1-3.むっ

 森の中を穏やかに流れる渓流。オレは石の足場にブーツを下ろしながら川へと近づき、プニマを背負ったまましゃがみ込む。


 川の水は驚くほどに透明で、手を入れてみれば水の冷たさにさえ透明感を覚えてしまえるほど、綺麗な川だ。


「綺麗な足を切らないよう、気をつけろ」


「は、はい」


 オレは背負っていたプニマをこの場へ静かに下ろし、水浴びをする準備を整え始める。


 プニマは今すぐにでも水へと入って体を綺麗にしようとするが――。


「待て。諸々もろもろ準備する」


 綺麗になりたい女の子には、できる限り協力させて欲しい。


 プニマの汚れは水だけで落ちるほど軽いモノではなく、そして折角体を綺麗にしても汚れたボロ布を纏っては意味が無い。ゆえにオレは、ローブの裏ポケットから必要な物品を取り出す。


「まずは石鹸、ハンドタオル」


「せっけん……! あ、ありがとうございます……!」


 プニマはその二つを受け取ると、抱き締めるようにしながら喜びを露にした。フッ、可愛らしい反応だな、もっと色々と渡したくなってしまうではないか。


「バスタオルも必要だな。あとは……くっ、すまない……一人で旅をしていたものだから女性の洗体に必要なモノを禄に持ち合わせていない……ッ!!」


「い、いえ……! 石鹸とタオルがあるだけでも、はい……。

 デルコイノさんのローブは凄いですね……魔法のバックみたいに色々なものが出てきます……」


「魔法などではない。隠したいモノを隠していたら収納が得意になっただけだ。ほら、桶だ」


「ありがとうござ……。え? これもローブに……? 桶ですよ?」


「桶だが?」


「あ、いえ……。……ありが、とう。ございます?」


「良い、気にするな。着替えはこちらで用意しておく。先に体を洗ってくるが良い」


「……すっごくきになります……」


 何故かプニマからは不思議そうな目を向けられるが、このまま問答していては彼女が裸になれない。オレは節度ある男だからな、彼女が何を言うまいと率先してこの場を離れ、川の側にある岩へと移動し座る。岩の裏が川だ、オレがここに居るのならばプニマも安心して脱いで、心置きなく体を洗えることだろう。


 ふむ……折角体を洗って綺麗にするのだから、服も綺麗な物を渡したいな。ちょうど持ち合わせている女性用の衣服がある、その中から選別させて貰おうではないか。将来嫁とイチャラブするとき用に女性用の服と下着を買っておいて正解だった。


 ……だが、プニマの小さな体躯に合いそうな服が無いな……切って改造でもするか……メイド服……ボンテージ、エプロン……ベビードール…………ラバースーツもアリか。


「で、デルコイノさん……あの、その、の、のぞかないで、くださいね……!」


「覗くはずがないだろう。“寧ろ”ということもある。はてさてなんの服が良いか……」


「む、むしろ……?」


 オレは、『背にしている岩の向こう側には少女が裸になって体を洗っておりその音だけが静かに耳に入ってくる』というシチュエーションに興奮などしない。断じて、聞き耳を立ててなど居ない。


 真剣に、プニマへ着せる服を選ばなければならないのだ。彼女を彩る可愛さを、届けなければならない。


「…………。あ、あの。デルコイノさん……」


「どうした」


 オレが様々な服を市のように並べて真剣に悩んでいると、岩の向こうから名を呼ばれた。


「わたし、の、コト……何も聞かないんですか……?」


「話したければ話せ、話したくないのならば話さなくて良い。オレは無理矢理が嫌いなのでな。……しかし、オレから聞いてやろう、だからプニマはオレに聞かれたから仕方なく存分に話すが良い。溜め込むのは……辛いからな……」


「……デルコイノさん……」


 溜め込む辛さはオレも分かる。そして、吐き出す瞬間が気持ちいコトも知ってる。


「プニマ。キミの話を聞かせてくれ」


「……はい。

 あの。わたし、魔族ですけど、でも、半分、だけなんです……。おとーさんは人間で、おかーさんがサキュバスで――」


 む゛ッ。



 む゛ッ。



 プニマはあんな可憐で清楚味溢れる美少女だというのに、ハーフサキュバスなのか……――――




「――わたし達、魔族ってことを隠して三人で人間の町に住んでたんです……。でも、おとーさんが戦争で居なくなって、おかーさん、おとーさんからのご飯? 無くなっちゃったって……でも、わたしと一緒にご飯食べてたのに……。おかーさんだけ痩せちゃって……」


 ――声が、段々と潤んできている。プニマの声が、語りが、悲しさを孕んでオレの鼓膜を静かに揺らしてくる。


「…………おとーさんがね、死んじゃったってお手紙が来たの。おかーさんね、わたしを抱き締めながら『ちゃんと、おかーさんも頑張るから』って、言ってくれたの。…………でも、おかーさん捕まっちゃった、わたしも捕まっちゃった、おかーさん牢屋の中で死んじゃった。半分だけのわたしは、売られちゃった。お金持ちのヒトに買われて、運ばれてたの。そしたらさっきの人たちに捕まっちゃった。

 なんで……? わたし、なにもわるいことしてないよ……! なんで何もしてないのにおとーさんもおかーさんも死んじゃうの! いやだよ!! おとぉさん!! おかぁさん!!」


 ……話しが語りに代わり、そして慟哭へと変わって言った。彼女なりに精一杯オレへ話そうとして抑えてた感情が、話してしまったから爆発したような泣き声が聞こえてくる。ずっとずっと、溜め込んでいたのだろう。一人でずっと我慢し続けていた彼女は、誰かに泣き言を聞いて欲しかったんだろう。


 彼女は、プニマは、両親に先立たれて一人ぼっちになってしまった。家族を失った、一人きりの孤独な少女になってしまった。――――一人ぼっちの寂しさは、痛いほど良く知っている。


 服を広げて選んでる場合ではないだろう。今は彼女の涙を止めることを何より優先しなければ――一人ぼっちの少年が掛けて欲しかった言葉を、オレが彼女に掛けてあげなければ!!


 オレはすぐ、岩に手を付いて飛び越し、ブーツが濡れることも厭わずに彼女の泣き声へと近づく。


「ど、どこだプニマ!!」


 だが……裸を見ないように目を瞑っているせいで正確な位置が分からない……! 泣き声が大きく反響して方向が不明だ! オレのダウチングの制限は、抜けるか抜けないか、だ。現状では探してたくても勝手に萎んでしまい行くべき道を指し示してくれない。悲嘆に暮れて泣いて居る女の子を前にしては抜けないのだ……! 


 瞼の暗闇に覆われた視界の中で手を右に左に動かしながらざぶざぶと水を蹴ってプニマを探すが、何処に要るかが分からない。だが、オレが見て良いモノではない、婚前に異性へ裸は晒して良いモノではないッ――!!


「キミ、キミは一人じゃない!! 心はまだ孤独だろう!! だが、一人で泣く必要なんて無いんだ!! ここにはオレが居る!! キミが寂しくて泣くのならオレが抱き締めてやる!! キミが悲しくて泣くのならオレが笑わせてやる!! キミが泣きたいなら、オレの側で泣いてくれ!! 一人ぼっちで泣かないでくれ!!!!」


 クソッ! プニマが何処に居るのかわからない。この言葉が、声が、彼女には届いたのだろうか。


 そして、悲しいかな。目を瞑っていたオレは、プニマを探すことと言葉を届けることに夢中になり、川底の石に足を滑らせ転んでしまった。格好が付かない、だが、コレで良いんだ。キミの前でカッコ良く居てくれる男は、運命の相手一人であるべきだ。オレでなくても良いんだ。


 カッコ良くなくても、情けなくても、オレは彼女の側に居てあげたい。ただ、泣いている涙が止まるその時まで。


 水に顔をつけても、もがいても、足掻いても、瞼を開けることはしない。それでも絶対に、プニマが泣いているなら抱き締めてやる――


「デルコイノさん!」


 ようやく水から這い出て膝立ちになった瞬間に、体に軽い何かがぶつかって衝撃を生んだ。細く、柔く、暖かい何かが、オレの体に抱きついて離れない。


 それが何かなんて、考えなくても分かる。抱き締め返せば、あちらも強く抱き締め返してくる。胸に埋めた顔から大きな泣き声と、理不尽な生い立ちへの慟哭が上がってオレの体の中へと響いてくる。


 ああ、きっと、彼女はずっとこうして泣きたかったのだろう。誰かの胸の内で、子供のように泣きじゃくって、安心しながら目一杯泣きたかったんだ。オレには彼女が晒された環境はしらない、それでも、心休まることなくたった一人で静かに泣くことしか出来なかったんだということは分かる。


 彼女がもっと泣いてしまえるように、頭に手を添えて胸に押し付けると、それ以上にプニマは顔を押し付けて来た。


「大丈夫、何処へも行かないさ。キミが泣き止むまでは、ずっとこのままで」


 何分だろうが、何時間だろうが、オレは付き合える。


 だから、オレはプニマが泣き止むまでただひたすらに抱き締め続けた――


 * * *


 プニマが泣き止むまでどれくらいの時間を要したのだろうか。泣いている女の子を前に時間を気にするなど、そんな無粋なことはしない。


 泣き止んだ彼女は、やはり体を綺麗にしたかったのだろう。『もう……大丈夫です』と声を掛けてきて、それを合図と察したオレはプニマを背に、目を開いて元の岩場へと戻った。


 だが……オレは眼前の光景に絶望する。


「……なんてこった」


 ……先ほどまで広げていた数々の服や下着が無い。


 風に飛ばされた――獣に持っていかれた――失くなる理由なんて幾つも考えられる。しかし、無くなったという現実は理由よりも先行して眼前に突きつけられたのだ。


「……なんてこった……」


 旅人として、各地を転々とする中一生懸命集めていた服達が……。将来の愛する人へドスケベ衣装を着せる妄想をして日夜研鑽に励んでいたというのに……。


「今残っているのは――」


 せめてもの希望を手繰り寄せようと、ローブの内側に手を入れて取り出したのは……フリルがあしらわれた白い服と、淡い緑のフレアスカート、革靴。あとはリボンとヒモとすけすけの布で構成されたドスケベな下着しかないではないか。


 ……コレしかないなら仕方がない。プニマにはとりあえずこの服と下着を渡そう。ロリ味溢れる少女へドスケベな下着を渡すのは気が引けるがコレしかないのならば仕方がないというモノだ。


 ……だが……オレの集めた服……。


「デルコイノさーん」


 オレが膝を抱えながら服を広げて待っていると、プニマが岩の裏から声を掛けてきた。


「服を用意した。オレは目を瞑るからゆっくり着替ると良い。…………はぁ……」


 膝を抱えたまま頭を落として目を瞑る。と、同時にシタシタと足音がしてオレの側まで寄って来た。


 集めた服が……。将来オレのお嫁ちゃまが着てくれるはずだったドスケベな服達が……。


 閉じた瞼の裏に広がる暗闇は、まるでオレの心を表しているようだ。思考が暗闇に溶けて意識が沈んでいく――……いや、考え直そう、この暗闇から脱しよう――


「およーふくかわいぃ……!? し、したぎ、え!?」


 オレがあの時優先すべきだったのは服か? それともプニマか? どれだけ服が大事だとしても、それよりももっと大切にしなければならない事があったのならば――プニマの涙を止めたかったのならば――


「は、はわぁ……え、えっちです……すけすけ……みえちゃいそぅ……」


 ――何を後悔することがあろうか。服を失ったのはオレが放置してしまったからだ、だが、放置してでもプニマの側に早く参じたかった。


「…………はやくおよーふくきよ……はずかしぃ……」


 あの服達には申し訳ないことをしてしまったが、流れ着いた先で大切に着られることを願おう。もしかしたら、この森に住む動物や魔物達が身に着けて叡智な生態系を形成する可能性だってあるのだ。そんな……性態系が出来上がってしまうのならば、オレの有していた衣装を失ったことに後悔する理由が無いではないか。


 ああ、ドスケベな衣装達よ、この森で永久とわの叡智となれ……。


「で、デルコイノさん……お洋服、着ました……!」


「む」


 オレが暗闇から脱し、立ち直った瞬間にプニマから声を掛けられた。


「ほぉ……」


 その声に応えて、膝を抱えたまま顔を上げると、そこには――


 少し癖のある白髪を下ろした可憐なプニマにフリルというのが良く似合い淡い色合いのフレアスカートはまるで彼女の儚さを表現しているようだが何より幼く可憐な顔に少しの朱を浮かべ目を伏せながらスカートの裾を押さえてモジモジとしながら立っている姿が目に映ったまるで湖畔に佇む精霊が夕日に淡く照らされているような透明感と朱を同時に有している少女はロリだからこその幼さとロリであるにも拘らず大人の恥じらいを持ち合わせているがコレは彼女がペドに近しいロリではなく大人へと近づいているロリだからこそ映えるモノでありしかしその純真な姿に悪魔の角が写っている故のアンバランスなバランスを生んで結局全てを評するとしたら――叡智だ。


 だが、長々とした感想を告げるよりも、短い言葉にまとめてプニマへと伝えるとしよう。短く簡潔に、それがモテる男の話し方だ。


「よく似合ってるではないか」


「そ、そうですか……!」


 オレの言葉に対して、プニマは少しの朱を残しながらもぱぁっと明るい表情を向けてくる。


「ああ。髪を結んでいたプニマも可愛いが、肩口まで下ろしているプニマも可愛い。少し癖のある白髪を下ろした可憐なプニマにフリルというのが良く似合い淡い色合いのフレアスカートはまるで彼女の儚さを表現しているようだが――おっと、すまない。上の口は正直でな」


「そ、そんなに褒められると……え、えへへ……。…………上の口? あっ、したのくち……えっちなコト、ダメ……です……!」


 プニマはぷくっと頬を膨らませながら腕で×印を作ってきた。


 ふむ、どうやら純真無垢ではあるが知識はあるらしい。流石はサキュバスとのハーフといったところか。子供でありながらオレのウィットに飛んだイケてる会話についてこれるとはな。


 ……む? だが、おかしくないか。


「……プニマよ、キミはサキュバスが食事として摂取しているものは知っているのか」


「え、っと……? わたし、ご飯食べます、よ……? お母さんも同じ物食べてました、よ……?」


「サキュバスとしての知識や常識は」


「そ、れは……おかーさんと、二人のトキ、おとーさんに内緒で、す、少しだけ……。少しだけ、です、けど……」


 プニマは恥ずかしそうに指先を合わせながら、目線を外してオレの問いに答える。


 なるほどな。どうやらサキュバスとしての知は母親から受け継いだのだろう。が、しかし、ハーフの娘に必要ない生態は教えなかったようだ。


 おもんばかれる事はある。娘が人の世でもサキュバスの世でもどちらでも生きていけるように、母親は娘へと知識を授けたのだろう。自分の食事事情を教えなかったのは――いや、将来的には教えようとはしたはずだ。その将来に、たどり着くことが出来なかっただけで……。


 プニマの母親は、きっと、父親を大切に思い、多数の男と交わる種族性を捨ててまで寄り添っていたはずだ、最期まで共に居たかったはずだ。なんたる清さか、何たる純愛か……! 


 オレはプニマから話を聞いたときからずっと思っていることがある。だが、そのような考えはオレ一人で実行することなど出来ない壮大な思いだとも、思っている。


 オレは魔王軍が憎い、同時に人間も憎い。心の底から憎しみが溢れるほどに、両者が憎い。純愛を切り裂いたゴミ共め……プニマの父親を殺した魔王軍と、母親を殺しプニマを売った人間共めぇ……!


 ……だが、憎しみの果てがどれだけ虚しいことか、それはあの時理解したはずだろう。憎しみ、それは純愛からもっとも遠い感情だ。純愛とは互いを理解し合う双方向性の愛、憎み合うのではなく理解し合うことこそ、互いの間に愛が生まれるのだ――――。


「はぅ……!」


 ふと、小さなお腹の音が聞こえてきた。


 その音はオレに冷静さを齎すと同時に、可愛らしさに平静が吹き飛びそうになる。見れば、プニマがお腹を押さえて慎ましやかに恥じらいを見せていた。ああ、何たる可愛さか。


「ふむ、腹が減ったのか。ならば……簡単だが食事を用意しよう。火をおこすので少し待てあとついでだがキミが脱いだあのボロ布の服はこちらで回収しておくので渡してもらおう」


「あ、はい……何から何まで……ありがとうございます……」


「礼とでも思ってくれればいい」


「はい。……はい……? お礼……?」


 オレはプニマからボロ布の服を受け取り、事故のせいで空きが大量に生まれたローブの裏へ大切に大切にしまいこむと、腹を減らしている少女の為に素早く全ての準備をし始める。


「あ、わたしもお手伝いします……!」


 プニマの進言もあり、二人で手ごろな木の枝を森から拾ってきて、焚き火の用意はこれにて終わりだ。


「火はどうするんですか……? あ、もしかして、木をあわせてぐりぐりーって……?」


「時間があればそれでも良いが、今はプニマの腹を満たすほうが先決だ。故に、こうする」


 オレは最短で火を点ける方法を会得している。


「擦(こす)り上げろ、愛する右手デクストラアマータ


 木の棒を左手に持ち、愛する右手デクストラアマータが残像を残すほど高速で扱くことによって一秒も掛からずに木の枝は松明のように燃え盛った。


「……わ……!」


 一瞬で持ち手以外が燃えた枝を見て、プニマは手品師を見る子供の如くキラキラした目を向けてくる。


「デルコイノさん、今のどうやったんですか!?」


「ふむ。オレはただ、ちんちんを扱くように木を扱いただけだが?」


「……ひぇぇ……えっちなの、ダメ、です……!」


 恥じらいの表情と共に、今度は指で×をされた。


「あ、あと……! 枝、その、ごしごししたら手にトゲ刺さっちゃいます、危ないです!」


 オレはプニマからの忠告を、焚き火に薪をくべながら聞く。が――


「心配は要らない。オレの愛する右手デクストラアマータはナニモノも包み込むように柔らかく、だが、何者にも傷つけられないほど硬いのだ。まるで、純愛のようにな」


 ――愛を示すように右手の甲へ優しいキスをしながら、オレはキメ顔でプニマへと告げる。


「……は、はぁ……? ……デルコイノさんは、魔導師、で、あってるんですよね?」


「そうだ、真童師だ」


「でしたら、魔法で右手や、その、あれ……を、強化して、様々なことに用いてるんですか?」


「近からずも遠からず、と言った所か。オレの場合は魔力を用いない魔法に似た力を扱っているのだ。魔力を扱っていないのだ、スキルでもないぞ」


 この世には、多くの人々に用いられている力が二つある。それが、魔法とスキルだ。


 簡単に大分するのなら、魔法は頭を使い習得する体系化された力、スキルは体を用いて習得する体育会系化された力だ。術と技だがどちらも魔力を使って発動する共通点が存在する。


「なるほど……! なるほど……? わたし、あんまり詳しくはないですけど、それって魔法やスキルといった次元の力ではなくないですか……? 加護に近いような……」


「違う。言っただろう、オレは魔力を用いない魔法に似た力を扱っている、と。擬似的ではあるが魔法を再現しているのだ。

 魔力の源、マナとは自然界の何処にでも溢れている力だ。それを動物や植物は体内でも生成し、体外的にも摂取し、自らの魔力へと変換をして生命や力の糧としている。食料を食べて血を作るように、動物はマナを摂取して魔力を作り出しているのだ」


「はい」


 オレはニンジンをまな板で切りながら説明をし、切ったニンジンをプニマに取ってもらって水を張った鍋に入れてもらいながら説明を続ける。


「マナや魔力はまとめて『精』と表現することも多くてな。実際に、『精』が付く食べ物、『精』神力、『精』霊など、マナや魔力と関わりの有るものには良く用いられる言葉でもある――っと、コレは本題から少し逸れた話になるな。

 話を戻そう。人や動物はその生成した魔力を用いることによって、身体能力を向上させたり魔法やスキルといった現象的な力を扱うことが出来る。しかしオレのこの力、真・呪文スペルマは魔力を用いてはいない。オレが使う力は全て、健全な肉体を磨き続けた末に会得した純粋な身体機能なのだ」


「なるほど、です…………純粋な身体機能……」


 オレはジャガイモをまな板で切りながら説明をし、切ったジャガイモをプニマに取ってもらって鍋に入れてもらいながら説明を続ける。


「すまない、話が長くなったな。モテない男の論法だ。最終的な結論を言うと、オレは魔法に似た力を使っている、ということだ」


「結論……はやぃ……。も、もっと説明してくださぃ……」


 オレとプニマは干し肉をちぎちぎして二人で鍋に入れながら会話をする、が。


「どこが分からないというのだ?」


「ぜんぶです……」


「ふむ……。長々と説明する男はモテないと聞いたからな、なるべく簡潔に済ませたいが……。そうだな……。

 杖を使う、精も使う、詠唱もしている。意識的に似せたわけでもないというのにここまで共通項が多いのなら、魔法の親戚と言っても差し支えは無いだろう。この力、真・呪文スペルマは魔法の甥っ子か姪っ子辺りに位置する力だ」


「ぜんぶわからない……ですっ……!」


 ひんっ、とでも言いたげな可愛いしかめ方をした顔でプニマはそう言ってくる。かわいい。


「腹が減っては頭も働かないだろう。理解できないのも仕方のないことだ」


「お腹いっぱいでも分からない気がします……」


「腹が膨れては脳に血が巡らないからな。理解できないのも仕方のないことだ」


「一生理解できる機会が来ない気がします……」


 オレはプニマに鍋をグルグルしてもらいつつ、残りの野菜を切っていく。


 ふむ……野菜も切り終わった、後は完成を待つだけだな。コレにて調理は終了だ。


 その後オレ達は二人揃って焚き火にしゃがみ込み、仲良く鍋を見つめ続ける。目の前では沸騰したお湯の中で野菜たちが泳ぎ、ぐつぐつとした音が小気味よく鳴り続けていた。その音が川のせせらぎに乗り、旅の醍醐味である落ち着いた時間がゆっくりと流れる中――。


「お野菜の良い匂いがしてきましたよ! デルコイノさん、味付けはなんですか!」


 空腹を前にわくわくを抑えきれないプニマは、はしゃぐようにオレを見て来た。ふぅ、可愛い。もう可愛い。


 しかしあじつけ、味付けか……。ここはプニマもいることだ、たまには何か調味料でも使うか。


「ふむ、塩でも入れておけば良いだろう」


「え……。あ、ご、ごめんなさい……」


「……ふむ?」


 何故か、プニマはシュンとしてしまった。


「どうした、遠慮せずになんでも言ってくれ」


「…………暖かいご飯、久しぶりで……スープ、作ってると、おかーさんと一緒に、ご飯作ってたの思い出して……でも、でも……ここ、台所じゃなくて、わたし、旅人さんのご飯、知らないから……」


「……そうか、キミはいつも食べている美味しいスープを作れると思っていたのだな」


「ごめん……なさい……」


「謝る必要は無い」


 彼女にとって調理とは、台所で美味しいモノを作ること。だが、旅での調理とは美味しさよりも栄養摂取を優先するものだ。


 ――――そもそも、料理とはどうすれば美味しくなるのだ……? 塩以外上手く扱えた試しがないのだ……?


「のだ……?」


「ど、どうしたんですか?」


「いや、なんでもない。とりあえず味付けをする。そして金言を授けよう、空腹は最高の調味料だ」


 塩と空腹以外に美味くなる調味料があるのかは知らん。


「……そうですね……」


 ……。


「そして何より、キミと一緒にご飯が食べられるなら、どんなご飯でもきっと美味い」


「……そう、ですね……! わたしも、デルコイノさんと一緒にご飯、楽しみです!」


 久しく忘れていた、塩と空腹以外にも美味しくなる調味料はあった。笑顔で誰かと、ご飯を食べることだ。


 だからオレ達二人は、薄味のスープと固いパンを、二人で一緒に笑いながら食べたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る