第8話 友達ホスト


 ホストクラブの代表が率いるオフィスは、緊張で満ちていた。


 壁に沿って並ぶ椅子には、龍彦を含む各店舗の支配人たちが座っている。


 彼らの表情は硬く、目の前のスクリーンに注目していた。


 スクリーンの前で、絵里子が堂々と立っている。


 彼女の様子は冷静で、説得力のあるオーラを放っていた。


「現在のビジネスモデルには、限界があります。ホストが姫の恋愛感情を利用するやり方は、多くの問題を引き起こしています」


 代表や他の支配人たちは、この意見に不快感を示し、反論する者もいた。


「それがどうした。それがホストだ!」

一人の支配人が、言い放つ。


 その瞬間、スクリーンにミキの写真が映し出された。絵里子は続ける。


「見てください。女性ホストのミキと彼女の姫たちの関係は、恋愛感情ではなく、友情で結ばれています。これは、新たな可能性を示しています」


 部屋の中の緊張が高まる中、絵里子は「友達ホスト」という新しいプロジェクトを提案した。


「料金を下げ、友達として気軽に楽しめるサービスを提供します。これにより新しい顧客層を引き付け、業界のイメージを改善することができます」


 龍彦は、このアイデアに興味を示した。


「それは、確かに新しい。ミキのやり方が、うまくいっているのは事実だし、これをもっと大きく展開するのも一つの手ですね」


 代表は、しばらく黙っていたが、最終的にうなずいた。


「絵里子、その案を詳しく聞かせてくれ。もし成功すれば、これは業界全体に影響を与えるかもしれない」


 絵里子は満足げに微笑み、次のスライドへと進んだ。



 店の奥のミーティングルームに、緊張が漂っていた。


 龍彦はホストたちを前にして、新しいプロジェクト「友達ホスト」について話し始めた。


 彼の声は重く、言葉は慎重に選ばれていた。


「このプロジェクトは、従来のホストクラブの概念を変えるものだ」


 しかし、その言葉にホストたちからの反発が起こった。


「ホストは、モテてナンボでしょう? ホストのプライドは、どこへ行ったんですか?」

一人のホストが立ち上がり、声を荒げた。


 龍彦は、落ち着いて答えた。

「もう、男が女を思い通りにして、カッコいいなんて時代じゃないんだよ……」


 すると、別のホストが挑発的に言った。

「ミキは、いいよなあ。姫と恋愛なんて、最初からしてねえんだもん」


 その言葉に、ミキの顔が曇った。


 彼女は、ゆっくりと立ち上がり、深いため息をついた。


「私も、恋愛を使った。姫の気持ちを弄んだ……」

彼女の声は、震えていた。


 ホストたちは驚いた表情を浮かべ、彼女を見つめる。


 ミキの目には涙が溢れ、声は次第に小さくなり、その場で泣き崩れてしまった。


 龍彦はミキの隣に近づき、そっと彼女の肩を抱いた。

「ミキは、勇気を出してくれた。ありがとう。これから、みんなで変わっていこうじゃないか?」



 ホストクラブの中は、「友達ホスト」プロジェクトのテストが始まり、いつもとは少し違う雰囲気で満たされていた。


 シャンパンコールの価格が下がり、男性ホストのテーブルでは、姫たちが、いつもよりも頻繁に注文している様子が見て取れた。



 ミキも、この日は忙しく動き回っていた。


 店全体が忙しく、彼女は自分のテーブルに、なかなか戻れないでいた。


 彼女の姫たちは、いつもの女子会をしているものの、どこか落ち着かない様子だった。



 絵里子が、久しぶりに来店した。


 ミキは急いで彼女を出迎えたが、二人は、お互いに少し緊張しているようだった。


 モジモジしながらの挨拶を交わした後、ミキは自分のテーブルに戻った。


 席に戻ると、一人の姫が気を遣って言った。


「ミキ。今日は、ちょっと奮発して、高いお酒を頼んでもいいかな?」


ミキは微笑んだ。

「いつも通りで大丈夫だよ。みんなが楽しんでくれてれば、それでいいから」


 そのやり取りが何度か繰り返された後、絵里子がミキのところに近づき、彼女に耳打ちした。


「貴重なデータをとってるんだから、ちゃんとして」


 ミキは、驚きの表情を隠せなかった。


 絵里子の正体に気づいたのだが、何も言えない。


 絵里子は、ミキに向かって優しい笑顔を浮かべた。


 ミキも少し緊張が、ほぐれたように見えた。



 杉本美紀は研究室のパソコンで、ネット経由で届いたビデオレターを見つめていた。


 画面に映るのは、アメリカのフェミニズム研究者の女性で、彼女は熱心に、美紀の論文を絶賛していた。


「あなたの研究は、私たちに新しい視点をもたらしました。ぜひ、アメリカで一緒に研究しませんか?」


 沢木教授とゼミの仲間たちは、美紀を取り囲んでいた。


 沢木教授は、彼女に留学を勧めた。


「これは、一生に一度の機会だよ。アメリカで、さらに学べば、あなたの視野は一層、広がる」


 ゼミの仲間たちも、応援の言葉を送った。

「杉本さん、チャンスを掴んで!」


「きっと素晴らしい経験になるよ」


 美紀は、静かに言った。

「アメリカには、ホストクラブがありません」


 沢木教授は、苦笑しながら言った。

「フェミニズムが解決すべき問題は、他にもたくさんあるじゃないか……」



 その夜、ホストクラブに出勤したミキは、龍彦にも相談した。


 龍彦は、複雑な表情で言った。


「ミキのしたいようにするんだ。俺が支えるから……」



 ミキのテーブルでは、姫たちが彼女を囲んでいた。


 一人の姫が言った。

「ミキ、アメリカに行っちゃうの? ここにいてほしいのに……」


 その様子を見ていた絵里子は、静かに言った。

「チャンスを逃しちゃダメだよ。あなたには、もっと大きな世界が待ってる」



 アメリカの大学の大教室で、美紀は自信に満ちた様子で、演壇に立っていた。


 彼女は日本でのホストクラブに関する研究を、流暢な英語でプレゼンテーションしていた。


 スライドには日本のホストクラブの内部写真やデータが映し出され、彼女は時折ジョークを交えて、聴衆を笑わせていた。


「フェミニズムの視点から見た、このユニークなビジネスモデルは、私たちに多くのことを教えてくれます」


 美紀が締めくくると、聴衆からは大きな拍手が送られた。



 夜になると、ミキは繁華街にある、一軒の店に裏口から入っていった。



 店のオフィスでは、絵里子がパソコンを操作していた。


 彼女はミキに向かって微笑みながら、「今夜も頑張って」と言葉をかけた。



 ミキは、日本にいたときと同じ、女性ホストの衣装に身を包み、自信満々の様子で店内に入っていった。


 店内では、多様な人々がホストとして、また姫として交流していた。


 人種も性別も関係なく、様々な背景を持つ人々が集まり、新しいホストクラブの文化を築いていた。


 龍彦も店の中で、現役のホストに戻っていた。


 彼は拙い英語でアメリカ人の姫を一生懸命にもてなしており、姫は彼の努力を心から楽しんでいる様子だった。


「Ladies and gentlemen, let's celebrate tonight! Champagne call!」


 シャンパンコールが、英語で響き渡る。


 店内は、国際色豊かな笑顔と歓声で溢れていた。


 ミキは、この光景を見て、優しい微笑みを浮かべた。


 彼女は二つの世界を結ぶ架け橋となり、新たな可能性を切り開いた。


 学問と夜の世界。


 二つの情熱を持ちながら、彼女は自分自身の道を歩んでいく。

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フェミホス 石橋清孝 @kiyokunkikaku

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