4-4.戦いの果て

 プニマを背負いながら町を走る。


 酷い有様だ。そこかしこに破壊の跡が見受けられ、建物や屋台が瓦解していた。その中でも多かったのが、食料に関わる店の無残な破壊だ。屋台に並んでいた青果は潰れ、飲食店の瓦礫からは喰いカスやミルク、スープが地面に筋道を作っている。あのミノタウロスは町の食料を雑に食い荒らしながら町中を移動しているようだ。


 戦いの音が近くなる。それに応じて、倒れている人の数が増えて行く。皆、食われず死なず、気を失っているのは敵の気まぐれか、それともドラゴ達が上手く立ち回っているのか――


 オレは戦闘音を頼りに町を駆け抜け、路地に入り、一つの大通りに飛び出す。


 そこでは――消耗しきったドラゴ達が肩で息をしながら、山賊達がサーベルや鍵縄を手に持ちながら、そして傷一つ無いクイダロスが暴れまわりながら、町の中で戦っていた。


「ブルルルアアアッハッハ!! 喰い甲斐がある町だな人間の町は!!!! ――――あ? この匂いは――お前から来てくれるなんてなァ」


「デルコイノ!!」


 暴れる事を止めて鼻を鳴らしたクイダロスは、オレのほうへと視線を向けてくる。


 オレは<性棒>で牽制をしながら素早く移動し、ドラゴ達の下へ合流して協力体制を組んだ。


「デルコイノ、ヤツの弱点を見つけた。それを付くために今町の全員で作戦を実行してる、お前さんも時間稼ぎに協力をしてくれ」


「弱点だと」


「ああ。ヤツは飯を食うとき夢中になって貪るんだ。その時は隙だらけ、それこそこっちが攻撃しても飯を食うことを優先する。多分だが、恐ろしいまでの食への執着と、硬い皮膚の驕りでそうなってんだ。その驕った隙を作るために他の奴等は全員町の食料をかき集めてる。

 俺の攻撃ならヤツに利く。ヤツの隙を突いて俺が全員から支援を受け、一点突破で心臓を穿つってのが作戦だ」


「そう――」


 ドラゴと小さな声で言葉を交わしてる最中(さなか)、瓦礫の礫がオレ達を襲った。それを、ふわふわお姉さんが光の壁で防御してくれる。


「――か」


「ちょっとアンタ!! なんで、ぷ、プニマ連れてきてるの!!」


 何か聞こえてくるが無視だ。余計な話はしていられない。


「ハイドゥ、時間稼ぎは呪詛師の得意分野だろう。キミの見立てでは作戦決行まで持ちこたえられそうか」


 礫の音が止み、今度はクイダロスが拳で光の壁を破壊しようとしてくる。その中でオレは、確認すべきことをハイドゥへ尋ねた。


「……いや、少しばかり厳しい。元よりこちらは消耗も激しく、正直今では立っているだけでも精一杯だ。我とエヴァーも魔力が枯渇し始めている。

 膨大な隙を作るために必要な食料を集める時間、我を含めた強化と弱体が可能な者達が現状で最上の付与を施すために必要な支援の準備、その他の者のバックアップ体制が整うまで――全てを賄い切れる余裕はあまり無い。だが、急ごしらえの作戦でも実行しなければ勝てないのだ。……このような杜撰(ずさん)な策など、我はあまり好まぬがな」


「ふむ。なるほど。……ここはオレに任せてもらおう。そちらはそちらで作戦を進めて居てくれ、こちらはこちらで好きにやらせて貰う」


「お前さん……分かった」


「ちょっとドラゴ! デルコイノちゃん一人で何が――」


「貴様の自信に乗ってやろうではないか。正直、我等が考えた作戦は実現できるかも定かではない苦肉の策だ――」


「その作戦考えたのハイ兄だけどね……」


「――魔導師としての実力、信じるぞ。<六方呪呪戒(ろっぽうじゅじゅかい)>」


 ハイドゥは自信の周囲に呪附を大量に展開する。恐らく、持ちうる全てを注ぎ込むつもりなのだろう。時間稼ぎの持久戦から短期決戦に切り替えた者の眼だ。


「俺も手伝うぜ。お前さんの魔法がぶち込めるように、死んでも隙作ってやるよ」


 元よりをオレを信頼してくれていたドラゴは、斧を肩に担いで良い笑顔をオレに向けてきた。


「エヴァ姉……ここにいる男バカしかいない……」


「もーなんでもいいからお話終わってぇ!! おーもーいー!! ホーリープロテクションこーわーれーるー!!!!」


 ふわふわお姉さんの悲痛な叫びが聞こえてくると共に――――ガラスが割れたような音が響いて拳がオレへと向かってくる。


「<剛紅蓮>!!」


 それをドラゴが戦斧の重い一撃で弾き返し、それを合図に地面を蹴り出しオレは動き出した。


「プニマ。キミにお願いしたいことがある」


「は、はい……! なんでもします!!」


「今のオレはチャージが足りていない」


「チャージ……私はどうすれば!」


「背負われたままで良い。耳元でささやきながら、オレを煽ってくれ」


「はい! ……え!」


 呪附や斧、拳がせめぎ合う戦場で、オレは<性棒(セイバー)>を解除し元のサイズのマグヌスグロリアに形態を変化させる。


 それを隙と言わんばかりに鋭く向かってきた拳を愛する右手デクストラアマータで弾き、オレは距離を離すために大きく飛び退いた。クイダロスがなにやら言葉を発して大声で笑っている声を聞きながらも、オレの耳はプニマの声しか聞いていなかった。


「あおる……? 私がデルコイノさんを……?」


「ああ。キミのような純粋無垢な子供に頼むのは酷な話だが、それでもやってくれ。頼む」


「えと……わ、わかりました……!」


 プニマからの了承を聞いた直後、オレはすぐさま愛する右手デクストラアマータをマグヌスグロリアにセットして臨戦態勢を整えた。


 今のオレには、興奮も力の源も何も足りていない。こんな状態から奴を吹き飛ばすためには、オレのコンディションを短時間で最高にしなければ。


 オレは戦いの中で扱きを開始し、力を蓄え始める。


「え、えと、お、おバカさーん……えっと、ヘンタイさーん……」


 戦場の音など要らない。何も、何も。オレにはプニマの囁き声が、鼓膜をくすぐる小さな声が、可愛らしい声だけが、聞こえれば良い!!


「クッ……! もっと、もっとだ!!」


 プニマが精一杯に行(おこな)う、慎ましい罵倒も良い。これはこれで興奮する。が、まだ足りない。勝利を掴むためには意志が必要なんだ!


「――我、結構な思いでデルコイノを信じたのだが――何を見せられているのだ……?」


「四の五の言ってないでアイツを信じ――ホントに何やってんだあいつ!?」


 喧騒は要らない。プニマの声さえ聞こえれば良い。


「えっと、た、たたっかってるのに、そんなことしてていーんですかー? デルコイノさんはとってもヘンタイさんですねー……?」


「ハァッ、クッ!!」


 右手の扱きをもっと、愛する右手デクストラアマータをもっと! 昇る生を滾らせて、溢れる生を杖に集約させるのだ!


「あんのヘンタイ魔導師マジモンのヤベー奴じゃねぇか……」


「お頭ぁ……俺ぁこえぇでさぁ……クイダロスよりもあのあんちゃんの方が恐ろしいでさぁ……」


「デルコイノさん……その……右手、すごく動いてますけど……私の声、きもちーんですか?」


「最高だ、全身が歓喜に打ち震えている!」


「……♡」


 オレはドラゴとハイドゥに援護して貰いながら攻撃を避け続ける。この状態の弱点はある、だが、援護して貰えるなら問題は無い!


「ヘンタイデルコイノさん、きもちーんですね……♡ 私、女の子ですよ、小さい子ですよ……なのに、こーふんしちゃうんですね……♡」


 ――!? なんだ、プニマの声が、ギアが変化しただと……!? 元々可愛らしい声が可愛らしく、そして甘さを含んでオレの鼓膜をくすぐってくる……ッ!!


「いっしょーけんめーごしごしして、かわいいですね……♡ ヘンタイなデルコイノさんかわいー……♡ 大人な男の人なのに、こんな小さい子にこーふんしてるデルコイノさん、とってもヘンタイです……♡ 子供の声でおててごしごし動かしてるなさけない大人さん♡ ほーら。しーこ、しーこ♡」


「加速してるだと、右手が……ッ!!」


 オレ本来の扱きにあらず、プニマの声に突き動かされるように愛する右手デクストラアマータが動き始めた。この速さは彼女への興奮もさることながら、オレの右手は子供の声に誘導されるか如く扱きの速度を速めている。


 クソッ、オレはオトナだというのに、これではまるで子供の言う事に従っているようではないか――ちんちんがイライラしてきた。


「オレは――情けない大人ではない!!」


「あは♡ 私の声でおてて早くなっちゃいましたね……♡ 子供の言いなりになって、なさけなくごしごしして……♡」


 なんだ、この興奮と胸のざわめきは――手が止まらん、もっと扱きたい、思っている以上にプニマの声がオレの芯に響いてきてオレの芯を硬くする。鈍い輝きだったマグヌスグロリアにも本来の輝きが戻り始めているぞ――!!


「デルコイノちゃんすごぉい……戦いながらぴかぴかしてえっちなことしてる……。あれも魔法? なのかしら……」


「ここまで来ると関心しちゃいそうになるから笑えるわ……」


「なんだか良くわかんねぇがなんか凄そうだぜ……オメェ等!! 生き残るために戦うぞ、あのヘンタイ魔導師の援護してやれ!! ドラゴの旦那に続けェ!!」


「「「「へい!!」」」」


「きもちーんですね……♡ わたし子供ですよ、デルコイノさんオトナですよ? さいてー、へんたーい……――ざぁこ♡」


「ん゛ッ!!」


 心臓が跳ねる。そうだ、オレは、こういう煽りを求めてプニマにお願いをしたのだ。だが、まさか、これほどまでに言葉を使いこなすとは、これほどまでに巧みにオレを煽とは、これほどまでにオレを興奮させるとは――。


 普段のプニマからは考えられない言葉の数々が、オレを熱く滾らせる。寧ろ、純粋無垢な彼女の姿を知っている分、この淫靡な囁きはギャップを感じて興奮が止まらない。清楚で健気なプニマだからこそこのメスガキ煽りがより淫靡に感じる!


「あー♡ ざぁこ、ざこざこざーこ♡ ざこって言われるの好きなんですか……? おてて早くなって、杖ぴかぴかしちゃってますよ?」


 オレの愛する右手デクストラアマータはもはや、残像を掻き消すほどに早く動いている。生が込み上げてくる、子種製造所が激しく稼動している、貯蔵がみるみる溜まっていく。想定以上の状態だ、気を抜いてしまえば今すぐにでも発射してしまいそうだ。


 だが、まだ解放するわけにはいかない。まだ足りない、もっと我慢をし、もっと力を蓄えなければ――


「でちゃいそうなんですか? もぉですか? 随分お早いんですね♡ かーわいー♡」


 これはあまあま系メスガキ声だ、プニマの声は甘く煽り、可愛いと褒めながらもオレを罵倒してくる。しかも、立派なオトナのオレに向かって可愛いなどと言う褒め言葉は、実質罵倒だ。褒め罵倒と普通罵倒で脳が混乱してしまいそうだ、罵倒のマリアージュがオレの興奮を更に煽ってくるッ!


「ブルハハハハハ!! んだコイツこんな戦いする奴なんて魔王軍にもいねーよ!! ますますオメェに興味がわいたぜ!! この町で一番最初に食う人間はお前だ、お前しかいない!! もっと俺を強くしてくれよなァ!!!!」


 クッ!? しまった、扱きに意識が持っていかれるあまり、回避がおろそかになってしまったではないか!


 この状態は言わば無防備な状態だ。マグヌスグロリアは力を蓄えているため使用が出来ない、愛する右手デクストラアマータも防御にまわす事ができない。万事休すか――。


 ――そう思った瞬間、炎が頭上に舞い、クイダロスの拳とぶつかり合った。


「か、勘違いしないでよね! さっき助けて貰ったから助けてあげたわけじゃないから!! ぷ、ぷにまのことを守っただけなんだからね!!」


「ああ――」


 萎え始めた。お前の姿と声は本当にオレを冷めさせるな。炎を燃え滾らせているのはお前だけだぞ、こっちは冷めた。


「つ、杖の光りが――!! ざ、ざーこ、すぐちっちゃくなるよわよわデルコイノさん……! わたしのこえでこーふんするざこざこヘンタイさーん……!」


「ヌ」


 ビッ乳の姿や声を掻き消すように、耳から入ってくる声がオレに反発精神を齎す。弱くないが? 雑魚ではないが?


「アンタぷ、ぷにまになんてことさせてんのよ!!」


「黙れクソビッチ!! 早くどっかいけ!!」


「あーもーホントなによもー!! 良く分かんないけど早く魔法つかってよね!! さっさとコイツ倒せヘンタイ!!」


 熱波が生まれ炎が燃え盛る音と共に、ビッチは炎の流星となりてクイダロスに特攻を仕掛けてオレ達から距離を大きく離した。やれやれ、行ったか。


「プニマ、続けてくれ。もっと、遠慮なくオレに甘美なささやきを。キミの声は最高だ、キミの声で鼓膜が蕩けてしまいそうだ」


「は、はい……♡ …………。……デルコイノさん、知ってます? 今の私、とーってもえっちな下着つけてるんですよ?」


「んヌッ!!!!」


 そういえばそうだった。プニマに渡した下着は、すけすけの布とヒモで構成されている、ドスケベ下着だ。オレが仕方なく与えたもの故に、どのようなものかなど容易に想像ができる。


「あ♡ 私の下着姿、そーぞーしちゃいました? でももっと、はっきりそーぞーしちゃいましょーね♡

 下、とってもぎりぎりなんです。少しでもずらせば、おまた見えちゃいます、指を掛けただけで、おまたの始まり、ちら、ちらっ、ってなっちゃうんですよ……♡ お胸も、すけすけで、ピンク色、ちょっと見えちゃってるんです。デルコイノさんは、こーんなえっちな下着を、こーんな子供に着せちゃってるんですよ。とーっても、ヘンタイのロリコンさんです♡」


「オレはロリコンでもヘンタイでもない!! 子供の体だろうが大人の体だろうが男だろうが女だろうが森羅万象で興奮できる誠実な男だ!!」


「我、今とんでもない叫びを聞いた気がするのだが。とんでもないヘンタイではないか、あ奴は」


「ハイドゥの旦那ぁ……俺達はアイツを早く牢屋にぶち込んで欲しいですぜ……」


 クソ、プニマの囁きのせいで彼女の下着姿が頭に浮かんできてしまう……! 清楚な彼女が清楚な服を着ているというのに、その下にある慎ましやかでささやかな子供の体には、あのドスケベ下着が隠されているのか……! ダメだ、想像しただけで抜ける……!


「まだチャージを終えていないというのに……ッ!! あと少しだというのに――クソッ……!! このままでは――勝利が遠ざかる――」


「想像しただけなのに……もうでちゃいそうなんですか? でもまだだめです♡ もっと、もっとがまんしてください。そしたらもっーと気持ちよくしてあげますから♡」


「――キミは、本当に最高だ」


 そんなことを言われては意地でも我慢しなくてはならなくなるでは――


「でーも……負けちゃえ♡ だしちゃいたいって思いに、ぶざまにまけちゃえ♡」


 ――ナニッ!? これはトラップだ、巧妙なトラップを仕掛けて、逃げ道を作ることによってオレを負けさせようとしてくる! それは諸刃の剣、出したいという思いが杖に力みを生んで力を滾らせる分力は増す、しかし、その思いにしたがって出せば終わってしまう。だが――オトナを侮るな、メスガキに負けろなどと言われて負けるオトナが居るか!!


「オレはまだやれる、まだ、いける!!」


「イっちゃえ♡ 負けちゃえ♡」


 そうだ――


「あと十秒、十秒あればチャージが終わる!! オレに必要な時間を授けてくれ!!」


 ――皆が疲弊している。遠くから、暴虐の牛が迫ってくる。自らの体に自信を持ち、負けることなど考えてない牛が笑いながら皆を飛ばしてオレに突進をしてくる。


「私が十秒数えてあげます、それまで我慢してください♡」


 ――今の乾いたオレには


「じゅーう……きゅーう……わ♡ お手手激しくなってきましたね♡」


 ――空っぽになってしまったオレには


「はーち……なーな……ろーく……ふふ♡ すっごくぴかぴかしてます♡ デルコイノさん、すーっごくこーふんしてるんですね♡」


 ――強大な敵を倒すために必要なものがある


「ごーお……よーん……もーすこしですよー♡ がまんしてくださいねー♡」


 ――意思が、勝利への意思が


「さーん、……よーん、ごーお♡ あと少しでしたのにね♡ 負けちゃえ、負けちゃえ♡ ぶさまに負けちゃえ♡」


 ――負けないという、絶対の意志が!!


「オレは負けてないが!! 負けないがッッッ!! 勝利への渇望を我が杖に、集え生命の輝きよ!!」


「ブルハハハハ!! ミンチになって俺に喰われやがれ!!」


「――ぜーろ、ゼロ、ゼロ、ゼロ!! ぴゅっぴゅっ、ぴゅー♡」


 ――これが、オレの――――最強の一撃だ。


「喰らえクイダロス!! 母なる大地へオギャみバブりて還るが良い!! 真・呪文スペルマ―――― <糸色丁頁身寸米青(マイスターベーション)>!!」


 ――――――――世界が眩んでしまいそうなほどの輝きと轟音と衝撃が、生まれた。


 プニマに甘く囁かれ、メスガキに煽られ、我慢に我慢を重ね、そして扱きに扱いたマグヌスグロリアからは、膨大なエネルギーが一気に放出する。その威力と反動はすさまじく、思わずオレの腰が砕けて飛びそうになったが、発射の快楽もまたすさまじく、勢い良く突き出した腰が反動を相殺した。


 ぶれる事の無い一直線のエネルギーは、輝きともに衝撃を生んで石畳を捲り上げながらクイダロスへと迫り行く――


「な、なんだこの力はぁあああああ!? コイツァ――!! この輝きは――」


 眩しいほどの輝きを前に、クイダロスは腕を合わせて防御姿勢をとり――輝く力と巨大な体は互いはぶつかり合う。激しい轟音が、荒れ狂う衝撃が、町並の中で暴れまわって破壊を生じさせる。


「はああああああああああ!!」


「ぐうううううううううう!?」


 ――競り合う力は、ものの数秒。堅牢な皮膚は、されどオレの力を受け止める事ができず、我がマグヌスグロリアの放出にて貫きを持って相手の胴体を腕ごと穿ちきった。


 輝く光の線は、クイダロスの体を抜けて空へと伸びて行き――。


 …………静まり返る町の中、余波で割れたや吹き飛んだ瓦礫さえ静けさを含む中――皆は呆然としながら、体を貫かれ穴が開いているクイダロスへと眼を向ける。


 固唾を呑み、皆が待ち焦がれる結末を静かに待ち――そして。


 重い音と共にクイダロスの体が地面に落ちる。巨体が力なく落ちる様は、誰が何を言わなくても、戦いの決着を告げていた。


「本当にかった……のか……? 四天王に……?」


「勇者殿でさえ勝てなかった相手を……あ奴は一撃で……」


「勝った!? 勝ったの!? わーい!! やったやった!! 私たちの勝利よー!!」


 皆が未だ信じられない様相を呈しているなか、ふわふわお姉さんは勝利に喜びぴょんぴょん跳ねて全身で歓喜を表している。ふわふわの髪と豊満な胸が揺れる様は、とっても叡智だ。


 そのふわふわお姉さんの声でハッとした皆は、ようやく実感が沸いてきたのか、一人、また一人と歓喜を露にしていく。それをもって、オレも輝きを失った杖を、納刀するようにしまう。


 皆は喜ぶ。勝利に、生存に。しかし――オレは――喜べる元気など――


「くっ……」


 膝が震え、自らの体すら支えられずに地へと片膝を付く。しかし、体勢を崩したとて背負ってるプニマには絶対に怪我をさせない。彼女はとても軽い、一生背負っていられるくらいに軽くて柔らかい。


「デルコイノさん……! だいじょーぶですか……!」


 ずっと背負って居たかったが、プニマは自ら降りてオレの肩に手を添えてくる。その顔は、心配が垣間見えたが、同時にどうしてか頬が上気していた。


 皆もまた、オレを心配するように集まり――ふむ、山賊達はこの気に乗じて逃げ出そうとしているようだ。引き止める気力も無い、そっちはそっちで好きにしろ。


 すぐさま寄って来たドラゴ達三人とビッ乳は、地面に膝を付いているオレを心配そうに見下ろしてくる。


「ふぅ……。そう心配する事は無い……」


「で、でもよ、お前さん……」


「消耗して疲れているだけだ……。体に問題は無い……」


 オレはただ、疲れているだけ。精力を全てあの一撃に込めたせいで、全身から力が抜けていき、自らの体を支える元気が無いだけだ。加えて、先ほどの余韻がまだ体に残っており、燻る快感と心地良い充実感で眠気が襲っているだけ……だ……。もう、戦いは、終わったのだ、休んでも、良いだろう……。


「す、まない……が。オレは……少し、寝る……。後始末は、そっちで……」


 瞼が重い。勝手に下りてくる。意識がぼやける。眠い。


「……ゆっくり休んでください、デルコイノさん。おやすみなさい」


 小さなお手手がオレの頭をなでてくる。その手が気持ちよく、オレの意識はまどろみに溶けて行った――

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