4-2.四天王 クイダロス
「ふむ、戦場にたどり着くというよりも、戦場が近づいてきているな」
息勇んで町を出ようとしたビッ乳だったが、防壁から出た途端に足を止めた。原因は、町に鳴り響く鐘の音だ。それは、危険を知らせる物であり、町の中では混乱にも似た声が聞こえてくる。
だがビッ乳は混乱などせず大きく飛び上がって、防壁の上から町外の様子を確認するといういたって冷静な判断を取った。
そうしてオレもなし崩し的に防壁の上に立って、町の外に伸びる街道と、広がる平原へと眼を向ける――が。
遠くから、五メートルほどの巨大な何かが迫ってきている。その前方を、八人の集団が息を切らしながら走っていた。
「嘘……本当に居たんだ……クイダロス……ッ!」
「ドラゴ達は随分疲弊しているようだが、お前の胸騒ぎは遅すぎではないか? デカい乳のせいで感覚が鈍っているとしか思えん」
「アンタ、ここから援護射撃を! ドラ兄達が門を潜るまで時間稼ぎして!」
「無理だ」
「アタシも魔法ではぁ!? なんで!? 魔力切れにでもなってるの!?」
「そのようなものだ。今のオレではあそこまで力を飛ばせない」
「つっかえないわねホント! 連れてくるんじゃなかった!」
勝手に連れてきて文句を言われるなど、腹立たしくて仕方がない。
ちんちんではなく心に本当のイライラを感じていると、ビッ乳は腰に携えた剣を引き抜いて構えた。どうやら杖としても使用できる剣のようだ。
「多重展開! <ファイヤーアロー>!」
魔法を詠唱するとともに、ビッ乳の周囲には十二本もの炎の矢が現れ中空にて待機をする。腐ってもAランクハンターだ、この魔法の展開速度と発動数は素直に認めなければならない。
そしてビッ乳は剣の切っ先を正確に敵へと向け、一斉の同時射撃を開始した。
その攻撃を見て、防壁上に居る衛兵や騎士達はハッとする。どうやら、巨大なミノタウロスが放つ重圧感と威圧感に気圧されて思わず思考が跳んでしまっていたらしい。
「ぼさっとしてるな! アンタ達も動きなさい! ドラ兄達――<ドラゴンテイル>は町の戦力と共にクイダロスを倒すつもりよ! 兵とハンターを集めて、大至急!」
その言葉で、ようやく皆は慌しく動き始めた。
皆恐ろしいのだろうな、四天王が。奴等は個で軍を相手に出来る敵だ。その敵が放つ圧など、一般の衛兵や最前線に立たない騎士達が知りえる事はない類の圧だ。
ハープルは何の特徴も無い町。言い換えれば、悪い事も特に起こらない平和な土地なのだ。そんな土地に突然四天王が現れたのならば、こうなっても仕方がないだろう。例え、ドラゴ達から四天王が潜伏している可能性があると事前に聞いていたとて、本当に居るとは思っていなかったようだ。
人は無意識に、危機を回避して安全な方へと思考の舵を切る。此度は四天王に直面してようやく、危機的状況が迫っていると理解したのだ。
それは――ビッ乳も同じだった。
「ドラ兄達なら勝てない敵じゃないきっと大丈夫勇者様が傷をつけたって言ってたもの手負いなら絶対に――」
自らを落ち着けるように言葉を羅列し、魔法を放ちながら瞳をドラゴ達へ向け早く早くと急かしていた。
「――え……待って……傷……どこ……?」
だが、その顔も蒼白に変わる。
クイダロスの体に傷などは無く――切り傷さえも無く、何の負傷もしていない体でドラゴ達を追いかけている。
唯一確認できるのは、体の至る所に紐や粘着質な何かが付いていて、それ等は攻撃と言うよりは足止めに使用した形跡が見られた。逃走一辺倒だったのだろうか、戦闘はしていない……訳ではないだろう。
ビッ乳はどうやら、負傷した四天王ならばドラゴ達でも倒せると踏んでいたようで、それが確認できないならば――。
「この戦い、勝てそうか」
「…………。……勝てる勝てないじゃない、勝つのよ! アンタも何か――何でも良いから戦いなさいよ!」
オレはリスクヘッジが出来る人間だ。魔王軍四天王など、そもそもこのような町で迎え撃っていい敵ではない。軍を制圧しうる個を相手にするならば、それと同等の力を用いらなければ勝てないのだ。
ドラゴ達もSランクといえど、全快の四天王を相手に勝利を収められるわけではない。Sランクハンターも人外の力を持つ者達だが、流石に四天王は格が違う。彼等ハンターが四天王に勝てるならば、世界は遥か昔に平和な人の世を手に入れられていたことだろう。
本来ならば彼等だって騎士団や勇者と共に十全な戦力を整えたいはずだ。しかし、この町があるから逃げるわけにはいかない、ここで戦うしかない。ドラゴは、ハイドゥは、ふわふわお姉さんは、プニマのコトを可愛がってくれた。彼等が死ねばプニマは悲しむだろう。それに――ふわふわお姉さんには、多大な恩義がある。
オレはリスクヘッジが出来る理性的な人間だ。だがそれ以上に、本能が上回るときだってある。ならばオレが今、とるべき行動はたった一つ――
「――無理に輝かせて悪いな。出でよ、マグヌスグロリア」
――敵に勃ち向かう事だ。
「ひゃぁぁぁああああああああ!? なにしてんのよアンタ気が狂ったんじゃないでしょうねああ元から気が狂ってたわ!!」
ビッ乳はまるで処女のような焦り方をしながら、オレの光り輝く杖を見る。
残念だが、お前の視線は不愉快だ。ただでさえ今のオレは血流を無理矢理集め、無理に勃たせているのだ。硬さも硬いが十全ではない、輝きも輝いているが鈍さがある。なにより、急に稼動させた子種製造ラインはまだ、四天王を相手に出来るほど貯蔵を済ませては居ない。
「オレが奴を足止めする。お前はこのまま狙撃を続け、ドラゴ達が門を潜ったら閉じろ」
「な、なによ! かっこつけないでよね、アンタだけでとめられるわけが無いでしょ! アタシも手伝うわよ!」
「好きにするが良い」
オレはビッ乳の声を背後に防壁の縁から体を倒して、地面まで自由落下をする。
迫り来る母なる大地は、母故に厳しさを孕んでいてこのままではオレを生命の循環に還してしまうことだろう。
故にオレはマグヌスグロリアと
落下の速度が速まり、相応の衝撃を持って地面へと落ちるが――オレは片膝と片腕、そして何よりマグヌスグロリアを下向きに振り下ろして地面に叩きつけることにより、衝撃を全て吸収して母なる大地に降り立った。
マグヌスグロリアによって叩きつけられた地面からは土や埃が巻き上がり、着地したオレの体へぱらぱらと振り注ぐ。
「アンタ……何その魔法……」
力強い着地を決めているオレの横へは、ビッ乳が炎の魔法を操って静かに下りてきた。その呆れたような眼は、そして赤らんでいる頬が見える顔は、オレのマグヌスグロリアに向けられている。
「魔法ではない。オレ独自の力、
「わ、分かってるわよ!」
立ち上がったオレが素早く駆け出すと、ビッ乳は足に炎を、背には羽のような焔を纏って走り始めた。否、走るというよりは、一歩一歩の跳躍で短く飛んでいると表現すべき移動方法だ。
「流石はビッチだな。トぶのはお手の物か」
「はぁ!? 飛ぶこととそのこと関係ある!? この力はアタシが火属性魔法とスキルを応用して使ってる力なのよ! 今は一部しか発動してないけど、総称は<サラマロンド>!! 覚えておきなさい!!」
焔の翼を羽ばたかせ、地を蹴る足に力を込めたビッチは、速度を上げて前進する。
オレも速度を上げるべく、マグヌスグロリアで地面を叩いて推進力を生み――そして――。
「なっ、ニュー、デルコイノ!?」
「「「「「げぇ!? ヘンタイじゃねぇか!?」」」」」
「ぶるっふっふっふ!! エサが増えたぜ!!」
――ドラゴ達、引いてはクイダロスの眼前に躍り出た。
「合わせないヘンタイ!! <炎舞葬送>!!」
「誰にモノを言っている。<やっべ腰止まらんねーんだけど《乱れ付き》>」
オレとビッ乳は、巨大な質量で迫り来る相手へ、炎の剣と光の剣を躊躇無く浴びせる。五メートルの図体を誇る相手だ、細々とした攻撃など致命傷にはなりえない。だが、これでいい。
四天王、クイダロスは寸での所で防御の姿勢を取り、足を止めて孤の進軍を停止した。
逃走劇に一旦の幕が下り、足を止めたクイダロスと、八人の逃走者、そしてオレとビッ乳が相対する。
「ドラゴ、状況を」
戦いに空白が生まれた中、オレが声を小さく飛ばすとドラゴは真剣な顔つきですぐさま言葉を返してきた。
「――ああ。緊急事態に付き血染めの山河と手を組んで平原にて戦闘、あの堅牢な皮膚に傷を付けられない事から一時撤退、再度魔法と呪術をメインに戦闘を行った。傷は付けられたが回復され決定打にはならず、ハープルにて皆(みな)に助力を頼もうと本格的な撤退を行い今に至る」
「ふむ……」
目の前の敵は鎧など身に纏ってはいない。それでも、“ただ皮膚が硬い”故に攻撃を防いだのか。細々とした攻撃は意味を成さず、重い一撃を用いる事でしかダメージを与えられない……。今のすっからかんなオレにとっては部が悪いな。
「ドラ兄達と――そこの余計なアンタ達。全員防壁内に逃げて。ここはアタシ達が時間を稼ぐから」
「討伐の作戦立案はそちらに任せる。さっさとイけ」
「無理だ! 二人で四天王を相手にするなんて――」
「へ、へへっ……そうさせて貰いやすわぁ……」
「血染め。ここに残れ」
「へ、へい……ドラゴの旦那ぁ……」
ドラゴの鋭く、そして恐ろしい眼光によって、血染めの山河全員がこの場に縫いとめられた。流石はSランクハンターだ、風格と威圧は優しいドラゴを恐ろしいドラゴへと変化させている。
「良いぜ何人でも掛かって来いよ! こっちはあのクソ勇者のせいで鬱憤が溜まってんだ! おめーら全員丁寧に嬲り殺してから喰ってやるよ!」
「デルコイノ、お前さんの魔法でどうにかできねぇか」
「生憎だが今は無理だ」
ドラゴから向けられた言葉に、オレは返事を返すと彼はニィと笑った。
「“今は”か。その三文字が聞けただけでも頼もしいぜ。無理だ、じゃなくて今は無理なんだな。何が必要だ、時間か、それとも敵の消耗か」
「オカズだ」
「なるほどな……。……何が必要だって?」
「オカズだ」
「わ、わぁ……デルコイノちゃん、そのおまたから出てる光りの棒ってなぁに? 魔導師の力なの?」
神官であるふわふわお姉さんは、敵の警戒よりも全体の把握を優先し始めたのだろう。今気付いたかのように、オレのマグヌスグロリアに気付いて頬を少し赤らめながら尋ねてきた。
「オレの杖だ」
「でるこいのちゃんのつえ……おきっきくてりっぱ……」
「下ネタではないだろうな……この状況で……貴様の胆力は……ああ、ダメだ。言いたい言葉が次々でてくる」
ハイドゥは呪詛師が用いる呪附を右手に、ダガーを左手に構えながらオレへと視線を向けてくる。
だが、ダメだ。皆からの視姦を受けたとて力の供給が追いつかない。四天王を倒すために必要な分のチャージはまだまだ時間が掛かりそうだ。昨夜と今朝ですっからかんにしていなければもっと早くにチャージ出来たというのに……!
「どうした? 掛かって来いよ人間共。こねぇなら――――こっちからいくぜ!!」
巨大なミノタウロスは、その巨体に見合った拳をオレ達へと振り下ろしてくる。
一斉に回避行動をとったは良いが、拳を叩きつけられた地面にはひびが入り草ごと土を巻き上げる。人間がまともに受ければ紙よりも薄く潰される事など一目瞭然の威力をしていた。
「ほら、ほらほらほらほら! どうした人間共! 俺ァつえー、やっぱつえー! 四天王なんだ! 勇者如きに負けたのはなんかの間違いなんだよ!」
巨体から放たれる無造作な振り下ろしの連撃は、何度も何度も地面を叩きつけて辺りに砂埃を巻き起こす。草は散り、土は舞い、突風にも似た気流を起こしては休まることなくオレ達へと降り注いでいた。
雑な攻撃であっても、質量と硬度と威力はそれだけで脅威だ。雑である分ランダムで、そして何も考えずただ振り下ろしているから躊躇もない。
地が揺れる衝撃と土埃に見舞われながらも、音は地面を殴る音のみ。誰も潰されていないことは眼ではなく耳でわかる。
「調子に乗ってんじゃないわよ!! <火流連爪(ひりゅうれんそう)>!!」
巻き起こる砂埃を裂く様に、炎の爪のような四つの斬撃がクイダロスの体へと飛ぶ――が。硬質の音を立ててぶつかり合い、傷の一つも付けられては居なかった。
「嘘――ッ!?」
「ブルハハハ! 利かねぇなぁ! 俺ぁ喰えば喰うほど強くなる、硬ぇ殻のヤツを食えば硬く、炎に強ぇヤツを喰えば火に強くなんだ。あの聖剣も食えばもっと――チクショウがァ!」
「情緒不安定だな」
勇者への敗北を思い出したのか、クイダロスは組んだ両手を地面に叩きつけてクレーターを生み出した。
その窪みから逃げるようにオレ達は飛び退き距離を取る。
「ドラゴの旦那ぁ!! 俺達だけでも逃がしてくださいよ!!」
「逃がせる余裕はない!! 立ち向かうことを止めれば背中から食われるぞ、生きたければ戦え!!」
「ハイ兄! アタシとドラ兄で一気に攻めるから付与と呪いで援護して!!」
「了解した。<筋力強化><防御低下>」
ハイドゥは呪附を飛ばし、ビッ乳とドラゴには強化を、クレーターの中心に立っているクイダロスには弱化を付与して援護をする。
オレは攻勢に出るよりもチャージを急ごう。
「<サラマロンド>全開!! <焔一閃>!!」
「――<サラマエレジー> <煉獄>」
技の名を発しビッ乳は炎を竜のように、そしてドレスのように身に纏って、宙を滑空し赤き焔と共に鋭い一線を敵に浴びせる。ドラゴは全身を燃え上がらせて火の塊と化すと、上空に飛び上がって隕石の如く斧ごと敵へと降り注いだ。
二人の攻撃は直撃し爆発を、そして地面にクレーターを生み出す。その余波より周囲には熱波が発生し、クレータの土が焼けて赤熱し燻ってはいる――が。
「あっちいなぁおい! 火傷しちまったじゃねぇか!」
クイダロスは二人の攻撃を――ビッ乳の攻撃は腹で堂々と受けかすり傷一つ負わず、ドラゴの落下は腕で受け止め斧の刃を少しばかり沈み込ませて血を流しながら平然と立っていた。ビッ乳の攻撃は利いていないが、ドラゴの攻撃は表皮を裂いて肉に達している。差は垣間見えるが、結果としてはどちらの攻撃も命に届いていない。
渾身の一撃を放ったというのにビクともしない敵を目前にして、二人はすぐさま距離を取った。片一方は地を蹴って数度飛びながら、片一方は力強く飛び退いて炎の残影を残しながら。
その結果に眉を潜めたのは、オレだけではない。
「……ドラゴとニューの共撃でもダメか」
「どーしましょう……」
ドラゴとビッ乳の実力を良く知る二人こそ、一番の難色を示していた。
Sランクハンターとて、全てを解決できる万能の英雄ではない。それは勿論オレも同じだ。誰だって何者だって、一人で全てを救える英雄になど成れやしない。人の手で救えるものには限りがある。
この場における最たる例は、このオレだろう。オレの生など、振り返れば後悔と屍ばかりの暗い道だ。輝かしい栄光とは程遠い、暗い暗い道程が背後に広がっている。
四天王を目にしたからだろうか、歩んできた道の始まりを振り返ってしまう。戦いの音が聞こえなくなり、意識が自分の内側に向いてしまう。
「……」
帰る場所が欲しい。帰り道が欲しい。
オレは純愛を享受したい。ただいまって言えて、おかえりって言ってくれる人が欲しい。オレを愛してくれる皆が居なくなって取り残されたオレは、オレを愛して最期まで添い遂げてくれる人が欲しい。そんな人を、オレは生涯大切にして、死ぬまでオレを愛してオレも愛して一緒の墓に入りたい。
オレはただ、黄金の中でそれだけを願ったのだ。今もただ、それだけを願っているのだ。
「ぶるはははは!! 弱い、弱すぎるぜ人間共!! こんなのに負けたのかよエルドラドはよぉ!! なーにが最強の四天王だ、黄金の騎士だ!! 俺の方がよっぽどつえーじゃねぇか!! さっさと俺に席譲っときゃぁ良かったんだぜあの老害がァ!!」
――――その名を、出すな。
オレにとって人も悪魔も関係ない。オレの守りたい者はオレが守りたいと思った者であり、人類だとか悪魔だとかは関係ない。本当に、本当に、人類だとか、悪魔だとか、どうでもいいんだ。
オレは右手に愛を抱いている。であれば左手は、何を抱いている。――――答えは――ッ!?
「んほぉ!? な、なにをする
内に向けていた意識は、
緊迫した戦場で、ハンター達は勝利の術を模索しながら敵と戦い、山賊達は何が何でも逃げ延びてやるという表情で敵を観察し――皆、生き延びることを考えていた。余計な事を考えていたのはオレだけだった。
冷静になれ、意識をしっかり戦いに向けろ、余計な事は考えるな。オレが今すべきことは思考に耽ることではない、チャージを完了させることだ。……あの奥義は、数年ぶりに使えるのだろうか……。いや、使えなくてもクイダロス程度ならばどうにか出来る。とにかく今は
「ハイ兄もう一度――」
「次はもっと――」
「おめぇら爆弾と攻撃用のアイテム全部ブン投げろ! 金より命だ!」
皆は攻撃を続け、眼前の敵を倒そうと必死に戦っている。
炎の渦が、熱波が、閃光が、爆発が、巻き起こる。呪詛師であるハイドゥの呪附が宙を舞い、操る影が敵を裂こうとし、拘束しようとし、惑わそうとする。神官であるエヴァーの回復が飛び、光の壁で攻撃を防ぎ、皆を分け隔てなく守っている。
このクレーターから出さずここで始末しようとするような攻勢の数々は――クイダロスに致命的な一撃を加えることは出来ずにいた。
そして、敵もまた、受けることに飽きたのか……雄たけびを上げて周囲に衝撃派を生み出し皆を吹き飛ばす。まだ、足りない。チャージが全然足りない。
全員がクレーターの外に飛ばされ、地面に横たわる。皆に隙が生まれた状態で最初に狙われたのはあのクソビッチだった。大きく飛び上がったクイダロスは、その巨体を丸めてもろとも地面に叩きつけクソビッチを押しつぶそうとする。
「ブルハハハ! てめーみたいな女の肉が一番うめーんだ!! テメーを喰って俺はもっと強くなる! 潰れてミンチになりやがれェ!! <ミノタウロスの冥球>!!」
「ニュー!!」
落ちる巨体を上空に、いち早く反応したのは兄であるドラゴだ。だが、間に合う距離ではない。皆が、オレも含め、バラバラに飛ばされている。そして標的にされたクソビッチですら、あの質量を防ぐ手段はないのだろう。怯えて身を竦めながら本能的な防御姿勢だけを取っていた。死を、直感しているのだろう。
ビッチならばくたばれ。など、思えない。
「折角友達出来たのに……ッ!! まだ、もっと、遊びたかった……プニマぁ!!」
緊迫感の無い、ビッチに似つかわしくない子供じみた声。友を呼ぶ声。
――オレは地面にマグヌスグロリアを力いっぱい叩きつけて飛ぶ。
「――――防御しろ!
空から振り落ちる隕石を防ぐように掲げた右手は、クイダロスとぶつかり合って周囲に衝撃を生む。
「生身で受け止めただと!? テメェホントに人間か!?」
「クッ……!!」
体の芯まで響く衝撃は、オレの体に軋みを齎す。骨や筋肉がきしむ音は鼓膜に響き、体中に危険信号を走らせる。
だが、だが……だがッ!! この鍛え上げた体が、この愛する右手が、何よりこのオレの性の意志が!! 食と言う欲に塗れたお前如きに潰せるわけが無いだろう!!
「ア、アンタ、アタシを守って――」
「さっさと退け邪魔だクソビッチお前を見ていると萎えるこの淫乱アバズレクソメスが!」
「――は?」
「ドラゴ、早く!!」
「感謝するぜデルコイノ――ッ!!」
ドラゴは素早くビッ乳を抱えて離脱した。ビッ乳の眼からは涙が溢れて零れた雫が宙に舞い、だが悲しさを忘れ怒り狂った眼は鋭くオレを睨みつけ、おまけに中指をオレへと立ててきた。
だがあのクソメスに構っている暇は無い。オレは今、押しつぶそうとしてくる大質量を前に全力で抗っているのだ。
「チィ……ッ! 投げ飛ばせない……ッ!!」
流石にこの重さを飛ばすには
「ぶるぅっはーっはっは!! なんだオメェ防御しかできねぇのかよ!! だったらこのまま押しつぶしてやるぜ!!」
重い、重すぎる。体は潰れず耐えているが、重みには勝てず地面に足が沈み始めた。杖が、チャージが、力が――足りない――コイツを吹き飛ばせる量も、打ち滅ぼす量も、足りていない――ッ。
「ナァ、オメェ、不味そうな肉をどうやって美味く食うか知ってるか?」
「な、んだ、急に――!!」
「人間のオスってのはメスやガキに比べてどうにもまじーんだ。だがよ、手間ぁ掛かるが叩いて叩いて叩きつけて、何度も何度も解して、骨と肉がぐちゃぐちゃになって混ぜ合わさると――うめーんだぜェ――。
――俺ァなァ、お前に敬意を表する、表している、心からの賞賛が溢れて止まねぇ。この俺を受け止めたその強靭な体、その肉、その骨、全てが欲しい、俺ぁお前を食いたくて食いたくて堪らない。お前を頂こう、一片も残さず綺麗に平らげよう――そして――俺はもっと強くなって、絶対にあのクソ勇者をぶっ殺すッ!!」
頭上の球体から腕が伸びてきて、オレの体を握り込んできた。同時に、球体状態を解除して地面に足を付けている。
「オレをどう――」
「このまま町の壁に叩きつけてやるよ!!」
オレが言葉を言い切る前に、クイダロスは大きく振りかぶって腕を豪快に振り下ろした。
大質量の巨体から放たれる筋力はすさまじく、オレの体など軽がる投げ放ってしまえる。
「「「デ――」」」
誰かがオレの名前を呼んだようだが、誰かなど分からない。耳に入る風の音が煩くて何も聞こえない。
このままでは冗談抜きに死んでしまう。冗談は抜き有りだと冗談にならない、抜き無しであってくれ。
そうしてオレは、せめてもマグヌスグロリアで衝撃を殺そうとし、腰を突き出しながら防壁に叩きつけられたのだった。
* * *
混乱する町の中を、人の流れに逆らって走る少女が一人いた。
「デルコイノさん――!!」
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