第12話 そして、予選へ

 ところ変わって、剣の家に移動した三人は客間通された。


 剣としては年始早々に予定のない人を連れて来てどんな嫌味、苦言を両親から言われるか気が気ではなかったが、それは杞憂に終わった。望の肩を借りて家に帰った剣たちを(これではどちらが勝者か分からない)父親が待ち構えていたように家に招き入れ、あれよあれよという間に客間に通された。


 現在は部屋に剣と望、そして勝部の三人。父親はすぐに神社の方に去って行った。

 目の前には湯気の立ったお茶と茶菓子が、母親の手によって用意されていた。


「ずずず。はぁ~冷えた身体に染み渡りますね」


 勝部がお茶を啜りながらジジ臭く言った。年齢的にも初老と言った感じなので先程までの様子よりよっぽど様になっている。

「おっと、私としたことが失礼いたしました。剣様、この度は【神ノ遊戯】参加資格の獲得おめでとう御座います」

 そう言った勝部が上座で恭しくお辞儀をした。

 暖かい部屋で熱いお茶を飲むことで心が落ち着き、ようやく思考を巡らせることが出来た。


【神ノ遊戯】


 そのよく分からないものに巻き込まれた剣は、しかし、望が参加していると分かると自ら進んで戦いに身を投じた。

 そして、戦っている時は極度の興奮状態だったため気付かなかったが、相当に体を酷使していたようだ。

 節々が悲鳴を上げていた。

 しかし、どういう訳か、裂傷による出血は既に止まっている様だ。血に塗れた手の布を取ると、傷跡はあるもののすでに治り始めている。軽症とは言い難い傷もあったはずだが。

 自らの状態を訝しむ剣を見て黒服の男、勝部が口を開いた。

「剣様は神を信じておられないとお聞きしておりますが、貴方が今ご覧になられているのが、その御力の一端なのですよ」

「……神の力ねぇ」


 剣は望との戦いで、正しい記憶を取り戻した。

 大きなもので言えば、剣が『梅駆流』を習っていたこと。誰かわからないが友がいたこと。そして、神社が嫌い――神を信じていないということを思い出した。


 勝部の言葉に嘆息しながらも望との戦いを思い出す。

 人離れした望の弓術。相対した菅原道真を自称する人物と、突如現れ消えた変な衣装の少女。そして謎の『黎』と、それを矢の一撃で消滅させた望。

 確かに、神の力が働いたと言われなければ納得できない――逆に言えば、神とやらが本当にいるのであればこんなことも出来るのかも知れないと思うような出来事であった。思い返せば、あの吹雪の中この軽装で動けていたこと自体奇跡のようなものだ。

 剣は改めて自分の状態を客観的に捉えてみた。


「あれだけの激闘を演じたのに、身体に残る傷やダメージがすでにほとんど残っておられないのでしょう?」


 こちらの考えを見透かしたように、胡散臭い笑みを浮かべながら勝部が口を開いた。

「剣様は【神ノ遊戯】の事をご存じないようですので、私からその歴史とルールについて説明させて頂きます」

「歴史とルール?」

 剣が首を傾げる。

「はい。望様は御存じでしょうが、剣様は【神ノ遊戯】についてあまりに無知な御様子。長い歴史の中でもお二人は非常に稀有な存在と言えます。これは此度の遊戯の成功にも大きく関わってくるため、少しご傾聴ください」

 丁寧に話しているが、言葉の端々が剣を小馬鹿にしている。

「【神ノ遊戯】とはその名前が示す通り神の遊びです」

「おい」

「まぁまぁ、話は最後まで聞いて下さい。神とは我々の様に寿命がありません。その為永久の年月暇を持て余しておいでなのです。神代では神が自由に過ごしていたようですが、事現代ではそうもいきません。神が自由に行動すれば天変地異が起こり、文明など数日中に滅んでしまいます。それは先程の戦いで神の力の片鱗を体験したご自身がよくお分かりの事と思います」

 勝部に目配せされ、剣は望との戦いを思い返した。初めに現れた『黎』。望の人知を超えた矢。軽傷ではなかった体中の凍傷や裂傷すでに癒えつつある現実。

 これらも神の力の一端という事か。

 剣をしても視認できない矢。その矢の常軌を逸した破壊力。吹き荒れ視界を覆った吹雪の壁……。

 アレが神の力、しかもその一旦に過ぎないとしたら。もし、その力が際限なく振るわれたら。それはもうただの災害だ。

「その為、神々と人、神職に携わる者で話し合いの場が設けられました。そこで決まったのが、人を神の依り代にし、競わせるというものです」

 ここまで話し、勝部は『ゴホンっ』と咳ばらいをし、一旦冷めたお茶で口を湿らせた。おじさんにはこの乾燥した時期の長語りは喉に来るのだろう。その様子を見て望が話を引き継いだ。

「【神ノ遊戯】は数年から数十年の間隔で行わてるの。前回は私たちの祖父の代、つまり師匠が現役の時に開催されたそうよ」

「えっ、じゃあじいちゃんもこのふざけた戦いに参加してたって事か?」

 未だに話半分で聞いていた剣だが、望の言葉を聞き姿勢が前のめりになった。

「ふざけたって……。

 剣の問いに望はきっぱりと言い切った。

「参加できていないって、どういうことだよ?」

 只強さを競うだけならば、あの祖父が後れを取る訳がない。

「文字通りよ。【神ノ遊戯】は現存する神社すべてに参加する資格があるけれど、全てが選ばれる訳じゃない」

「選ばれるって、誰にだよ」

「そんなの決まってるでしょ。神様よ」

 望は何を当たり前な事をといった調子で答えた。

「つまり何か? 今回その【神ノ遊戯】とやらが開催されて、それにウチの神社とお前のとこの神社がたまたま神のお眼鏡にかなって参加する事になったってことか?」

「正確には、全ての神社に予選の予選への参加資格があるの。それを通過した依代だけが【神ノ遊戯】に参加出来るの。そして、その予選の予選を通過するのに最低限必要なのは神と〝縁〟を結んでいる事。――まぁ、私の参加資格は返上したんだけどね」

 望は確かめるように勝部の方に視線を送った。

「はい。誠に遺憾ながら、先の戦いの結果【菅原天神】は【神ノ遊戯】参加意思なしと受け取りました。有象無象の参加は【神ノ遊戯】の質を貶めてしまいます。その為開催前に予選の予選が執り行われます。今回は望様の神社【菅原天神】の要求と、剣様の神社【梅ノ木天神】の宮司である八雲典矢様の賛同があり、神社庁で協議、調停者の判断の結果、このような特例の形で予選の予選前の選抜を行う事と相成りました」

「調停者ってのは?」

「我々神社庁は言わば人間側の運営。当然神の行動までは制限できません。その為神側も【神ノ遊戯】の成功の為に調停者と言われる運営役が一柱選ばれます。とは言いましても、私どもとは違い、遊戯のルールなどを決めるのは調停者でして、パワーバランスで言えば神側が圧倒的に上なのですが」

『ははは』と笑う勝部の表情からは言葉の真意は伺えない。

「つまり、その調停者って神様の判断で俺と望は戦ったって訳か」

「そうなります」

「俺は神なんて信じてないし、仮に居たとしても認めないけど、それならその調停者ってヤツには感謝してやってもいい。こっちの我が儘を聞いてくれるなんてなかなか良いヤツじゃんか」

「……それはどうでしょうか」

 それまで顔に張り付いたように笑みを浮かべていた勝部の顔から一瞬表情が消えたように見えた。

「え?」

「あ、いえいえ。神も色々な御方がいらっしゃいますからね。何といっても八百万の神々ですから。しかし、忘れないで下さい。神と人間は別の次元を生きる者。決して相容れることはないのだと」

「ああ、それはもちろん」

 人形のように作られた言動しか見せなかった勝部が見せた一瞬の違和感。それもすぐに笑顔仮面の下に隠された。訝し気に首を傾げる剣だったが、すぐに自分には関係ない事だと結論付けた。

「歴史とやらはまぁ分かった。それで今回の【神ノ遊戯】とやらのルールはどうなってるんだ?」

「はい。【神ノ遊戯】。遊戯と名が付くのですから、そこには当然ルールが存在します。とは言いましても、遊戯の内容は毎回異なるため、細部はその都度都度で変更されるのですが。そして、そのルールは当然主催者である神々がお決めになられます。我々神社庁はそれを信託として受け取り、各神社に伝達します。まあ、我々が動かなくても神託自体は各神社にも降りる為、【神ノ遊戯】についての知識がある神社であれば必要ないのですが」

「じゃあ何か? アンタはその【神ノ遊戯】ってのを知らない俺にその信託とやらを伝えに来たってのか」

「いえいえ。神託自体は三年ほど前に降りておりまして。当然貴方の御父上であり、『梅ノ木天神』の現宮司である八雲典矢様と、前宮司である八雲道元様は我々が神託をお伝えした際にはもう、【神ノ遊戯】開催をご存知でした」

「ちょっと待てよ。こんな危なっかしいモノに参加させるってのに、親父は兎も角じいちゃんまで俺に黙っていたってのか?」

「そうなりますね。しかし、お二人にも何かお考えがあってのことでしょう」

「考えって、何だよソレっ」

 込み上げてきた憤りに思わず立ち上がりかけた剣だが、その肩を慌てた望に抑えられ、行き場のなくなった気持ちを乱暴に吐き捨てた。

「勝部さん続きを」

 その様子を心配そうに見つめながら、望が先を促した。

「はい。先程ご説明させていただいた通り神託を伝えるのも神社庁の役目ですが、これはあくまで保険として。本来の役目は【神ノ遊戯】中の参加者の監視と補助になります」

 そう話す勝部の言葉はその内容と張り付いた笑顔が相まって、相も変わらず非常に胡散臭い。

「監視に補助?」

 首を傾げる剣に、勝部が説明を続ける。

「そうです。【神ノ遊戯】の参加者は遊戯の間人知を超えた力を得ます。その力が遊戯にだけ向けばいいのですが、如何せんその力を得るのは成人前の子供が殆ど。中には良からぬ事を考える者も出てきます。そういった現世と【神ノ遊戯】に関わりのない一般人を巻き込み悪影響を与えると判断された場合、その者は我々によって行動を制限させていただくようになります」

「行動を制限って。そんな事出来るのか?」

 勝部の淀みない言葉を、剣は訝し気に指摘した。

 剣であれば神とやらの力を借りなくても、目の前の老人勝部など一瞬で無力化出来る。とてもでないが、神の力――望は神威かむいと言っていたか。あんなものに対抗できるようには見えない。

「ははは。神威はまさに神と依り代の究極形。不完全ではありましたが、本来こんな序盤でお目にかかれるような代物ではないのですがね。剣様の仰る通り神威が相手となれば我々神社庁の職員十人がかりで押さえ込めるかどうか」

 その言葉に驕りは感じられなかった。

 俄かには信じられないが、あの力を御する術を持っている様だ。

「神社庁の人たち、特に監察官は陰陽道のエキスパートだからね」

 剣の疑問に望が当然のように答えた。

「陰陽道?」

「アレ、知らない?」

「いや、言葉くらいなら知ってるけど。アレだろ安倍晴明が使ってた式神とか」

「そうそうソレ。神社庁の陰陽道はその中でも封印術に特化してるから、【神ノ遊戯】の監視役として打って付けなの」

「なるほど。で、もう一つの補助ってのは? まさか一緒に戦うなんて言わないよな」

「それはもちろんです。封じる力はあっても戦う力は殆どありませんので、足れ纏いにしかなりません」

 どうだろうか。封印の力。事【神ノ遊戯】においてはこの上ない力なのではないだろうか。【神ノ遊戯】についてあまり知らない剣でもそれぐらいは分かる。

「私どもがするのはあくまで補助です。先程も申しましたが、依り代となられる方々は未成年の方が殆どで、小学生という事も珍しくありません。そのような方々が、県内に散らばる他の依り代の方々を見つけて倒す。とてもではりませんが不可能です。移動方法を模索するだけどほぼ詰みでしょう。そういった遊戯と直接関係ない要素を平等にすることが我々が言う補助となります」

「ふ~ん。つまり移動費や移動方法の提供って事か」

「さようでございます」

 確かに、剣の住む松江市は県の東端に位置する。ここから西端の古賀よしが町や津和野つわの町に行くとなると、それはもはや県外に行く感覚だ。一高校生の剣が思い立ったが吉日とおいそれと行ける距離ではない

「そして。この度の【神ノ遊戯】は、予選、本戦、決勝の順で執り行われます。そして今回の予選は、あの〝黎〟の化け物を倒すか、時間内まで戦い抜く、或いは逃げ切るというものだったのでしょう」

「え、でも」

 勝部の言葉に剣の頭に疑問符浮かぶ。

「そうです。〝黎〟の化け物は望様によって全て消滅されてしまった――正直これには驚きました。戦いを許可した手前強くは言えませんが、まさかあのような手段に出られ、それが可能だとは。お陰で今回の本戦加者は通常より多くなっております」

 剣の疑問を正しく受け取った勝部がやれやれと苦笑しながら言った。

 剣はあの時の光景を思い出していた。

 夜闇が黎に覆われていった世界を裂く強烈な閃光。それが夜空を駆け、遥か上空で分散。広がっていた瞳孔を焼き付けるかの如き強烈な光。あの強烈なは少なくとも県内中に届いたはずだ。

 そして、その考えは勝部の態度から正しかったことが伺える。

「う、すみません」

 当の望は剣の横で顔を赤らめ俯いていた。

「いえいえ。私としては良いモノを見せて頂きましたし。まぁ、神は有用な手駒を失って歯噛みものでしょうが」

「?」

「ああ、お気になさらず。それでいかがでしょう。八雲剣様は【神ノ遊戯】に参加するという事で宜しいでしょうか?」

「宜しいも何も俺に拒否権はない。そうだろ?」

 勝部の言葉に剣は確信の籠った視線を向ける。

御尤ごもっともです。参加を拒否されて戦わない自由はありますが、参加そのものを取り消すことは出来ません」

「自分から戦いに行かなくてもいずれ巻き込まれるって事だな」

「その通りです」

「ふぅ~」

「剣?」

 天井を見上げ大きく息を吐いた剣を望が心配そうに見つめる。

「少し望と二人で話す時間をくれ」

 視線を向けずに勝部に言った。

「分かりました。それでは私は車の方でお待ちしておりますので、お話が終わりましたらお声掛けください」

 そう言うと勝部は部屋を出ていった。




「……」

「……」


 静寂が部屋を支配する。

 剣の真意が分からず、戸惑う千草。

「……何を隠してる?」

 それを知ってか知らずか、剣がゆっくりと口を開いた。

「っ⁉」

 その言葉に望は瞳が大きく見開いた。

「何のこと――って言っても無駄、かな」

「無駄だな」

「そっか。剣はさっきの戦いで変な事なかった?」

 変な事がなかったかと言えば、変な事だらけだったが、望が言っているのはそう言う意味でじゃない事くらい分かる。そして、ソレが正しく剣が知りたい事であった。

「知らない記憶。俺が覚えているものと細部が違ったもう一つの記憶。戦いの中急に頭の中に流れてきたあの光景。俺はあの光景を知っている。だけど、知らない。俺に話しかけてくるアイツは誰なんだ」

「そっか。はっきり思い出した訳じゃないんだね」

 自分でもよく分かっていない事をよく分からないまま口にしたが、望は満足したように、そして悲しそうに言った。

「お前はアイツが誰なのか知ってるのか」

「――知ってる」

 それまでうつ向きがちだった望が、まっすぐ剣を見て言った。

「じゃあ、教えてくれよ。アレは誰なんだ」

 覚えてないが分かる。アレはきっと剣にとって大切な人だ。

「それは出来ない」

「何でだよ!」

 しかし、剣の懇願を拒否した望に剣が詰めよった。

「それは剣が自分で思い出して、判断、決めて、行動しないといけない事だから」

「どういうことだよっ。訳分からねぇよ」

「うん。今はそれでもいい。私に言えるのは【神ノ遊戯】に参加すればいずれ分かる時が来るって事と、参加しなければきっと剣は後悔するって事」

 確信の籠った声で望が剣に語り掛ける。

「お前は俺に【神ノ遊戯】ってのに参加して欲しいのか」

「うん」

「お前は参加しないのに」

「うん」

 答えは既に出ている。

 今しているのは確認作業。儀式のようなものだ。

「……分かった。俺は【神ノ遊戯】に参加する」

「ありがとう」

「だけど、俺は神社や神の事なんて全然知らないからなっ。その辺お前がフォローしてくれよ」

「――もちろんっ」

 最後さっぽを向きながら乱暴に言われた言葉に、驚いた表情を見せた望だったが、その顔はすぐに嬉しそうに微笑みを浮かべた。




 勝部に【神ノ遊戯】参加の意思を伝えた剣に勝部はやはり嘘くさい笑みを浮かべた。

「では、こちらをお渡しいたします」

 そう言って勝部に渡された、小さな冊子。

「コレは――御朱印帳?」

 剣でもその存在くらいは知っている。

「その通りです」

 勝部が満足そうに頷きながら、言葉を続けた。

「では改めまして、今回の『神の遊戯』について最終確認です。内容は戦闘。どちらかが戦闘不能、もしくは負けを認めるまで勝負は続きます。決着が付きましたら勝った依り代の方の御朱印帳に負けた依り代側の御朱印が浮かび上がりますのでその都度確認をお願いします。予選では予選の予選で【神ノ遊戯】への参加資格を得た神社の中から、都道府県ごとに代表を一名を選出、その後各県の代表同士が戦い、最後まで勝ち抜いた方が勝者となります。したがって、まずはこの島根県で勝ち上がって下さい。今回の参加神社は、

●出雲大社

●八重垣神社

●松江神社

●日御碕神社

●太鼓谷稲荷神社

●石見一宮物部神社

●玉若酢命神社

●由良比女神社

●玉作湯神社

●美保神社

●高津柿本神社

●梅ノ木天神

計十二社になります」

「俺でも知ってる有名神社ばかりなんだけど?」

「はい。やはり有名神社の方が実績がありますので、戦い方が分かっています。神々も見るならば楽しい方が良いという事でしょう」

 何とも俗っぽい表現だ。

「神社の救済の話は? 無名神社こそ喉から手が出るほど欲しい権利だろう」

 剣としては当然の疑問であった。特に家業に思い入れがある訳ではないが、実家が裕福になる事に越したことはない。

「ですから、アナタが参加されるのですよ。それに他にも数社無名とは言いませんが、伸びしろのある神社もあります。毎回同じもの同士が争っても面白みに欠けるでしょう」

 笑みが張り付いていた勝部の顔に初めて別の種類の笑みが浮かんだ。

「――つまり俺に台風の目になれってことか」

「そうなって頂ければ幸いです」

 剣の言葉に満足げに頷く勝部。

 剣はそれを見てやれやれと肩をすくめた。そして、先程の望との戦いを思い出す。アレか、それ以上の戦いを十一回。

「剣? どうしたの」

 隣で沈黙を守っていた望が心配そうに剣を見つめてきた。

「え、何が?」

「だって、その手……」

 謂れて、無意識に手を強く握りしめている事に気付いた。

 体も小さく震える。

 これは――武者震い。

 剣は今まで本気になれる好敵手ライバルがいなかった。それでも道元がいた為不満はなかったが、先程の望との戦いで感じた興奮、高揚感。同じレベルの好敵手と全力で戦う感覚を知ってしまった――いや、思い出したのだ。

 この感覚は、記憶ではなく、感覚身体が覚えている。

 それに伴って更なる戦いの場が目の前にある。先程望と話したように別の目的もあるが、やはりあの興奮は忘れられるものではない。

 そんな剣の様子を隣で見ながら、望は嬉しいような悲しいような何とも言えない表情で佇んでいた。

 その後、話し終えた勝部が黒い車に乗って走り去っていくのを、暫し二人で眺めていた。

「ふぁ~、帰って寝るか」

 車が見えなくなると、剣が大きく伸びをしながら欠伸をした。すでにかなりの夜更かしである。

「そうだね。じゃあ、私も帰るね」

「おお。気を付けて帰れよ」

「送ってくれないの?」

 俺とあそこまでやり合える奴が何言ってんだ?

 こんなに暗いのにっと悪戯っぽく口を尖らす望に、口にこそ出さないが、剣が一体何の企みがあるのかと疑いの視線を飛ばしたが、その後無言で歩き出した――望の家の方に。

「あ、待ってよ」

 望も慌ててその後を追いかける。

「―――ゴメン。私はたまたま剣の傍に居ただけの偽物の強者ライバルなんだよ」

 追いかける背中に望が小さく懺悔するように呟いた。いつの間にか晴れ渡った夜空に浮かぶ月光が、その瞳に光を落とす。

 剣は何も気づかない様にザクザクと新雪を踏みつけて進んで行った。


   ※


 剣と望が死闘を繰り広げ決着した同じ頃。

日本中にありとあらゆる神社。社の大小、有名無名、都会や僻地に関わらず、この度の【神ノ遊戯】参加資格ありとされた神社でも試練が行われ、終結していた。

 ある者は鳥居の上から眼下を見下し、

 ある者は口を大きく歪めて笑い、

 ある者は無表情に屍に座り、

 ある者は試案顔で夜空を見上げ、

 ある者は黒に染まり――――


 その中一つ。

 優勝候補の一角に数えられる出雲大社の境内には新年を待つ参拝客が集まっていた。

 今か今かと新年の訪れを待つ騒めきを聞きつつ、千家国彦は座に腰を据えて目の前の光景を眺めていた。

 そこは、もう一つの境内。

四人の禰宜ねぎが四方に立ち、特殊な祝詞のりとで形成された結界の中。

 

 実際に試練に挑むのは、出雲大社の宮司である父より預かった神社の関係者達。中には【神ノ遊戯】を知らない者もいた。

 その者たちが黎異物に挑み、成す術もなく襲われていくのを無感動な視線で見つめていた。

 過剰に準備をしてきたつもりであったが、試練開始十分足らずで、用意した駒の底が見えてきた。

「あれは、何なのだ?」

 倒れていく駒には目を向けず、普通の人が見れば、忌避、嫌悪、恐れといった様々な悪感情を抱き視界の端に捉える事すら困難な黎異物を注視する。

 真剣の日本刀を振りかぶり、一際大きな黒い塊に切りかかっていった者が、斬撃ごと飲み込まれ動きを止めた。

「……やはり神具でなければ倒せないのか?」

 試練の時間は年が明ける午前零時まで。時間は短い。

 ここまでかと、腰を上げようとしたそのとき、


「ッ‼ ――何⁉」


 突然空が光ったと思ったら、次の瞬間には黎異物が消滅した。

 もしもの場合に備えて待機していた、他の禰宜や権化たちが俄かに騒ぎ出した。

 国彦も素早く視線を動かし、神使にも周囲を探らせた。

「何が起きたっ」

「あの汚物はどこに消えた⁉」

「そんな事より試練は受かったのかっ?」

「誰かっ 誰かっ分かるものは居らんのか」

 周囲の喧騒の中、国彦は神使しんしの特殊な目を通して、状況を一早く捉えていた。

「皆さん落ち着いて下さい」

 大きくはないが、良く通る穏やかな声が結界内に響いた。

「し、しかし国彦様―――」

 側近の禰宜が焦りを隠せずに、口を開こうとしたが、国彦はそれを手で制した。

「どうやら、他の試練の余波により先程の黎異物は消滅したようです」

 国彦は自分が見た光景を伝えた。

「そんな……。一地方神社の候補者が我々でさえ手に負えなかったモノを倒した上に、その力が他の場所まで伝播したなど、とても信じられません」

「手に負えなかっったというのは大げさですね。兵士が弱すぎただけの事です。少なくとも僕の敵ではなかったですよ?」

「そ、それはもちろんです」

 そう言って笑顔を向けた国彦の表情に、自らの失言に気付いた禰宜の一人が慌てて訂正する。

「まあ、確かに信じ難いことではありますが事実です。相性にもあったのでしょ」

 そこまで言って国彦は虚空を見つめ、思案した。

 神使が視た神力は、自分のそれとは大きく異なるようであった。

 自分の使う神力が正道だとは、国彦自身思っていないが、それを抜きにしても先程『黎』を消滅させた神力の残滓は大気中に煌めきとして残っていた。

 強敵がいる。

 八重垣神社や太鼓谷稲荷神社など強敵になりそうなところには初めから多くの目を送っていたが、今回力を示した候補者はのノーマークに近かった。たまたま一度話し、気になったため一つの目を割り振ったのみ。

「これは、やってくれましたね、望さん」

 国彦は不敵にほほ笑みながら、未だ騒めく周囲に背を向け、結界を解除するよう伝えた。


「ふぅぅ。全てはアナタ方の思惑通りですか?」 


 他の者が去った後、一人その場に残った国彦は虚空を見つめたまま呟いた。

「いやいや、滅相も御座いません」

 するとその場にそぐわない酷く軽薄な声が響き、それと同時に暗闇から黒スーツに身を包んだ男が現れた。

「先程の試練に関しては我々も預かり知らないところです。まさか神聖な遊戯の場にあのような穢れを呼ぶなど」

 大げさに被りを振りながら、国彦の問いかけを否定する黒スーツ。その口調と常に顔に張り付いている薄ら笑いのせいで、全てが嘘っぽく聞こえるが、国彦はその言葉を信じることにした。

〝力〟を使えば真偽ははっきりするが、協力者を信じれずして、どうしてこれからの激戦を勝ち抜くことが出来るだろうか。毒を食らわば皿まで。国彦の覚悟はとうに出来ていた。

 黒スーツの仕業でないとすれば、他の介入者がいるのか? 【神ノ遊戯】? あり得ない。ここまでの介入が出来る組織など数えるほどしかない。黒スーツの組織―――神社庁を除けば、仏教系の組織か。最近動きが激しとは聞いていたが……。いや、それは利益よりも不利益が大きい。向こうとしても最後の手段のハズだ。しかし、ならば――――

「……調停者自身か?」

 自然と漏れたその呟きは、国彦の思考と共に闇の海に沈んでいった。

  

 当人それぞれ思惑はあれど、ここに予選は終結した。

 こうして、語られる事のない人と神の織りなす戦い物語が幕を開けた。

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