第63話 ジークは本気を出していないんだ

「で、アルフォンス……盗賊退治の件だが」


 俺とジークは、寮の談話室で盗賊退治について話をすることにした。

 マリー・フォン・アルシュタイン準男爵令嬢が、俺とジークの二人に頼んできたのが今回の盗賊退治。

 アルシュタイン準男爵領にヤバい盗賊が出現するらしい。

 普通なら王国の騎士団に応援を要請することになるが、騎士団を動かすには莫大な金がかかる。


 あともう一つ、騎士団に頼めない理由は、アルシュタイン準男爵家のメンツだ。

 アルシュタイン準男爵家は、冒険者から貴族に成り上がった家系。

 あまたの難関ダンジョンを攻略し、あまたの強いモンスターを屠ってきたからこそ、アルシュタイン準男爵家は貴族になれたわけだ。

 そんな冒険者の血筋を引く、アルシュタイン準男爵家が王国の騎士団に盗賊を倒せないと言って泣きつけば名誉が傷つくというわけだ。

 ――要するに、地方貴族がプライドを拗らせたせいで、俺たちは面倒事に巻き込まれたと。


「マリーから聞いた情報によると、アルシュタイン準男爵領の山奥に、盗賊のアジトがあるらしい。夜になると街に盗賊たちがやって来て、店を襲うのだと。だから俺とアルフォンスで早朝にアジトを攻撃する……だいたいそんな感じの作戦でどうだ?」


 ジークはニコリと、爽やかな笑顔で言う。


「ああ。それがいいな」

「よし! じゃあ決まりだ」


 ジークの立てた作戦は、原作通りのものだ。

 原作ではジークと仲間たちは、マリーの頼みでアルシュタイン準男爵領へ行って、山奥にある盗賊のアジトを攻撃する。

 そこで盗賊がアルシュタイン準男爵から奪った、【聖星の指輪】を取り戻すことになる。

 聖星の指輪――装備すると魔力が二倍になるチートアイテム。

 もちろん主人公のジークしか装備できない専用アイテムだ。

 このゲームのラスボス――魔王ゾロアークを倒すためには、必須のアイテムになる。

 主人公のジークが魔王ゾロアークに挑むために必要なアイテムは三つある。一つ目はこないだのダンジョン探索で見つけた【聖剣デュランダル】。二つ目は今回盗賊から取り戻すことになる【聖星の指輪】。三つ目は修学旅行イベントで手に入れる【武神の護符】。

 ……と、まあこんな感じで、原作では三つのアイテムを集めないと魔王ゾロアークには勝てない設定になっていたはずだ。


「ていうか、もうすぐ学園祭だな」


 ジークが急に話を変えてくる。

 あ、そうだった……

 ゲームのシナリオ進行的には、そろそろ学園祭イベントだ。

 ダンジョン攻略のあとに、学園祭イベントが発生する。

 攻略対象のヒロインによってルートが分かれて、発生するイベントが違う。

 まあ……最終的には一番好感度が高いヒロインと三日目のキャンプファイヤーでキスをして、それから――エロゲらしいことをする。最初のエッチシーンだ。

 ベタな展開ではあるけれど、ユーザーからの評判は良かったシーン。

 しかし……モブキャラである俺(アルフォンス)には関係ないのだが。


「学園祭……もうそんな季節か」

「アルフォンス、キミは誰と学園祭を回るんだ?」

「……誰と? うーん、そうだなあ……たぶん一人で回ると思う」

「おいおい。学園祭と言えば、一生に一度のアオハルだろ? 一人で回るのは良くない」

「そうかなあ……」


 ……とは言っても、俺は「モブ」だからな。

 関わってしまったヒロインたちと、一緒に学園祭を回るわけにはいかないし……

 モブはモブらしく、ぼっちでいるほうが安心だ。

 俺がぼっちでいれば、ゲーム本来のシナリオに影響を与えずに済むから。

 

「なあ、本当のこと言えよ。アルフォンスは誰と一緒に回るつもりだ??」


 ジークはずいっと俺に顔を近づけてくる。

 なんだか物凄い圧を感じるのだが……?


「オリヴィアか、それともレギーネか?」

「いや、別にどっちともいかないが……」

「レギーネじゃないよな? そうじゃないよな??」


 ジークは俺の肩を掴んで、グラグラ俺の身体を揺らす。


「レギーネ? いやいや、それだけはあり得ないよ」


 オリヴィアはまだしも、レギーネと学園祭を回るのは絶対にあり得ないだろう。

 たしかにレギーネは最近は少しツンツンしなくなってきたが、たぶん俺のことをまだ嫌っているのは間違いない。

 

「そっか。なら俺がレギーネを誘ってもいいよな?」


 ジークが笑顔で、俺の肩に手を置く。

 ニッコリと笑いかけるジークだが、かなり手に力が入っている。


「いいよ。別に」

「本当か? 本当にいいのか?」

「本当にいいよ。何も気にせずレギーネを誘ってくれ」


 一応レギーネは俺の婚約者ということになっているが、まあジークと学園祭を回るくらいは貴族の常識に照らしても問題はないはずだ。

 それにレギーネも、俺(アルフォンス)よりも、主人公(ジーク)に誘われたほうがいいに違いない。

 それが原作のシナリオでもあるしな。

 原作のシナリオだと、主人公のジークは、オリヴィア、レギーネ、リーセリアの攻略対象ヒロインから一人を選んで、一緒に学園祭を回る。

 そこでヒロインごとに個別のイベントがいろいろあって、最終日にエッチシーンに行く、という展開になるわけで……

 ジークがレギーネを誘えば、レギーネルートに入るわけで、原作のシナリオ通りになる。

 今までいろいろあったせいで原作のシナリオが狂っていたが、これでようやく元に戻る。

 ……うん。これでいい。本当によかった!


「ところで、アルフォンス。俺たちは一緒に盗賊退治をするわけだが」

「ああ。そうだな」

「お互いの実力を知っておく必要があると思うんだ」

「……たしかに、それもそうだな」

 ジークの言う通り、俺たちはお互いの実力について知らない。

 いや、ジークは主人公だから原作では最強のはずだ。

 だから、まあジークの実力はわかっているわけで……


「そこでだ。一度、手合わせしないか?」

「手合わせ……?」

「ああ。アルフォンスと俺で、戦ってみるんだよ」


 どうやらジークは、俺と決闘したいらしい。

 原作主人公のジークと戦うのか……

 モブのアルフォンスが主人公のジークに勝つ――そんなことはあるはずない。

 絶対に勝ってはいけない戦いだ。


「……わかった。やろう」


 ★


 俺とジークは、学園にある鍛錬場へ移動した。

 セプテリオン魔法学園には、剣と魔法の訓練をするための、鍛錬場がある。

 前世の学校で言えば、校庭のグラウンドのようなものだ。

 

「おい! ヴァリエ侯爵と……えーと、誰かが決闘するぞ!」

「本当だ……ヴァリエ侯爵の水魔法みたいなあ」

「きゃあああああああああああ……っ! ヴァリエ侯爵よ!」


 ヤバいな……

 鍛錬場の近くにいた学園生たちが俺たちに気づいたみたいで、どんどん周囲に集まってきた。

 これではかなり目立ってしまう……

 あ、そうだ! いいことを思いついた!

 ここで盛大にジークに負けてしまえばいい。

 そうすれば俺は主人公に負けたモブとして、学園のみんなに記憶される。

 俺のことなんて、みんな忘れてくれるはずだ……!

 ……よし! できるだけ無様に負けるぞっ!!


「では……これから、アルフォンス・フォン・ヴァリエ侯爵と、ジーク・マインドとの決闘を始めます」


 審判役の学園生が告げると、俺とジークは剣を抜く。

 

「こちらから行くぞ。アルフォンス……っ!」


 ジークは剣を振り上げて、俺に向かって突進してくる。

 原作ではジークはかなり剣術に自信がある。

 たしか剣聖のクレハ・ハウエルに師事して最高の剣術を身に着けたということになっていたが……

 あ……ヤバい。クレハは俺の師匠になっていた。

 ……ということは、ジークは剣術を我流で習得したことになる。

 だけど大丈夫だ。ジークには主人公補正がある。

 ジークはキャラの中で一番ステータスが高い。だからたとえ我流であったとしても強いに違いない――


 ガキンっ……っ!

 俺はジークの剣を受け止める。

 ……なんだ? 

 ジークの剣は――


「ははは。どうだアルフォンス、俺の剣は?」


 ジークはニヤリと笑みを浮かべる。

 おいおい。ジークの剣、弱すぎないか……?

 ……そうか! わかったぞっ!

 ジークは本気を出していないんだ。

 主人公であるジークのことだ。だからこの世界で一番強い。

 それに対して、アルフォンスはただのモブだ。

 原作だと、ただの雑魚キャラにすぎない。

 きっとジークは俺に、手加減してくれているんだ!


「ジーク、ありがとう。キミの優しさは受け取った」

「?? どういうことだ?」


 ジークは何のことかわからない、といったような顔をする。

 

「そうか。自分より弱い俺のために、気づかないフリをしてくれているんだな……ジーク、キミはなんていいヤツなんだ」

「……? いや、たぶん何か勘違いをしていると思うんだが……」

「なるほど。あえてわからないフリをしていると……ジーク、キミは最高だ」


 ジークは顔を青ざめながら、俺から距離を取る。

 なぜだろう……?

 俺は何かヤバいことを言ったのか?

 ジークの俺への気遣いに、感謝しただけなのだが……


「ジーク、これは決闘だ。だから、本気を出してもいいんだぞ?」

「……っ!? 何だと……っ!」


 なぜかジークがキレ始める。

 そうか。今のジークは俺に手加減をしてくれている。

 だからモブのアルフォンスを傷つけないようにするために、キレる演技をしてくれているのか。

 本当は「本気」で勝負をしていると俺に思わせるために……

 ジーク、なんてキミは紳士な人間なんだ……っ!

 さすが主人公……っ!


「……はああああああああああああああああああああああっ!」


 ジークは剣を天に向かって振り上げる。

 剣の周囲にバチバチと稲妻が発生。

 これは――雷撃斬。

 主人公専用の雷属性の剣技だ。

 まさか本気でモブキャラのアルフォンス相手に、主人公のジークが本気を出している?

 いやいや、そんなことないよな……

 だって剣に付与された魔力が、あまりにも少なすぎる。

 俺の魔力を100とするなら、今は剣に付与された魔力は1しかない。

 だから間違いなくジークは、手加減してくれている。

 ジークは主人公だ。

 間違いなくアルフォンスよりも魔力量が多い。

 きっとジークは、俺のために魔力を抑えてくれているんだ。

 決闘なのに、いろいろ気を遣わせてしまって悪いな……ジーク。


「死ねえええええええええええええええええええっ! アルフォンスっ!」

 

 まるで鬼のような形相で、俺に突撃してくるジーク。

 そこまで「本気」で戦う演技をしてくれるなんて……ジーク、本当にすごいヤツだ。

 しかし、ここまでジークが本気っぽい感じで来ると、俺も本気っぽくしないといけない。

 今はギャラリーの学園生がたくさんいる。

 ここでアルフォンスが本気を出してジークにぶつかる。その上で盛大にジークに負ければ、ちゃんと「モブ悪役」らしくなれる……っ!

 ジークの魔力がかなり多いから、俺が全力を出したところで負けるに決まっている。

 うん。絶対にそうだ。


「ジーク、行くぞっ! はあああああああああああああ……っ!」


 俺も剣に魔力を付与する。

 水属性の剣技――水龍剣。

 まあ名前は強そうなのだが、属性魔法を付与する剣技の中では最弱だ。

 もちろん、ジークの雷撃剣は最強。

 最弱な剣技しか出せない……それがモブ悪役のアルフォンス。

 どれだけ鍛えていたとしても、それが俺の実力だ。

 雑魚キャラが主人公に全力でぶつかって、無様に負けよう……!


 ガキン……っ!!


 剣が、折れた。

 俺の剣――じゃなくて、ジークの剣が……


「な、な、な……なんでだ?? 俺の剣が折れて……?!」


 ジークは折れた剣を見ながら呆然としている。

 俺も思わず、ジークの折れた剣を見つめてしまう。


「おい……水龍剣が雷撃剣に勝ったぞ……」

「水属性魔法は最弱のはず……あり得ない」

「さすがアル様……っ! すごいですわっ!」


 決闘を観ていた学園生たちがざわつく。

 それもそのはず。

 最弱属性の水属性魔法が、最強属性の雷属性魔法に勝てるわけがない。

 それに……剣の強度は魔力量に比例する。

 つまり、多くの魔力を付与された剣はかなり硬いわけだ。

 そうなると、ジークよりも俺のほうが魔力が多かったということになる……

 いやいや、いくら何でもそれはないだろう。

 ジークはこの世界の主人公だ。

 魔力のポテンシャルは全キャラの中で最強のはずなのだが。


「なぜだ……? 俺はすべての魔力を込めたはずなのに……?」


 ジークがポツリとつぶやく。


「えっ?! すべての魔力なのか?」

「あ……いや、違う違う。今のはわざとだ! ははは……!」

「そうだよな。俺の魔力がジークより強いわけないもんな」


 やっぱりジークは手加減してくれていたんだ……っ!

 たぶん魔力の調整を少し間違えて、剣を折ってしまったんだろう。


「……剣が折れてしまったから、決闘はここまでにしよう。アルフォンス……」

「そうだな。お互いの魔法も見れたことだし。ジークと戦えてよかったよ」


 俺はジークに笑いかけた後、手を差し出す。

 決闘が終わったら、握手するのがマナーだ。


「ああ……」


 ジークは気の抜けた表情で、俺と握手を交わす。

 疲れているのだろうか……?

 あ、そっか! 逆に手加減するほうが大変なんだ。

 本当に申し訳ない……!


「これからもよろしくな! ジーク!」

「ああ……」



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