第2話 八雲剣 ①
十二月某日
「やっと終わった」
終業を告げるチャイムの音とともに
県内では名の知れた進学校であり、学年ごとに四十人クラスが九つ。全校生徒は千人を超える。
過疎化が嘆かれて久しい田舎県の代表格にしてはかなりのマンモス校だ。
剣はその一年五組に所属している。
この日は二学期の期末試験最終日。
全ての生徒が精魂尽き果てる日。
当然剣もその例にもれない。
その証拠に未だ机から起き上がれないでいた。
「おーい。テストどうだったよ? って、その様子じゃ聞くまでもないな」
そんな剣に声をかける者がいた。
帰宅部ので勉強も運動も中の下。休み時間はいつも自分の席で寝ている。そんな剣何が気に入ったのか分からないが、しきりに話しかけて来るヤツがいる。
何でも中学の時に全国大会二連覇を成し遂げたとか。
才能って言葉はコイツの為にあると言われても納得できる。神が二物も三物も与えてしまっている。
「ああ」
突っ伏したまま少し顔を上げ、机に肘をついたまま適当に片手を挙げる。
「相変わらず適当な返事だな。なあ、それよりあの動画見たか?」
「あの動画って何だよ?」
こういう人種は自分が知っている事は他人も当然知っていると思っているフシがある。
「動画って言ったら、ピカリちゃんと
格好良いのにこういったミーハーな話題が好きなところもコイツがみんなから好かれ理由なのだろう。
が、そんなことは決まってはいない。そして、
「知らん」
「し、知らんって……じょ、冗談だよな?」
恐る恐る聞いてこられても、知らないものは知らない。
「え、マジでお前まさか、本当にピカリちゃんも詩ちゃんも知らないのか⁉」
剣の態度が冗談ではないと分かり、驚愕を
「今超人気のキューチューバーだぜ? 動画をアップすれば一週間経たずに百万回再生を越す超有名人で、しかも、俺らと同じ高校生で何と二人とも島根っ子ときた。これはもうお気に入り登録して応援するっきゃないだろう‼」
暑い。いや、熱い。
テスト勉強で頭の中が湯だったのではないのかと疑いたくなる熱量だ。
しかし、どんなに熱く語られても知らないモノは知らない。
そんな剣の態度が更に相手をヒートアップさせた。
一番初めの動画が三年前だの、どの動画が神回だの、熱く暑く語ってきた。
「ダラケきった剣でも絶対知ってると思ったのによぉ。てか、そんな剣にこそピッタリなのに」
しかし、途中から聞き流していた剣に、相手の方がくじけたようだ。ガクリと肩を落としてしまった。
「何でだよ? 俺がそういうのに興味ないって知っているだろ」
高校からの付き合いとは言えほぼ一年顔を合わせており、少なくない回数喋っている(一方的に話しかけられている)のだから、いい加減剣という人間がどういう人物か分かっているはずだ。
そんなモノ見る時間があるなら寝てた方がマシだ。
「そりゃ知ってるけどさ、ピカリちゃんと詩ちゃんどっちも神社の子って噂だから、剣の知り合いかなって」
なるほど、そういう事か。
「あのな、家業が同じでもみんな知り合いの訳ないだろ。それに俺は神社に興味ないしな」
「何だよ。もったいなえーな。有名人と知り合いになれるかも知れないってのに」
「興味なし」
ふぁ~と欠伸をする。
「はあぁ。変われるもんなら変わってもらいたてぇよ。そしたら自分がどれだけ恵まれてるか分かるってもんだぜ。可愛い幼馴染もいてよ」
「何々? 何の話?」
「うわっ!?」
突然剣の両肩がバンっと叩かれた。
振り返ると、幼少期から見知った――下手をすると両親よりよく見る顔がそこにはあった。
剣の同級生であり、幼馴染である少女。
子供の頃はどちらかと言えば引っ込み思案で剣の後ろを付いて来ていたが、いつの頃からか明るく活発になり、今では何かと剣を構ってくる。
知らない内に立場が逆転していた。
まぁ、そんな事は別にどうでもいい。
他の問題がある。
「ヤッホー望ちゃん。テストどうだった?」
「もちろんバッチリだったよ!」
「流石~。文武両道で可愛いのに嫌味がない。望ちゃんは俺の癒しだよ」
「ははは、そんなに持ちあげても何もでないよ」
「本心だって」
望の人気が高すぎる事である。
身長百六十五センチ。スラッと伸びた手足は、しかし細すぎず女性らしさを備えており、その胸部の膨らみの程よいサイズ感。小さい顔に大きな瞳。黒髪のロングストレートを一つに束ねたポニーテールがトレードマーク。
そんな誰もが羨む美男美女コンビが校内でそれほどパッとしない剣に付きまとうのだ。
当然変な噂が立つわけで。
剣としては平穏な学園生活をおくりたいのだが……。
「で、何の話してたの? 神社がどうのって聞こえて来たけど」
剣の悩みなどいざ知らず、望が目をキラキラさせワクワク感を押さえきれないとばかりに聞いてきた。
「ああ、剣も望ちゃんと同じ神社の子供なのに勉強は良くも悪くもなく、不愛想。武の部分に極端に偏ってんなぁ、って話。なあ、今度の大会助っ人で出てくれよ」
「出ねぇよ」
何故か西園寺は事あるごとに剣を剣道部に誘ってくる。
それは練習だったり、大会だったり様々だったが、イマイチ理解に苦しむ。
自分より遥かに弱いヤツを勧誘する意味とはなんだ?
出来るヤツの気まぐれか? それにしてはしつこい気もするが。
「何でだよ。せっかく才能あるのにもったいない」
「寝言は寝て言え」
こちとらスマホより重いモノを持ったことがないバリバリの現代っ子だ。
一体何を見て才能何て言葉を口にしているのやら。
そんな事よりもだ。その前の西園寺の発言に剣は『バカ』と思ったが、時すでに遅し。
「神社は関係ないよ。みんな勘違いしてるけど神社はお願いを聞いてもらう場所じゃなくて、自分の決意を表明する場所なんだよ。『テストで良い点が取れますように』とか、『恋人ができますように』『健康でいられますように』何て神社にお参りするのはナンセンスだよ。『〇〇出来るように頑張ります』って自分の意志を神様に伝えるの。それを見ていて下さいって言うのが本当のお参りなんだよ。まぁ、でも剣は何でもやれば出来るのにやろうとしないから。その辺は神頼みしたくなる気持ちも分かるかな」
「いや、俺は特に剣についてお参りするつもりはないんだけど」
間違った神社の知識に、望のマシンガントークが炸裂。そして、あらぬ解釈をされタジタジの西園寺である。
「あれ? そうだったの。ゴメン。何の話だったけ?」
その大きな瞳を見開き、次いで笑顔で誤りながら望が聞いた。
「あ、えっと……何だったっけ?」
望の勢いに押され直前の記憶を失くしたらしい。まぁ、分からなくもない。
「何かキューチューバ―の話だろ」
剣は助け舟を出してやった。
「ああ、そうそう! 剣がピカリちゃんと詩ちゃん知らないって言うんだよ」
「え⁉ 本当に? 今凄い人気なのに」
神社の事しか興味がないような望がこの反応という事はかなりの有名人なのだろうが、何回も言う。知らないものは知らない。
「私はピカリちゃん派なんだよね」
「分かるっ。ピカリちゃんの元気な笑顔と可愛い衣装のクオリティの高さは見てて元気になれるんだよな」
「そうそう。朱色の神社がバックに良く映えてるよね。ああいうアピールの仕方もあるのかって勉強になるよ。枠に囚われない新しい神社の形。まさにこれからの時代にピッタリだね」
「え? あ、うん。あ、それに詩ちゃんの儚げな歌もこう、心にジーって響いて泣きたい時に我慢せずに泣けるって評判だよね。俺としては明るい歌も聞いてみたな。きっと今までにない新しい詩ちゃんを発見できると思うんだよ」
「あー分かる。あの昔ながらの神社の景色が歌とよくマッチしてるよね。詩ちゃんのトコの神社は万葉集の第一歌人として知られる柿本人麻呂その人を祀っててね、詩ちゃんが歌う事で有名になる事は、それ即ち神社の御利益を表わす大きな指針になる訳っ。んん~。やっぱり二人とも凄いなぁ。ウチは学問の神社だから私も東大でも狙ってみようかな……。あ、剣も一緒にどう? 二人して東大に受かれば中々の宣伝効果だと思うんだけど」
一人で違った方に話を
こうなると大抵の人が、え、何言ってんの? と視線で剣に訴えかけてくる。
まったく、やめて欲しい。
俺が聞きたいくらいだ。
「アホか」
望の成績なら頑張れば東大も目指せるかも知れないが、剣では夢のまた夢だ。というか、そんな夢見るのもバカらしい。
「ええ~。ダメかな? いい案だと思ったのに」
口を尖らせてぶぅぶぅ言い出した。
イラッ……その口引っ張てやろうか。
その後も望がなんだかんだと神社の宣伝方法を考え出したため、西園寺は『じゃ、じゃあな』と部活に行ってしまった。
「ありゃ、行っちゃった」
まだまだ喋り足りないといった様子で、望は肩をすくめた。
「自業自得だ」
「ぶぅ。でも、詩ちゃんってどっかで見たことある気がするんだよね? 剣、知らない?」
「何で俺が知ってるんだよ。あと、そう言う事は西園寺がいる時に言ってやれよな」
あれだけファンなら、今の望の発言だけかなりの食いつきを見せるだろ。それくらい会話をしていれば分かりそうなものだが、神社の話をしていう望にはそれ以外耳に入って来ない。
「どんまい」と心の中で拝んでおく。
「えええ、まあそっか。剣だしね」
一方望は、剣の発言を一部無視して、失礼な自己完結をしていた。
これ以上ここにいては、望の神社談議の餌食になってしまう。
「帰るか」
一人呟いた剣は、そっと教室を後にした。
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