1-4.プライスレス
昨日は色々あった。プニマには移動よりも休息が必要だと判断したオレは、そのまま川岸でキャンプを張ってプニマの体を休めさせ、そうして迎えた翌日。
昨日の晩御飯も、今日の朝食も、二人で笑いあって食べたら美味しかった。いつもの味気ない塩味ではなく、美味しい塩味だった。
キャンプの片付け……といっても、火の始末をし、プニマを寝せていた寝袋を回収しただけで全ての片づけを終えたオレ達二人は、今後の相談をするべく話し合う。
「信頼できる者が居るのならば教えてくれ。キミをその者の下まで送り届けようではないか」
「……。
デルコイノさんは旅人さんなんですよね……。わたしも、その旅に同行して……も……」
「ふむ……。オレの旅は先の見えない旅だぞ、時にはキミにも辛い道を歩かせるかもしれない」
「それでも……。わたし…………。……デルコイノさん以外に、頼れる人、居ない……です……帰る場所、も……」
「ふむ……」
帰る場所がない。オレと同じだな。
彼女がオレの旅に付いて来たい理由は、頼れる者が居ないからこその消去法で決められた人選だ。それで良い、寧ろ、オレが消去法で選ばれたなら何処かプニマが腰を落ち着けたい場所を見つけたときに互いがすんなり離れられると言うもの。
「ダメ、ですか……?」
やれやれ。ロリロリしい彼女から上目遣いを向けられては、どんなお願いでも聞いてしまうのが世界の理(ことわり)と言うものよ。世界の条理を作った神々は、もしかしたら根っからのロリコンなのかもしれんな。
「ダメな訳が無いだろう。これからよろしく、プニマ」
「あ、ありがとうございます……! こちらこそ、よろしくおねがいします……!」
やれやれやれやれ、そんな嬉しそうなの表情で二つ結びを弾ませながら喜ばれては、消去法で選ばれたとしてもキミに選ばれたという嬉しさが沸いてしまうじゃないか。
「あっ。デルコイノさんの旅の目的って……どのようなものなんですか……?」
「オレの旅の目的……それは……」
――――帰る場所が欲しい――――。
「デルコイノさん……?」
「……なんでもない。それよりも、これから人間の町に向かう。プニマの角をそのままにしておくわけにはいかないな」
「……はぃ」
オレが目的を明かさなかったせいだろう。プニマは互いの間に壁や距離感と言うものを感じてしまい、シュンとした表情を浮かべてしまった。
別に隠しておきたい訳ではない、だが、話したいことでもない。
それに、プニマを慮るならば黙っていた方が良い事もあるだろう。彼女が折角元気になったというのに、しんみりするような話題を出すのは避けたいからな。だが――プニマのしょんぼり顔を前にして、正直な上の口が隠し事を出来るはずがないではないか。故に、最終目的以外を、明かせることだけを、彼女に明かすとしよう。
しんみりさせないよう、なるべく言葉は選んで気を使いながら彼女に話すか。
「オレの旅の目的は――純然たる愛を見つけ、結婚をし、ぬっぽりぐっぽりと愛し合いながらイチャイチャラブラブ叡智ックスをすることだ」
「…………言わせてごめんなさい……」
「謝ることは無い。キミの悲しそうな顔を前にして、上の口は誠実でありたかったのだ」
「……。……つ、つの……! 角どーしましょう……!」
ふむ、まるで気まずさを掻き消すかの如く話題を変えられたような気がするな。
だが、実際問題として角の件は早期にどうにかしなければならない。プニマが悪魔だということを証明してしまう小さな巻き角は、しっかりと隠しておかないと人の町には入れないからな。
「町に住んでいた際はどうしていたのだ」
「おかーさんは変化(へんげ)で隠してたんですけど、私はまだ使えないのでリボンや帽子で隠してました。でも、今はどっちも無くて……」
プニマが現在髪を結うのに使っているのは、リボンとは表現できないような細くみすぼらしい紐だ。無理矢理にでも髪を工夫して結えば角は隠せるだろうが、今のツインテール風二つ結びプニマを見ていたい。髪型はなるべく崩したくない、崩すにしても可愛らしい髪型にしたい。
帽子は持ち合わせていないからな……あと、頭や顔を隠せるものとなると……。
「ラバーマスクならばあるぞ」
「どーして……。それ被って町を歩いたら……角よりも目立ちます……」
「ふむ、なるほど。一理あるな」
「一理しかないんですか……?」
「となると、あとは……オレの体をラッピングする用のリボンしかないな」
「なにの……何ですって……?」
「もし将来結婚した際、記念日にオレをプレゼントするために拵(こしら)えていた青いリボンがある。少々長いが、切れば角を隠せることだろう」
オレはローブの裏からスルスルと青いリボンを取り出し、万能ナイフで丁度良い長さに切り分ける。それをプニマに手渡した。
「えっと、あ。たいせつ? なリボン、切らせてしまってごめんなさい……」
「気にすることはない。プニマの可愛さを彩る為だ」
「……えへへ」
小恥ずかしそうな表情をしながらも、笑顔になってもらえた。やはり、プニマには笑顔が一番似合うな。他の顔も勿論可愛らしいがな!
その後プニマは器用に髪の間にリボンを通すと、編み込むようにリボンを結んで角を隠した。手馴れているな、いつもそうしていたのだろう。
可憐なロリプニマの頭に二つのリボンが追加され、感想を求められたので短く簡潔に『良い』と評したところ、何処か不満げにされた。無駄な言葉など並べる必要も無い良さだからこその『良い』なのだ。『良い』から『良い』のだ。
そうして準備が整ったオレ達は、森を歩いて目指すべき町へと歩みを進める。
森を歩いている最中は、先日の野党たちが襲ってこないかを警戒し、そして森の動物達が叡智な服を身に着けていることに期待しながら歩みを進めたが、どちらも遭遇することはなかった。
……。
森を抜け、平原を歩き、町へと続く街道に合流を果たして、ここでようやく身の安全は保障される。街道とは人が作った安全な道筋だ。
……。
絶対的な安全があるわけではないが、人の手が加わっていないところに比べれば比較的安全が保障されている道だ。
……。
そこを二人で歩いて、ようやく一息つける。
「……。……叡智な動物達を見たかった」
「何か言いました……?」
「いや、なんでもない。
それよりも、目指している町の説明をしていなかったな。名をハープルと言う町だ、知っているか」
ハープル。中規模の都市で人の流れは盛んであるが、それは他の町との中継地点として用いられることが多い為、と言った情報を以前の町で聞いた。アウギュス王国自体初めて訪れた国故、人から伝え聞いた情報しか持ち合わせていない。それもまた面白いから旅は良い。
勿論、オレには旅の目的があって、早くそれを叶えたい気持ちはある。だが、それはそれとして、オレは何時しか旅をすること自体が好きになっていた。
その土地の空気、文化、特色、それを感じながら歩くのもまた旅の醍醐味だろう。オレは移動に馬車は使わず、自らの足で色々なところを回りたい派だ。そしていつかの将来、旅路を思い出しながら愛する人へ色々な話を語れたら、どれだけ楽しいことだろう。
好きな人に好きや楽しい、面白いを沢山語れたら。そんな幸せを頭に思い描くだけで、オレは幸せを感じてしまう。
「ハープル……私の住んでた町から五つも離れてる町です……。そんな遠くに来たんだ、わたし……」
しかしプニマはというと、自らの所在を知って、故郷から遠く離れてしまったことに若干の寂しさを感じてしまっているようだ。
……少し、声を掛けさせて貰おう。
「これからはオレと共に何処までも遠くに行くのだぞ。だが、寂しがることは無い。いつでもオレが側に居る」
「……。はい」
照れたような小さな笑みと、返事――健気さが溢れる様相だ。一人ぼっちの悲しさに蝕まれて悲嘆にくれる彼女を見るよりも、そちらの顔の方がよっぽど見続けていたい。
「町に着いたらどうするんですか?」
「どうする、とは」
「あ、いえ、その……。私、住んでた町から出たこと無くて……旅人さん、新しい町、行くとき、どうするのかな、って……」
「ああ、なるほどな。まずは宿を確保する、次いで町中で情報を収集し、ヒューマンウォッチングをするのだ」
「なるほどです……! まずはやど……! あ、おかね……」
「そちらは全てオレに任せてくれ。欲しい物もあるならば言ってくれれば何でも買おう」
「い、いえ! そーゆーわけには……! お宿のお金も、ちゃんと、えっと、どうにかして返します……!」
「なに、こちらは相応のモノを貰っている。その対価だと思ってもらえれば良い」
「で、でも……! ……? 私、何かお渡ししました……?」
「プニマと共に居るだけでもプライスレスだ」
そして――――あのボロ布は宝物なのだ。キミの臭い匂いが染み付いた“最高の宝”なのだ……。
「……ひゃぃ……。で、でも! 頼りきり、ダメです……! 私も、頑張ります……!」
「ふむ。キミの意気込みは無碍にしない、が、無理はするな。まずは旅になれることから始めると良い」
「は、はい……! む、無理せず色々頑張ります……!」
彼女にも何か目標とすることがあるほうが良いだろう。まずは、色々頑張ることを頑張ってくれればそれで良い。
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