第3話 筋肉ホスト

 スポーツジムは、重たい鉄の音と汗の匂いに満ちていた。龍彦はマシンを使い、一心不乱に筋力トレーニングに励んでいる。彼の表情は真剣そのもので、重りを持ち上げるたびに筋肉が浮き出る。


 隣で美紀は、彼を厳しくも励まし続けていた。「もっと! 限界までやれるはずだよ、龍彦!」と彼女は叫び、トレーナーのように彼を鼓舞していた。


 ホストクラブの店内では、華奢で細身の美少年ホストたちが姫たちを楽しませていた。彼らは丁寧に話を聞き、時折華麗な笑顔を見せながら、姫たちの心を掴んでいた。


 店内の雰囲気は突如、変わった。音楽が一転し、ドラムのビートが響き渡る中、日焼けをしてスキンヘッドになり、筋肉ムキムキになった龍彦が登場した。彼のパフォーマンスはボディビルダーを彷彿とさせ、観客は目を奪われた。彼は店内を堂々と歩き、筋肉を誇示しながらポーズを取った。


「龍彦さんの筋肉、触り放題ですよ!」と付き添っていた若いホストが叫ぶと、店内は一気に沸騰した。姫たちは一斉に彼の元へと駆け寄り、彼の腕や胸の筋肉に興奮しながら手を伸ばした。


 テーブルに残された細身の美少年ホストたちは、この光景に複雑な表情を浮かべていた。


 この一幕は店内の誰かによって撮影され、動画としてインターネット上に拡散された。瞬く間に、龍彦は「筋肉ホスト」として話題になり、彼を目当てにした姫たちが店に訪れるようになった。



 ホストクラブの店内は、龍彦の新しいパフォーマンスで、一層の盛り上がりを見せていた。空手着に身を包んだ彼は、若いホストが持っている木製のバットを下段回し蹴りで見事に折った。バットが真っ二つに割れると、店内からは驚きと歓声が湧き上がった。


 次に、何枚も重ねられた瓦がステージに運ばれてきた。龍彦は集中した表情で瓦に向かい、一気に頭突きを決めた。瓦が粉々に割れると、もう一度、店内が歓声で包まれた。


 さらに、龍彦は筋肉を強調したピチピチのTシャツに着替えて、接客を始めた。姫たちは彼の周りに集まり、彼の筋肉を触ったり、ハグを求めたりしていた。一人の体重を気にしていそうな姫が、少し照れくさそうに「私を抱っこしてくれない?」とリクエストした。


 龍彦は彼女を広い場所へと連れて行き、物語のヒロインのように優しく抱き上げた。「軽い軽い!」と彼は笑顔で叫び、姫は喜びと安堵の笑みを浮かべた。その様子を見て、体重を気にしていそうな姫たちも、そうでもなさそうな姫たちも、列を作って抱っこの順番を待ち始めた。


 テーブルに残された細身の美少年ホストたちは、自分たちの細い腕を見つめては、ため息を漏らした。


 龍彦の抱っこショーは、またもや動画で撮影され、インターネット上で瞬く間に拡散された。この動画も多くの人々の目に触れ、龍彦が目当てでクラブに足を運ぶ姫の数を、さらに増やした。



 龍彦は、代表のオフィスに向かっていた。重厚な扉を開けると、代表が厳しい表情で彼を待っていた。「龍彦。お前の売り上げが伸びてるのはいいんだけどさ。お前がいると、怖くて店に入れないって姫もいるんだよ」と代表が言うと、龍彦の顔からは色が失せた。


「ベテランなんだから、店全体のことを考えてくれ。ホストはチームワークだぞ?」と代表に言われ、龍彦は深くうなずいた。


 その後の夜、店内で龍彦は元のホストらしいファッションに戻り、スキンヘッドを帽子で隠していた。彼の過激なパフォーマンスはなくなり、店の隅のテーブルで静かに美紀を接客していた。


「ごめんなさい。余計なことをしちゃった」と美紀が謝ると、龍彦は彼女に感謝の意を示した。「いや、いい夢が見れて楽しかった。ありがとう」と彼は微笑んだ。


 「筋肉ホスト」ではなくなった龍彦だったが、新しく獲得した姫たちは彼の接客や人柄に惹かれており、彼から離れることはなかった。


 その月の売り上げ発表の日、店内は緊張と期待で満ちていた。そして、龍彦の名前が何年ぶりかのナンバーワンとして呼ばれた時、店内は喝采で満たされた。


 その成功にもかかわらず、龍彦はホストを引退して、裏方に回ることを決意した。彼は自分のキャリアに一区切りをつけ、新しい章を開く準備をしていた。美紀はその決意を尊重し、彼の新しい役割を全力でサポートすることを約束した。



 店内は華やかな飾り付けと歓声で満ちており、龍彦の勇退と支配人就任を祝うパーティーが盛大に開かれていた。


 龍彦は、これまで彼を担当にしてきた姫たちのために、久しぶりに筋肉パフォーマンスを披露し、会場の雰囲気を一気に高めていた。


 パーティーの途中で、予期せぬサプライズゲストが登場した。人気お笑い芸人の女性がドレスを着て現れると、会場は驚きの声に包まれた。彼女は龍彦との関係をほのめかしながら、「龍彦との思い出は秘密」と笑顔で語った。


 続いて、龍彦のかかりつけの内科医が登場し、龍彦が酒を控えるように言われても聞かなかったエピソードを暴露。彼女の話は、会場を温かい笑いで包んだ。


 そして、最後のサプライズゲストとして、龍彦の母親が姿を現した。彼女は感動的なスピーチで、息子がホストになったと聞いた当初のショックと、今は彼が多くの人に愛されていることに満足していることを述べた。そして、彼女は龍彦に「早く、お嫁さんをもらって安心させて欲しい」と言った。


 その言葉を聞いた瞬間、複数の女性が立ち上がり、「私が、お嫁さんになります!」と名乗りを上げた。それを見た若いホストたちが慌てて止めに入り、一時的な騒動が発生したが、これもまた会場を盛り上げるハプニングとなった。


 それを笑いながら見ていた美紀は、ふと考える。龍彦が、もうホストではなくなるということは、彼にも結婚の道が開かれるということだ。



「歌舞伎町ホストクラブ、借金地獄への道:女性客を財政的に追い込む」


「歌舞伎町ホストクラブの闇:売掛金を理由に売春を強要」


「歌舞伎町ホストクラブ、未成年入店禁止政策:高額料金問題への対応」


 高級クラブのラグジュアリーな内装の中、夜の姿に変わった杉本美紀は、昼間は彼女の指導教授である沢木に熟練した手つきで水割りを作っていた。彼女の動きは優雅で、バーカウンターでの存在感は圧倒的だった。沢木教授はカウンターの端でリラックスした姿勢で座り、美紀の様子を見守っていた。


「杉本さん、あなたのホストクラブに関する研究は、本当に先進的だった。それが今、こんなにも社会問題になるとはね」と沢木教授は彼女の先見性を誉めた。彼の言葉に、美紀は謙虚に微笑みながら、さらに彼に酒を勧めた。


「先生、ご紹介したい方がいます」と言って、美紀は龍彦を紹介した。龍彦は、もうホストの姿ではなく、ビジネスパーソンとしての落ち着いた服装と雰囲気に身を包んでいた。


 彼は沢木教授に丁寧に挨拶をし、本題に入った。「沢木教授。私たちはホストクラブの改革に真剣に取り組んでいます。あなたのフェミニズムの知見で、私たちの改革に力を貸してください」と龍彦は切り出した。


 酔っ払っていた沢木は、何の迷いもなく「もちろん、力になるよ」と応じた。


 翌日の研究室で、昨夜のことを何も覚えていないと言う沢木教授に、美紀はスマートフォンに録音していた会話を聞かせた。再生される音声には、沢木教授の声が明確に録音されており、彼は自分の言葉に驚いた。


 後日、龍彦と沢木教授が握手を交わす瞬間の写真がメディアによって撮られ、大々的に報道された。見出しは「ホストクラブ改革への一歩:高名なフェミニズム研究者が力を貸す」というものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る