん」


「こっちだって一緒よバカ! 絶対ここから動かないから、アタシが最初にぷ、ぷに、ま、の為に席とってたんだから! アンタはどう足掻いても後乗りしてきたにすぎないのよバーカ!」


「後、乗り……? 朝から下品な言葉しか口にしないな。夜は何を口にしているのか知らないが、朝ならば飯を口にしろ」


「アンタにだけは下品とか言われたくないわよ! 偶然死なないかしらねコイツ……ッ!」


 やれやれ、本当に朝から煩い女だ。こんな女を前にして食う飯はどこか磯臭く感じてしまう。今日の朝食に魚介など含まれて居ないというのにな。


 オレは睨まれながらも朝食を食べ進め、磯臭さを錯覚しながらもしっかりと味わわせて貰う。


 ふむ、今まで、買った料理は美味しく食べるものであり、自らがする調理とは栄養摂取だけを考えて生活を送ってきたオレだが、プニマの為にも美味しい料理の作り方を覚えたほうが良いのかも知れんな。


 一人思考にふけりながら無言で朝食を食べ終え、プレートを持って店主の下へと返しに行く。


「とても美味な海鮮料理だった」


「あいよありがとさん! ……海鮮……?」


 プレートを返し終わったオレは、その足で先のテーブルに戻ろうとし、足を動かすと――同時に、プニマが眼をくしくし擦りながら階段を下りて来た。


 久々にベッドで寝たのだ、もっと寝てても良かったろうに……とも思うが、彼女は約束があるから早起きをしたのだろう、健気だ。


 オレは可憐な寝起きロリを見ながら足を進め、丁度テーブルの前にてプニマと合流を果たす。


「デルコイノさん、ニュークミルさん、おはようございます」


「ああ。お早うプニマ」


「で、でへへ……。ふん! おはよ」


 ふむ。今何かしら変な声が聞こえてきた気がする。下品な女によく似合う笑い声のような声だった気がしたが、ビッ乳は顔を背けたのでどんな面をしたのか確認できなかった。


「あ……も、もしかして私、起きるの遅かったですか……? お二人とも、待たせて……」


「別に? アタシも今起きたところだし」


「だそうだ。オレは早くから起きてこの席を取っておいたぞ。飯もまだ食ってはいない」


「よくもまぁアタシの前で堂々と嘘付けるわねこのバカ……」


「あっ……。朝早くから、今まで、お待たせしてごめんなさい……。で、デルコイノさんの起きる時間を教えてください! 私も、早起きします……!」


「ふむ。許せ、先ほどの言葉は嘘だ。実はオレも先ほど降りてきたばかりで、席は確保したが飯は食った。それほど待っては居ない」


「ほ、ホントですか……?」


「ああ。全て本当の事だ」


 真実を包み隠さず教えたところ、プニマはホッとしながらささやかな胸をなでおろした。


 クソビッ乳は無言で立ち上がってオレの右手首を掴んで腕をへし折ろうとしてきた。


「離せ、触るな、穢れるだろう」


「ちょっとの嘘混ぜ込んでるんじゃないわよ! アタシが席確保してたんだら――なにコイツ力強!? 魔導師の癖になんて筋力してるのよ!!」


 ビッ乳如きがオレの清い体に害を成せるわけがないだろう。確かにコイツの力は戦士や剣士の中でも上位に値するが、オレは毎日全身を鍛え上げているのだ。下半身の筋トレも欠かさず、そして何より過酷な運動をも欠かさず、日々磨いている。日夜遊びに耽っているお前に負けるはずがない。


「あの、あの……! 喧嘩、ダメ、です……!」


 オレ達を見たプニマは、腕をバッテンにしながらそう言ってきた。ああ、これ、この仕草は癖になる。オレの荒んだ心もプニマによって浄化されていく――。


「ふへ、へっへへ……。ぷ、ぷに、ま、が言うなら、止めてあげる……! 勘違いしないでよね、別にぷ、ぷに、ぷにぷにま、の為じゃないんだからね!」


「そ、それで、も……止めてくれて、ありがとうございます……!」


「へへ……」


 ふむ。汚い笑い面を見ようとしても、顔を背けて笑いやがるなこの女は。


「オレも手討ちにしてやる」


「勘違いしないでよ。次は折るから」


 ビッ乳は言葉と共に顔を戻せば、勘違いする余地の無いレベルの真顔を向けてきた。


「今日のご飯なんでしょう……!」


「海鮮物だ」


「アンタさっき何食べてたわけ?」


 その後、どうやらクソビッ乳は朝食を取っていなかったようで、プニマと一緒にカウンターへと足を運んだのだった。

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