第14話 石森玄音
「はぁぁぁぁ」
二人の背中を見送り、石森朱音は盛大に息を吐いた。
「ほ、本当にアレで良かったのかなぁ……」
目に涙を浮べ、気弱そうな表情。とても先程望に喧嘩を吹っ掛けた人物には見えなかった。
「何故かあんな風に言わないといけない気がしたんだけど……。【神ノ遊戯】かぁ……」
「朱音〜! そこの掃除終わったら社務所手伝ってーーー!」
ビクッ
突然の声に肩を跳ね上げて、振り向くと、お母さんが少し離れたところから手振りで忙しさをアピールしていた。
「――は〜い!」
ぱちんっ!
両手で頬を叩き、不安と気不味さを称えていた表情に活を入れる。
「〜〜〜〜くぅぅぅ!!――よしっ!」
◇
「はぁぁぁ〜 生き返るぅぅぅ」
日が暮れてきて、三々五々人々が家路や宿屋に帰り始めた。
あの後、落ち着きを取り戻した剣と望は玉作湯神社の依り代――石森朱音について、近くのお土産店や、カフェ、アルバイトらしい他の巫女さんにも聞き込みを行った。
「分かったことはあの人が、高スペックって事くらいかぁ……」
現在剣と望は玉作湯神社の目と鼻の先。玉造温泉街を貫くようにして流れる川――そこに設けられた足湯に浸かりながら、ぼぉーっと舞い始めた雪を眺めていた。
剣が足湯の温かさに顔を緩めている横で、望が聞き込みした内容をまとめる。
「学校は名門松江女子。しかも、そこの生徒会長。大人びた容姿で、性格も良い。部活には入ってないけど、運動部から助っ人依頼がくるほどには運動神経も良し」
「いるところにはいるんだな。そんな完璧なヤツ」
戦う前に、何というかすでに人間として負けている感。
「なぁ、負けるつもりはないんだけど、寒いし今日はもう温泉入って帰らねぇか?」
負けるつもりはない。しかし、あの女性と戦う場面を想像できないのも事実。凛とした佇まいからは自信や気概のようなモノが見て取れたが、事武芸者としては素人のソレだった。
幼い頃から『梅駆流』を嗜む剣は、相手の佇まいからある程度実力を伺うことが出来る。
しかし、彼女からは何の脅威も感じなかった。
そんな相手を一方的に倒すのは、剣のポリシーに反する。剣が『梅駆流』を振るうのは誰かを守るため。
先程の女性は戦う相手というよりは守るべき相手。剣の中で戦う意思が雪のようにお湯に溶け出て薄れていった。
「アンタねぇ……」
その様子に望が呆れた表情を見せる。
「何だよ、別に今日絶対戦わないといけないわけじゃないんだろ?」
「それは――そうなんだけど……剣は一度戦っちゃってるし」
望は何か気がかりがある様子。
「何だよ? 戦ってたらマズいことでもあるのか?」
「ん〜。一応対策はしたから、大丈夫だとは思うんだけど……。でも、剣の場合は早めに戦った方が良いの。新年度になる前には県内全部の予選参加者を倒さないといけないんだし」
「あ〜あ……。それもそうかぁ」
望の言葉に昨日と先程の電車の中での会話を思い出す。
今回県内で【神ノ遊戯】予選参加する神社は『
それを十月――今年の神迎祭までに行う。
その為には、県予選は三月――遅くても四月中には終わらせねばならないというのが、神社庁の考えらしい。
望が言うには、基本的に中立の神社庁だが、【神ノ遊戯】の円滑な進行のためには横槍を入てくるかもしれないとの事。それは避けたほうが良いらしい。
決して慌ただしい日程ではないが、学生が自力で県内、県外を移動するとなればなかなか難しい面がある。
まず、平日はほぼ無理という事。
今は冬休みだが、すぐに学校が始まる。そうなると【神ノ遊戯】どころではなくなってしまう。【神ノ遊戯】が如何に最高神事とはいっても、日常生活を疎かに出来る人間は少ない。ましてや、参加者の殆どは学生。日中どころか夜間でさえ遠出の外出は厳しいだろう。
そういった理由もあり、昨日の今日だが望との戦いの傷が癒えた剣は、こうして一番手近な敵陣に乗り込んだのだが……。
「せめて、〝縁〟を結んだ神様の名前が分かれば良かったのに」
望が天を仰ぎながながら言った。
【神ノ遊戯】その戦いにおいては本来依り代自体の力など匙に過ぎない。如何に神と強固な〝縁〟を結び、その神威を借り受けることが出来るか、その一点が勝敗を左右すると言っても過言ではない――と云うのが望の弁である。
確かに、望が使っていた『
あの時は何故か『神』が現界しどうにか勝つことが出来た。
『神』という存在を認めるつもりはなかったが……。
紫電をまき散らし、獰猛に笑う姿を少女の姿を思い出す。
アレは人ではなかった。少なくとも人外――化物、妖怪、または神、それに準ずる何かと言うことは認めなければならなかった。
しかし、その存在を認めたからと言って、その在り方を認めたわけではない。
神など所詮は力の使い方を知らない、或いは間違えている愚か者共の名前だ。
この世の中にどれほどの理不尽が蔓延していると思っている。食べ物を捨てる者がいれば、その日の飲水にさえ困る者がいる。涼しい部屋で相手を罵っているだけで金が転がり込んでくるヤツもいれば、一日中汗や泥にまみれて働いてもその日一日の糧を得るのがやっとの給料でこき使われている者もいる。
身体が小さいから、頭が悪いから、足が遅いから、女だから――――!
力があるなら屑どもを消し去れよ!
何故弱い者が、弱者が生まれなければならない!?
見る角度さえ変えれば、彼ら彼女らがかけがえの無い存在だと分かるだろうに!
神がいるのなら、何故こんな世界を作った!?
何故こんな世界を許した!?
何故何故何故何故何故何故何故何故何故!
「け、剣?」
知らず溢れ出ていた感情。
「……ふぅぅぅ。何でもない」
大きく息を吐き、熱を逃がす。どうやら足湯に浸かり過ぎたようだ。
「やっぱ帰るか」
そう言って剣が立ち上がろうとした時――
「――お前ら【神ノ遊戯】舐めてんのか?」
ドガン―――!!
声と共に音が爆ぜた。
剣が、望がいた足湯、その腰掛け。石造りのその場所が砕け散った音だった。
「……何のマネだ?」
剣は望を抱え、飛び退いた姿勢のまま。
事前。コンマの差で危機を回避できた理由――眼前で危険な殺気を放つ女を睨み付けた。
「へぇ、今のを躱すかよ。流石は音に聞こえた八雲剣ってか?」
その視線だけで人が殺せるのではないかと錯覚する程殺気。
しかし、眼前の女はそれを物ともせずに口角を上げ、気焰万丈の、笑みを浮かべた。
その危険な香りに、剣は望から手を離し、ゆっくり立ち上がった。
黒のジャージ姿の女。両手は上着のポケットに突っ込んでいる。背丈は剣より少し高いか。しかし、そのスタイルの良さ、長い脚が女を見た目以上に大きく見せていた。
剣が立ち上がったのを見て、女も振り下ろした足を引いた。
(振り下ろした脚――まさか、
その事実に行きついた剣の目に驚愕の色が浮かぶ。
「――お前誰だ?」
剣は当然の呟きを漏らした。
今日一日歩き回り色々な人に話を聞いたが、眼前に威風堂々、仁王立ちする女性には全く心当たりがなかった。こんな危険なヤツ見かけたら忘れる訳が無い。
「あん? 何だお前。本当に巫山戯てんのか? 【神ノ遊戯】をただのイベントか何かと勘違いしてんじゃねぇだろうな! コレはな最高神事なんだよ! 日本中の神社が、依代が宿命付けられた戦いの場所。それなのに事前調査もせずに敵陣に女連れで乗り込むたぁ舐めてるとしか思えねぇな?」
笑みわ、浮かべていた女の顔が、言葉と共に怒りに歪んでいく。
人生で初めて女性にメンチを切られた。
「それともまさか、そのくらいのハンデがあってもオレが勝つとか思ってんのか?」
次第に前のめりになってくる女の様子に剣は事実だけを告げる。
「その通りだけど。それがどうした?――――」
言葉と同時に風が起こった。
「……」
剣の言葉を聞いた女が脚を振り上げると同時に、『キュン――!』と音が鳴った。
それとほぼ同時に、剣が『猫丸』を振り抜いた。
『ザンッ!』という音が響く。
「イイぜ?
「――ヤれるもんならヤッてみろ」
二人が臨戦態勢をとる。
互いの
「「―――――!」」
動いたのは同時だった。
互いの殺気がぶつかり合う――
「ちょっと待ったぁ!」
と思われが、それを止める者がいた。
菅原望である。
この場で唯一戦う術を持たない彼女があろう事か、
「「―――!?」」
コレには自分たちの世界に入り込んでいた二人も正気に戻り、互いの武器を急停止させた。
女の脚が望の顎先、剣の『
「―――お、お前何考えてんだ!?」
「ホントだよッ! 死にたいのか!」
望の凶行に、目を見張り言い寄る二人。
「二人ならあのタイミングでも攻撃を止められるって思ったから」
そんな二人の態度に、しかし望は何でもないように答えた。
「――ッ〜~! お前な! 確かに俺は止められたけど、その女が攻撃を止められるかなんて分かんなかっただろうが!」
「八雲剣の言う通りだよ、お嬢さん。アンタと私は初対面だ。アンタに私の何が分かるっていうんだい?」
少し方向は違うが、二人の言うことは正しい。長年傍で見てきた剣の太刀筋を望が読めるのは分からなくもないが、目の前の女の技量がどれ程なのかなどは知る由もない。
それでも――
「アナタがつく嘘ぐらいは分かりますよ」
望は真っ直ぐ女の目を見つめて答えた。
「……あー、やめだやめだ! 白けちまった」
ぶつかり合った視線を先に反らしたのは女の方だった。
先程まで放っていた殺気が嘘のように霧散していた。
「イイのか?」
コレには剣も毒気が抜かれた。
「良いも悪いもねぇよ。気分が乗らない戦いなんて、皮の付いてない焼鮭みたいなもんだろうが」
「え、焼鮭がなんだって?」
「だから、意味ねぇだろって事だよ」
女はガリガリを乱暴に頭を掻きながら言った。
「いや、意味ない事はないだろう。俺たちの予想とは違ったけど、お前玉作湯神社の依り代なんだろ?」
「…………」
剣のその言葉に、しかし女は視線を反らした。その一瞬望を伺い見た視線はひどくバツが悪そうだった。
「――ああ! 分かったよ! 確かにコッチだけお前の情報があるのもフェアじゃねぇ。ウチの名前だけ教えといてやる――石森玄音。それとも
「何――!?」
その後、驚愕する剣を他所に
「ヤりたいなら受けてやるが、今日ダメだ。そもそも三が日に来るなんて常識ねぇのかよ。日本中の神社が一番忙しい時期だろうが」
と、ヤンキーの様で見た目で、事実ヤンキー達の元締めだった女に常識を諭される始末であった。
こうして、剣の【神ノ遊戯】における初対戦はおちゃを濁した様な不完全なモノとなった。
神ノ遊戯 菅原 高知 @inging20230930
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