1-2.愛する右手

 ――――……近い……! 杖がびんびんと反応している!


 目的の少女へはもうすぐ辿りつく。もう探知は必要ない。


 テントを張りっぱなしでは走り辛い故、オレは一旦この力を解除して更に速度を上げた。耳には、複数人の男の声が聞こえてくる。


 ――ならばッ!


 地面を大きく踏み込み、速度と勢いを持って前に飛んだオレは、森の木々や茂みを突っ切って道へと飛び出る。


 オレの視界に写るのは、五人の男、その男達に囲まれて腕を掴まれている少女、獣道にも似た人の手が加わっていない道――状況は把握できた。


 あちらの男五人は、ワイルドなファッションをしている……断定は出来ないが、十中八九野党や山賊の類だろう。


 その五人の男が、そして少女もまた、急に飛び出てきたオレへ驚きの表情を向け、視線を注いでくる。


「何だァ? テメェ……」


 いの一番に声を掛けてきたのは、少女の腕を掴んでいるリーダー格らしき――いや、察するにこの場を仕切っているのは彼だ、他の男達とは一味違う雰囲気が、そうだと物語っている。ならば“らしき”など用いず、リーダー格と断定してよいだろう。


 どうやら、あちらはオレを警戒しているようで、優先順位を少女からオレへと変えてくれた。狙い通りだ。


オナ・・――ではなく、名を・・名乗る前に、その少女を放してやってはくれないだろうか」


 まずは平和的解決を望む意志を見せながら、もしものときの為に備えて状況の観察をするとしよう。


 腕を掴まれている少女は、オレと似たような白髪を二つに結んでおり毛先がカールしている髪型、赤い瞳、そしてあどけない顔つきと発達しきっていない体躯からロリ味が溢れている。ペド味は感じない系のロリだ、ロリの中でも成長している方のロリだな。だが、体に纏ったボロ布と頭に生えた小さな巻き角を見るに――悪魔か。


 対して、男達は屈強な体と野蛮な顔をしており、少女の細腕を掴む腕は、筋肉が浮き出ているからこそ余計に力というものの差を如実に現していて、野性味が感じられる体躯と厳つい顔貌は、幼げな少女と対比すればするほどに――


「何ジロジロ見てんだ、ああ゛?」


 ――オレの熱い視線を感じたのか、リーダーは凄みながら鋭い目で睨みつけてくる。


「王子様気取りてぇんなら他を当たれよボケカスが。テメェも見りゃ分かるだろ? コイツは魔族だ、人類の敵だ。人類の敵に人権なんざありゃしねぇ、コイツをどう扱おうが俺達が咎められる筋合いもねぇ」


「一般的には、そうだな」


 悪魔、魔族をどう扱おうと、人の世の法律によって咎められることは無い。


 だが、無法者の姿をし、少女を襲おうとしている彼等から法を説かれる謂れも無い。


 ……彼等の態度からは話し合いで解決しようとする意志が感じ取れないな。オレとしては物事の解決にあまり暴力を用いたくは無い、クールでスマートな男は暴力でモノを語ろうとはしないのだから。


かしらぁ、この男どうしやす? 身包み剥いで奴隷商に売り渡しちまいやすか? ツラも結構良いですし服も上等そうでさぁ、相当な高値で売れる事間違いないですぜ」


「そうなっとよぉ、アイツボコす奴とこの女で遊ぶ奴を分けなきゃいけなくなるよな? 男所帯で久々に女ぁ前にしてんのに、男相手にしてぇ奴は手ぇあげやがれ」


「へへへ、ご無体ってもんですよかしら。こーんな色も知らない純粋な少女を可愛がれるってのに、男にかまけてる暇ないですぜ」


「おいらもパスですぜ、男より女と遊びてぇっすわ」


「……」


 白髪の少女は、男達の言葉、表情、向けられる視線の意味に晒され、青い顔で怯えながらカタカタと震えている。


 青ざめた顔に歯をカチカチとならし、見開かれた目に溜まる涙は、少女の絶望を痛いほど良く表していた。そしてまた、向ける瞳はこちらへ注がれ、“このオレに”対して、絶望の縁に立たされながらも一助を願って縋る姿も、目に映ってしまう。


 この光景はいただけないな。オレは、創作物ならば可愛そうなのでも抜ける、が、一番はイチャラブが好きなのだ。純愛が好きだ、恋人同士の互いを分かり合っている叡智が好きだ。 


 目の前に居る男達が溜まっているからと言って、決して、この少女が望まぬ性の犠牲にならなければいけない義務などありはしない。人の性癖に貴賎は無いし自由で良い、が、自らが持つ性癖には尊さを、誇りを、何より秩序を持たなければ、誰が自らの性を正当化し、認められようか。そして、性癖とは自らの内に抱えるものであって、他人に押し付けるものでは――――ないのだッ!


「――可憐なロリ味少女よ、問う――」


「……ぁ、ぇ……?」


 ――――数多の経験を経て巡り巡って得た答えは、この右手に集約されている。この最愛の右手に誓って、愛の無い交わりを許容することなど決してありえない。


 だが、尋ねなければならないことが一つ、存在している。実は……あの少女がとんでもない嗜虐好きという線もありえなくはない。


「――キミの性癖は、この男達に犯されることを望んでいるか」


「ぇ、え……? あ…………い、や、です…………わ、わたし……っ! ……たすっ、けて……!」


 少女はただただ、この状況から逃れたくて、その思いがオレの問いによって溢れて、心からの嘆きをオレに突き立ててくる。


 ならばその声だけでもう十分だ。この少女がどんな経緯でこんな状況に晒されているのか、そんな事情を抱えているかなんて知らない、どんなワケがあったって良い、なんだってどうだって全てどうでも良い。オレはただ、この、理不尽な性に晒され助けを求める少女の声を聞いたならば――絶対に勃ちあがらなければならない。


 純愛をこよなく愛する者としての矜持を、自分の性癖を突き通す勇ましさを、右手に込めて一人の少女を救うために戦いの姿勢を取る。


 ――両足を軽く開いてから下半身に力を入れ、上半身は少しかがめ、左手はズボンのボタンが何時でも外せるように、右手は己の杖を瞬時に握れるように――。


「へ、へへへ! 見てくださいよリーダー! だっせぇ! なんですかいあの両腕下ろした構え、隙だらけじゃないっすか!」


「ひゃはは! 変な構えしやがって!

 やるってのかいテメェあんちゃんよぉ! こっちは五人も居んだぞ舐めんじゃねぇ!」


「しゃぶれ、とでも?」


「「「「「……」」」」」


 ――両者の間に――緊迫の静寂が訪れる。


 オレの言葉は、どうやら相手に緊張感を与えたらしい。全員が押し黙ってオレにいぶかしげな目を向けてきた。


 その視線は止むことが無く、オレへと向けられたまま彼等はリーダー……かしらと呼ばれている頭目とうもくを筆頭に五人揃えて口を開き始める。


「…………もしかして……だがよ……? あぁ、いや、なんだ…………一緒にこの女で遊ぶか? あんちゃんも見たところ、男一人なんだろ? 溜まってるってんなら……なあ?」


「俺等も男だから折角の女を独り占めしたいって気持ちも分かるっすけど、五対一は流石に無謀ですぜ。しかも、こちとら泣く子も黙るアッセン親分が率いる『血染めの山河さんが』って山賊一味なんでさぁ。かの勇者や、世界に名だたる強豪達じゃねーと、あっし達の相手は務まりませんぜ」


「身包み剥ぐのはやめてやっから、全員で服脱いで裸で楽しもうぜ」


「男の欲は、よーく分かってる。あんたも相当溜まってるのは、重々理解してる」


「ここは男のよしみで仲良くしよう。意味の無い戦いをするよりも、全員で仲良くマワした方が有意義ってもんだろ」


「ひっ……!」


 ――少女が、怯えている――。どうしてか、まるでオレにすら怯えているような目を向けてくる――。


 ダメだ。こいつらとは根本的な価値観が合わない。何時誰がお前等と仲良くすると言ったのだ。


 叡智とは、男も女も、互いに決めた一人とだけ交し合うものだろう? それが純愛であり、それこそが男女の純粋な愛の形だ。


 オレの脳は堕ち、溶かされ、破壊され、様々な陰惨的道筋を辿って、今の脳へと修復したのだ。だというのに、このオレに向かって愛の無い叡智の誘いを……?


 そんなこと、受け入れられる訳がないだろう。


「お前等の誘いこのオレが乗るとでも思っているのか」


「チッ、こっちが気を使って誘ってやったてのによ」


 オレの言葉によって交戦の意思は互いに伝播し合い、山賊達はオレを痛めつけ金に代える気満々とでも言いたげな表情をこちらへ向けて、同時に武器を構え始めた。


 勝手にほざくが良いさ。こちらは、例えお前等からどのような提案をされようともはなから呑む気などなかったのだから。一方的に提案をされ、オレが一方的に断ったとして、お前等が抱いた怒りに正当性など初めから存在しない。


 彼らが手に持つサーベルの刃は、少女にとって恐怖でしかないだろう。そんな恐怖を、腕を掴まれながら近くで見たくはないだろう。非道な者たちから、そして非道な行いから、すぐに助けてやる。


 早いうちに少女を解放してあげよう。心に深い傷を負ってしまう前に。


 オレが戦う分には、男五人を相手にしたところで問題は無い。しかし、現状で一番ネックになっていることがある。それは、山賊達のリーダーが未だに少女の腕を掴み続けていることだ。もしオレが下手な動きを見せれば、人質に取られたり怪我を負わされてしまう可能性がある。


 この戦いにおいてオレ側の勝利条件は少女を助けること。その過程で、一切の傷を、心にも体にもつけないことは、オレにとっての必須条件だ。


 ならば睨み合っている今でも、出来ることはある。しなければならないことがある。


愛する右手デクストラアマータよ。奴等の注意を全てオレに集めるぞ」


 この場においてオレがまずしなければならないことは、山賊達に“侮ってはいけない敵”だと認識させること。


 故にオレは、力を見せ付けるためにズボンのボタンを外す。あちらが武器を構えたなら、こちらも武器を構えなければな。


 ボルン――そんな音が鳴ってしまうほど、オレの硬くて太くて立派な杖が、外気と衆目に晒される。


 ――股間の光る杖、名をマグヌスグロリア。男の栄光を象徴するオレの杖は、輝きを放ちながら屹立して山賊達から凝視される。少女からもびっくりされる。


「ひゃわぁ……っ!」


「……で、でけぇ……!? あと、なんか光ってやがる!? ありゃ魔法か!? あんなバカげた魔法……はァ!?」


「ぶははははは! なにしてんだよあんちゃんバカじゃねぇの!! 一発芸にしちゃ上等なモンじゃねぇか!!」


 ――光りを帯びるコレがオレのエモノ、この股間の杖こそがオレの持つ最大の武器だ。


「テメー……いくら五対一だからって……えぇ……奇行にもほどがあるだろよ……」


「笑いたければ笑っていろ――――真・呪文 <走狼そうろう>」


 戦いの火蓋はこちらから切らせてもらう。


 オレは腕を凪ぐように下ろし、刹那の手つきで股間の光る杖を――速く、鋭く、そして激しく――扱く。


 一瞬、たった一瞬の動きは、オレが手を振り抜いたようにしか見えなかったことだろう。そして、振り抜くと同時に、股間から放たれた力を視認することすら出来なかっただろう。


 放たれた五発の弾丸は、狼が獲物を狙い駆けるが如く標的へと襲い掛かり、瞬きする間も与えずに――


「なニィ!?」


 ――オレの放った弾丸は、野党たちが持つサーベルを、甲高い音と共に奴等の背後へと弾き飛ばす。


 予想外の出来事に見舞われ、混乱と驚愕の表情をオレに向ると共に警戒の姿勢を取り始めた。


 これでようやく、オレは彼等から“獲物”ではなく“敵”と認識された。


 五体一、この状況を有利な状況だと思い込みなぶるだけの獲物だと思っていたオレを、彼らは敵と定めたのだ。だがこれもまたオレの目論見もくろみ通り。これで、山賊達はオレを最大限に警戒せざるを得なくなった。逃げないように少女の腕をずっと掴み続けていたリーダーですら、手を放してオレを注視してくる。


「テメェ……今何しやがった!」


「オレの名はデルコイノ――真童師――だ。あとは、言わなくても分かるだろう?」


 オレは自らの名と共に正体を明かし、構えに力を込める。と、当時に、野党たちは視線をオレの手に注いで身を硬くした。


 オレも真童師を名乗って長い、そろそろ世間に浸透している頃だろう。


「魔導師……だとッ!? あの魔導師だってのか!」


「そうだ、あの真童師だ」


 ――――やはり――――ちゃんと通じた――――なっ。


「テメー魔導師だってのに山賊相手に魔法で不意打ちとか卑怯だぞ!! 恥を知れ恥を、魔導師としてのプライドないのかよ!!」


「真童師のプライドとは、愛する者に出会うまで童貞で在り続けることだ。そして今のは魔法ではない、真――」


「いやちげぇ……魔法じゃねぇぞ騙されんなバカ共! 魔法陣どころか反応光さえ見えなかったんだぞ! 魔法なワケねぇだろ!」


 オレの言葉が大声で掻き消されてしまった。まぁ、良いか。


 ふむ、どうやらリーダーは戦いに慣れているらしい。焦っている割りには冷静な分析をしている。


 魔法とは、発動の際に魔法陣を宙に描く。その際魔法陣には反応光と呼ばれる、魔力を流すことによって起こる発光現象が起こるのだ。その二つを持って戦場では魔導師の位置を特定したり、魔法の発動タイミングを予測することが可能となる。


 オレの力にそれは発生しない、そのことをリーダーだけはしっかりと見抜いているようだ。まるで、戦い慣れている歴戦の戦士の如く。


「投石……いや、指弾の類だな。魔導師ってのはハッタリだぜ。あの変な構えや奇行は俺達を油断させる為のブラフだ、本命は手の内に隠してる小石かなんかを跳ばして――ははっ!! 結局絡め手を使わなきゃ俺達に勝てねぇ雑魚ってことだ。魔導師なら杖を持ってるはずだろうが、奴は持ってねぇ。なんならエモノと呼べるモノすら見当たらねぇ」


「なるほど!! なるほど……? ……あまりにも無防備すぎませんかい? 剣どころかナイフすら見当たらないんすけど? 見たところ戦士や武等家ってガッチガチな体つきナリもしてねぇですし、女の声聞いて無策に突貫してきたバカとブツ丸出しのドヘンタイってしか思えませんぜ」


 奴等はオレを分析すればするほど、警戒に値しない相手と思い始めている。コレは少々不味いな。


 怖い思いをした少女を前に血が流れる光景など見せることはしたくなかったが、そんなことは言ってられない。


 オレは再度刹那で扱き、五発の弾丸を放出する――今度は、人体を狙って。命は狙わん、体だけだ。


「「「「グアァァァッ!!」」」」


 オレの力は手下四人の肩を撃ち抜き、痛みの声と共に地面へと横たわらせた。


 リーダーは辛うじて回避をし、被弾を免れたようだが。何が起こっているのかが理解できては居ない様子。手下がやられたことに気を取られている、完全に注意が少女から逸れている。


「ロリ味の少女よ! 今がチャンスだ、早くこちらへ!」


「ひっ……!」


「どうした! 恐怖で動けないのか!」


 なんということだ、少女は恐怖であの場から動けないようだ。怯えきった様子でこちらへと視線を向け、尻餅をつきながらぷるぷると震えている。


 ならば――オレが直接出向いて、手を取ってあげなければ――。


 そう思い、一歩踏み出した瞬間……少女は体をビクっと驚かせ、オレから距離を取るように体を少しだけ擦って引いた。


「この力が……恐ろしいのか?」


「……おとーさん、おかーさん……たすけてぇ……」


「テ、テメェ! さっきから変な戦い方しやがって何なんだよ! お前達もお前達だ、こんなバカとブツ丸出しの相手に膝付くとか『血染めの山河さんが』始まって以来の大恥だぞ!

 な、なんなんだよお前、マジで魔導師なのか!? ツラ以外賢さの欠片もない姿晒してるくせに!?」


「ふむ……。丁度良い、少女の恐怖を取り去るためにも説明してやろう。この力は真・呪文スペルマと、オレが名づけた力だ。杖を使い、様々な詠唱することによって力を放出する――まぁ、実質魔法のようなものだ」


「どこがだボケ!? 色々言いたいこと渋滞してっけどよぉ、詠唱してねーじゃねぇかよ!!」


「してるだろう?」


「は?」


「下の口でパクパクとな」


「……く、狂ってやがる……」


 オレは前進をしながら、そして山賊達を圧しながら、慎重に少女へと近づいていく――。歩みを進めるごとに、頭目はサーベルを構えながら後退し、手下達も地面を擦ってじりじりと下がっていく――少女もだと? 何故だ? 彼女もオレに視線を向けて下がっているではないか。


 きっと、恐らくだが……男が怖いのだろう。それもそうだ、先ほどまで、五人の男に囲まれ酷いコトをされそうになっていた少女が、そう簡単に見ず知らずの男を信頼することなどできないだろう。


 ならば、少女へ能動的な行動は求めてはいけない。この場の全てをオレが解決した後に、落ち着いた場でゆっくりと

言葉を交し合おう。


 そのためにも、この戦いはすぐさま終わらせる。オレの全力を持って一秒でも早く片付ける。


 グロリアスマグナの輝きは、まだ全力ではない。全力を出すためにもっと、もっと輝かせて――


「くっ……!? なんだと!?」


「今度はなんだよ!?」


 し、しまった……! ここ連日、この美しい森に興奮しすぎて扱きに扱きまくった弊害が……! そして今朝にハッスルしすぎたことが仇となった――!! ま、まさかこんな状況で十全に屹立きつりつしないとは……!! 逆に柔らかくなり始めている、まるで義務感で勃たたせようとすればするほど萎んでしまう男の失敗事情のように――!!


 硬さと輝きが徐々に失われていく。これでは力の篭ったの一撃が繰り出せないではないか……!


「お、おお? よくわかんねぇけどチャンスなのか……? へ、へへ。山賊の感がささやくぜェ……どうやらテメェ、“ソレの勃ち”が力の源みてぇだな。アンだけ元気だったってのにしょぼくれちまってよ……ここで切り落としてやるわァ!」


「くッ! 少女よ、力を――」


「させねぇ!」


 頭目は機を逃さず、オレへ躊躇うことなく切りかかってくる。


 こちらも回避すべく背後に軽く飛び退き残撃を避け、体制を立て直して眼前に目を向ける。と、リーダーが少女を背後に隠しながらオレの前に立っていた。


「女が見れなきゃぁよぉ? テメの、ぷふ……ッ! “杖”だったか? も、元気にならねぇよなぁ? 使えねぇなぁ? ここでちょん切ってやっから、俺達に楯突いたことを後悔しながら死にやがれ」


「女が、だと? このオレが女だけにしか興奮しない男だとでも思っているのか?」


「……は?」


「――オレはこの戦いにおいて、何で見抜きをしていたと思う?」


「…………ま、まさか……」


「――お・ま・え・だ」


「ひッ……!?」


 ここ数日で扱きすぎた今、全力を出すことは出来ない。現状のポテンシャルは良(りょう)でもなければ最上のオカズも無いからな。しかし、牽制技の走狼そうろうならばいつでも発射が可能だ。他の真・呪文スペルマに比べて消費が軽く、力を込めて発射す必要も無い。質より量の攻撃ならば何時でも放てる。


 オレが目の前の男に目を向けると、少しずつ、下がっていた頭が上がり始める。今すぐ十全には勃たないだろう、だが、半分でも勃てば狼は牙を研ぎ澄ます。


 リーダーの叡智な体に視線を注ぎ、妄想し、反撃ののろしのように段々と上がり始めるオレの杖は、角度を上げるごとにリーダーの足を下がらせる。


 恐ろしいのだろう。ニ度、走狼の威力と速さは目の当たりにしたはずだ。先は距離があったが、今度は至近距離。避けられるならば避けてみろ、回避した瞬間に二十発の弾丸がお前を襲うことになるぞ。


 オレが一歩踏み出すごとに、相手は一歩下がる。距離を取る気か? そんなことさせない。距離を開けるならそれ以上に縮めよう、お前がサーベルを降り抜くならばそれよりも早くオレが抜こう。オレは――男でも――――お前でも――――――――抜ける。


 オレの熱い眼光が

、今

 リーダーの震える視線と交差して――。


「ひ……ひィ……ひいいいいいいいいいいいいいい!!」


 ――……風よりも速く、手下達を引き摺って逃げてしまった。


 ふむ、思ったよりも拍子抜けな終幕だな。……なんて、思ってしまうのは、この場に残された少女に失礼な感想だ。怯えている少女としては、どんな結末であっても恐怖がこの場から消え去ってくれればそれで良いはずだ。そして、その結末は一秒でも早く訪れて欲しかったことだろう。ならば、拍子抜けであっても何であっても、少女が恐怖から解放されたという結果が何よりも大切なことなのだ。


 死など無く、余計な血も流れず、無駄な戦いも起こらず、野党たちを退けた。怖い思いをした少女にとって、更に余計な恐怖を与えない最善の幕引きとも言えよう。


 助けた少女を目に焼き付けておきたい、そして後々思い返して今後の糧にしたい。そう思い、オレは少女に目を向けると――。


 恐怖が未だに抜け切らないのか、腰が抜けたような様子でカタカタ震えながらオレに視線を向けていた。


 ふむ。ここは一つ、安心させるような言葉でも掛けてあげなければな。クールでモテる男はピロートークもおざなりにはしないのだから。


 オレは少女へと近づき、眼前に立つ――と――怯えた様相を呈しながら、赤い瞳を上目に遣いオレを見上げてくる。


「あぅ……あぅ……!!」


「怖かっただろう。だが、もう大丈夫だ――むッ」


 戦いの余韻が未だに残っている杖は、少女の儚げな可愛らしさによって臨戦態勢へと変貌してしまった。だが、オレは紳士だ、下劣な思想も行為も好まない男だ。だからこそ、コレはしまわなければならない。


 少々光りを失い、淡い光りを灯している杖。ソレを右手でそっと優しく包み込み、パンツの中へと感謝しながら押し込め、自らに冷静さを自己付与し治めながら、少女へと右手を差し出す。


「立てるかな?」


 少女は何かを言いたげな顔になりながら、オレの右手を見てくる。


「ああ。左効きだったか?」


 利き手は大事だからな。オレは手を入れ替えて、再度少女へと手を差し出す。


 だが、それでも、少女に手を取っては貰えない。ロリ味少女は、カールした二つ結びの白髪を揺らすことなく、あどけない顔に浮かんでいるお目目をしどろもどろに動かしながら、ボロ布の服を抑えて身を抱え、まるで困惑と恐怖を同時にしているような様子でオレを見上げてくる。


「あ、なた……も……わたし……を……」


 あんな怖い思いをしたのだ。その後に現れた男を、そう簡単に信用することなどできないだろう。これほどまでに警戒されるのも当然だ。


「安心してくれ、オレは純愛イチャラブが大好きな男だ。オレの初めてはたった一人の愛する女性と結婚したのち初夜で奉げていると決めている、そして愛する人を見つけるまでは右手が恋人だ。浮気などせず、ましてや女性に酷いことなど絶対にしない」


「……え、えぇと……?」


「つまり、キミとゆっくりお話がしたい、ということだ」


 オレはしゃがみ込み、目線を合わせて少女へ優しく語り掛ける。


「……えと、なるほど、です……?」


「だが、すまない。この場に留まっては奴等が戻ってくる危険性がある。

 背中に乗るが良い」


 オレの完璧な論法は、少女の恐怖を取り除くに至ったようだ。オレがしゃがんで背中を差し出すと、少女は控えめな手つきでオレの肩に手を乗せて、体を預けてくる。


 ふむ――――ロリであっても体は“女”だ――――やわらかぃ……。


 背中に当たる小さなお胸が、なだらかなお腹が、手で支える太ももが、首に回る腕が、全て柔らかい。オレが少女を背負いながら立ち上がると同時に、治めていた杖も立ち上がってしまったではないか。愛棒よ、連動しなくても良いのだぞ?


 多少は前傾姿勢になりながらも、オレは場所を移す為に森の獣道を歩き始める。無言で歩くというのもなんだ、ここは楽しくお話でもしよう。


「先ほども名乗ったが、オレの名はデルコイノだ。良ければキミの名を聞かせてはくれないだろうか」


「わたし……プニマって、いいます……」


「プニマ……なんて可愛いらしい名前なんだ……。年齢を教えてくれるかな」


「じゅ、十四歳、です……」


「身長は?」


「百、四十三……」


「体重とスリーサ――」


「あ、あの……!」


「ふむ?」


 少しばかりの質問をしていたところ、プニマが意を決したような声でオレへと声を掛けてきた。


「た、たすけて……? あ、いえ、助けてくれて、ありがとうございます……。で、も、その……私、魔族で、あなた、人間で……、ど、どーして……」


 どーして、か。その問いの答えはたった一つしかない、オレにとってはこの理由以外存在しない。


「キミの助けてという声が聞こえたからな」


「……そ、それだけ……で……? ま、魔族と、人間、戦争してるんですよ……? 魔王軍、いっぱい、ヒト、殺して……」


「プニマが助けを求めた、オレが助けたかった。

 人や悪魔など関係ない、オレはキミを、助けたかった」


「…………ありがとう、ございます……」


 ふむ、どうやらオレの天才的な、もはや賢者とも呼べる論法でプニマは理論的に納得してくれたのだろう。背中へと体を凭れさせ、顔をオレの肩に押し付けてくれる。きっとそれが、彼女から信頼されたという何よりの証拠だ。


 …………だったら結婚するしかないのか?


「クッ!?」


 だが、そう思った瞬間にオレの右手がひとりでに動き、嫉妬を表すように頬を抓ってきた。


「ぁわっ……!」


「す、すまないプニマ……」


 オレが急に手を離したことによって、プニマの右足が地に落ちそうになってしまった。


 だがしかし、プニマは反射的にオレの腰部で足を絡めてホールドし、内腿に力を入れることで落ちることを防いでいた。彼女は素足だ、急に地面に落ちてしまえば怪我を負ってしまう可能性だってある。大事に至らなくて本当に良かった……。あとこの、足で腰をぎゅっとされるのはとっても叡智だ。


「ど、どうしたんですかデルコイノさん? 大丈夫ですか?」


「問題は無い。オレの右手……愛する右デクストラアマータは、少々嫉妬深くてな。少しでも横恋慕を感じるとすぐ暴力を振るってくるんだ。はっはっは、可愛い奴め。ほら、今はプニマをしっかりと支えてあげような」


「えぇ……お話してます……。あっ。も、もしかして、右手に何かが取り憑いていたり、不思議な力が宿っているとか……ですか?」


 プニマが言った類のモノ。


 前者は呪いの作用や、ゴースト系の魔物、時には怨念が人体に取り憑くことで起こる現象の事を指す。


 後者は人の思いや伝承が力となったり、精霊から体や武具に加護を頂いたり……こちらの最たる例は、勇者が持つといわれている聖剣だろう。だが、オレにそんな特別な力などない。


「違う。オレは何者にも汚されていない清い体を持ったただの一般人だ」


「え、えぇ……」


 困惑する声が聞こえてきた。


 どんな表情をしているのかが確かめたくなり、肩へと顔を向け視線を落とすと……プニマの幼くて可憐な顔が、困惑に満ち溢れているじゃないか。一連の会話の中でそこまで理解できないことがあったのだろうか……いや、子供が理解するには難しすぎる話であったのだろう。


 ああ、だが、視線が合った途端に顔を赤らめながら肩に顔をうずめられた。


 ――――――――かわいい。


 ついでだ。このまま鼻を近づけて頭皮の匂いも嗅がせて貰おうではないか。


 オレは静かに、そっと、可憐な花を嗅ぐように、敬意をひょうしながら深く深く息を吸い込む――――と。


「……叡智だぁ……」


 汗臭さと土が交わる香りがした。可憐で幼い少女からこのような香りがするなど、叡智でしかない。だというのに、どこか甘い香りがかすかに鼻腔をくすぐるのが、更に叡智だ。くさいが、このくささは一生嗅いで居たい。臭さにも種類があるが、これは叡智な臭さだ、臭いのが良い臭さだ。


「ぇわ……!? い、いま、匂い、かぎました……!?」


「ああ……もちろん……」


 眉を潜めながら天を仰ぐオレの耳には、プニマの焦ったような声が入って鼓膜を揺らしてくる……。ああ、これだけで六年はイける……。


「ま――」


「だが安心してくれ。オレは気を使えない男ではない。今は川を目指して歩いている、そこでしっかりと身を清めるが良い。

 ……だが、清める前にもう一度だけ嗅がせてはくれないか?」


「――……。気、使えてます……か……?」


「何を言っている? 使えてるだろう」


 少し不満げなプニマの声を聞きながら、オレは土痴漢とちかんを頼りに川へと歩みを向けたのだった。

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