第11話 決着 

 パチパチパチ 


 風がやみ、静寂の戻った夜の中に、乾いた拍手の音が響き渡った。


「実にお見事。素晴らしい戦いでした。しかしまさかこのような結末になるとは」


 倒れ込んだ剣を抱えた望に歩み寄って来たのは、黒いスーツにサングラスといかにも怪しげな人物。その人物が親し気に言葉を紡いだ。


「……勝部かつべさん」


 見知った顔に、しかし厳しい顔で望は呟いた。

「まずは何より、予選を突破された事にお祝いの言葉を遅らせて下さい。本当に素晴らしい戦いでした。まさか、こんなに早い段階で神威かむいが見られるとは。神々もさぞお喜びでしょう」

「……ありがとうございます。でも、お伝えしていた通り私は予選参加を辞退します」


 そうだ。頭に血が上り考えが足りなかったが、先程の『黎』を倒すことが今回の【神ノ遊戯】の予選だったのだろう。

 望が今回父に無理を言って神社庁に承諾を得た特例中の特例。遊戯開始前に、剣と望が戦い勝った方のみが予選参加の為の戦いに参加するというのも。


 結果、望は敗北した。


「はい。伺っております。ですが、本当に宜しいのですか?」


 勝部がサングラスをずらし、望の顔色を伺ってきた。表情こそ豊かだが、その瞳はガラス玉のように感情を映していなかった。

 先程の『黎』とは違った意味で背筋に寒気が奔った望だが、その事はおくびにも出さずに会話を続けた。

「決めていた事ですから。目標に勝てない私じゃ、本戦に出ても結果は目に見えていますし」

 望は自嘲気味に笑った。

「私はそうは思いませんが、意志が固い事はよく分かりました。それでは菅原望様の件は一先ず置いておくとして、八雲剣様は本戦参加という事で宜しいですか?」

「え?」

 勝部の視線につられて、望は自分の膝元。抱きかかえていた剣に視線を落とした。

 すると、いつの間に目を覚ましたのだろう。剣が勝部を睨み付けていた。


「アンタ誰だ?」


 声だけで人が殺せるのではないかと錯覚する程の怒気が籠った声で剣が短く言葉を紡いだ。


「おっと。これは失礼。貴方には自己紹介がまだでしたね。私は神社庁より派遣されました監察官の勝部と申します。以後お見知りおきを」

 白髪交じりの短髪に、皺の浮かび始めた顔。背も小柄でとても武道の嗜みがあるようには見えないが、剣の怒気をサラリと受け流しながら勝部が優雅にお辞儀をした。

「お前が誰か何てどうでもいい。俺が言いたいことは一つだけだ。俺たちの戦いを汚すつもりなら――容赦しねぇぞ?」

「おっとっと。これは手厳しい。あの素晴らしい戦いを汚すなどとんでもない。【神ノ遊戯】でありながら人間の限界、意地と意志のぶつかり合い。まさに人間の可能性を知らしめる今遊戯の初戦に相応しい戦いでした。確かに盗み見るような形になってしまいましたが、コレが私のお勤めでした。いや、大きな組織に属するというのはまったく骨が折れます。ここは世知辛い大人祖世界に生きる私の為に目を摘むって頂けませんか」

 望と話していた時同様に、驚愕、苦笑、懇願。様々な表情を見せる勝部だが、その心の内が動いていない事が剣には見て取れた。

「胡散臭いヤツだな。まぁ数回『猫丸』コイツで叩けば記憶は消えるか」

 呟いた剣は、『猫丸』を握る手に力を込めた。

「やめなさい」

「アイタっ」

 望に頭を叩かれた。

「なにすんだよ!」

「それはこっちのセリフッ。満身創痍なのに何まだ動こうとしてんのよ」

「いや、だって。コイツ俺たちの戦いを盗み見してたんだぜ⁉ 二人だけの最高の舞台で全力でやり合えた俺とお前だけの世界だったのに」

「――――ッ」

 剣の言葉に望は漏れそうになった言葉を押し留めるように、唇を嚙み締めた。

「――はいはい。それはそうだけど。勝部さんも言ってたでしょ。それが仕事なの。私が無理言って用意してもらった舞台なんだから多少の事は目をつむらなきゃ」

「でもよぉ」

 望の言葉に納得しきれない剣はまだブツブツと何か言っていたが、取り敢えず『猫丸』を握る手の力は緩めた。

「もぉ、まったく血の気が多いんだから。でも、ありがとう」

「え、何だって?」

「何でもありません~」


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