4-3.戦線に復帰する

「で、こい――デルコイノさん――――!!」


 体が揺すられ、声が薄っすらと耳に入ってくる。


 どうやらオレは気絶をしていたらしい。


 ゆっくりと瞼が開き、ぼやけた視界が映す景色は――石の壁だった。


「皆!! はやく引き抜くぞ!!」


「「「おーえす!! おーえす!!」」」


 ふむ、なにやら腰を引っ張られているような感覚を覚える。まるで、腰にロープを巻きつけられて、大勢から引っ張られているような、そんな感覚だ。


「ぅぬ……。プニマよ……なんだこのじょうきょうは……」


「デルコイノさん……!!」


 壁に張り付いている顔を捩(よじ)って見てみれば、プニマがオレを心配そうに見上げてきている。


「今、皆でデルコイノさんを救出しようとしてるんです……! ドラゴさんが、絶対に死なせるなって、言って……!」


「どういうことだ……」


 オレは体の前面に痛みを感じながらも、壁から離れようと――むっ、腰が動かん。まるで、体の何かが引っかかっているように動かん。


 ああ、なるほど。


「ふん!!」


 オレは壁に突き刺さっていたマグヌスグロリアを引き抜いて体の自由を取り戻した。どうやら衝撃を吸収するために突き出した腰のせいで、<性棒>状態のマグヌスグロリアが防壁の奥深くまで突き刺さってしまっていたようだ。


 オレが腰を引き抜くと同時に、背後の者達からの引っ張る力も消えて歓喜の声が上がった。その声は救出に成功した歓喜というより、希望の呼び声を向けられているようでどうにも居心地が悪い。


「デルコイノさん、お体は大丈夫ですか……?」


「ふむ……。どうやら問題はないようだ。マグヌスグロリアと――そして、愛する右手デクストラアマータがオレを守ってくれた」


 オレの愛する右手デクストラアマータは、硬いが、同時に柔らかい。その硬さと柔らかさを持って、致命傷を防いでくれたようだ。


「あまーたさん……」


 プニマは感謝するように愛する右手デクストラアマータを両手で取って、優しく包み込んでくれる。


「ドラゴ達は、戦況はどうなっている」


「今は……市街戦をしてます。デルコイノさんを食べようとしたミノタウロスを、ドラゴさんとハンターさん、騎士さんたちが協力して町に押し込めたらしいです。皆、力を合わせて戦っています、ここにいる衛兵のみなさんも、勝つために力を貸してくれています……ですが……」


 市街戦に切り替えるとは思い切ったことをしたものだ。何も無い平原で戦うのをやめ、町の地形を利用した戦いを、それもハープルの総力を挙げて敵を打倒する戦いをしているらしい。市街戦ならば多くの者が援護をしやすくなる。


 四天王など町を潰してでも倒せるのなら御の字だ。最悪は、倒せず町の命全てを滅ぼされること。ドラゴ達は、そしてハープルの者達は、四天王と言う災害のような者に対して、町を壊してでも自分達の命を繋ぐ判断をしたようだ。


「なあアンタ、魔導師なんだろ? ドラゴさんが言ってたんだ、あんたを絶対に死なせるな、あんたならあのミノタウロスを倒せるって! 魔法でどうにかしてくれよ! クイダロス倒してくれよ!!」


 一人の衛兵が放った言葉は、次第に回りに伝播して行く。皆、オレに希望を向け、そしてドラゴの言葉を信じて、オレに縋ってくる。


 ドラゴからの信頼はありがたい話だ、あんな男にそれほどまでに信頼して貰えるのは身に余る光栄である。だが、止してくれ。有象無象から向けられる希望など反吐が――


「デルコイノさん……」


 ――きゅっと、プニマがオレの手を握った。


 そのお手手は小さく――どうしてかオレを励ましているようで――しかし、ドラゴ達を助けたいという意志が確かに乗っていて、誰かに縋るのではなく、自分もどうにかしたいと思っているような……。あぁ、プニマ。キミはとても強い子だな。こんな小さなお手手で自ら希望を掴み取ろうとしているのだから。


 オレは勃ち向かう。しかし、それは誰かに縋られたからではなく、オレ自身が勃ち向かうと覚悟したからだ。誰かに縋るのではなく、誰かから縋られるのでもなく、決意を。オレはオレが守りたい者を守るために勃ち向かうのだ。縋るだけでは何も掴めない、覚悟が、意志が、勝利の輝きを自らに孕ませるのだ。


「プニマ。ドラゴ達を守るためにキミの力を貸してくれ」


「わた、しの……? 私、戦えません……よ?」


「居るだけで良い」


「ひゃわ……!」


 オレはプニマを抱き上げると、この場で向けられている希望の眼差しに押されるのではなく、自らの意思で足を進める。


 そして、重く閉じられた町の門の前に立ち――


「これよりオレも戦線に復帰する。門を開けろ」


 ――門を開かせ、歓声を背に町へと踏み入った。

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