2章

第51話 レギーネの様子がおかしい件

「レギーネか……何か用か?」


 午前1時――

 俺を訪ねてきたのは、レギーネだった。


「…………」


 レギーネは下を向いて、スカートの裾をぎゅっと掴んでいる。

 身体が少し、震えていた。


「どうしたんだ……?」


 俺はベッドで寝ながら、


 (なんだか様子がおかしい……)


「……なんでわかんないよ? 婚約者が夜、部屋に訪ねてきたの」

「……えっ? いや……そういうことか?」

「バカフォンス! あたしに言わせないでよ! もお!」


 顔を真っ赤にして、怒るレギーネ。


「ごめん。いきなりすぎて……でも、婚約者とは言え、俺たちはまだ結婚してない。だからそういうことは――」


 (レギーネとの結婚は、まだ先じゃ……?)


「……はあ?・はあ?・はあ? クズフォンスのくせに、なに言ってんのよ! アンタみたいなブタ野郎とスルわけないでしょ! 変態……っ! 死ね!」


 叫びまくるレギーネ。


「おいおい。みんな起きちゃうだろ。静かにしてくれ」

「ぐ……っ! クズフォンスのくせに~~……っ」


 レギーネは俺をじっと睨んで、唇を噛んだ。


 (理不尽すぎるだろ……)


「……で、俺に何の用だよ? 眠いんだから早く言ってくれ」

「何よ。その態度……もっと右に寄って」

「どういう意味だ……?」

「アンタが真ん中にいると邪魔なのよ! 早く右に寄りなさい!」


 (わけわからんな……)


 俺はレギーネに言われた通り、とりあえず身体を右に動かす。

 そうすると、ベットの左が空くわけだが……


「もっと、もっと、右に寄ってよ!」

「なんだよ……まったく……」


(もう寝たいのに、めんどくさいなあ……)


 俺はもっと身体を右に動かす。


「もっとよ! ギリギリまで……っ!」

「おいおい……」


 全然意味がわからないが、俺はベッドの右端まで身体を寄せる。

 落ちそうなぐらい、ギリギリの端っこまで動く。


 (いったい何がしたいんだよ……?)


「……右を向いて」

「は?」

「右を向いてっ!」

「はあ……はいはい。右を向いたよ」

「……絶対、絶対、絶対に、こっち向かないでね!」


 (こっちはダンジョン攻略で疲れてるのに……)


「おい。いい加減にして――」


 ボフっ!


「…………!」


 レギーネが俺の隣に寝転んだ。


「おい。レギーネ――」


 俺がレギーネのほうを向こうとすると、


「こっち向かないで……は、恥ずかしいじゃない……っ!」


 俺はレギーネに、頭を抑えられた。


 (マジで意味わからないな……)


 原作の設定では、レギーネはいわゆる「ツンデレキャラ」だ。

 つまり、普段はツンツンしているけど、主人公の前ではデレデレする女の子。

 だからレギーネは、ジークにだけデレることになる。

 しかも、デレるのはレギーネ√に入った時だけだ。

 レギーネ√以外だとツンが強いから、レギーネアンチのプレイヤーも多い。

 実際、ヒロインキャラの人気投票でも下のほうだ。

 だけど、ツンが強めな分、デレが凄まじいから、一部の熱心なファンがいて――

 とにかく、謎すぎる行動だ。


「……本当に何だよ。急に」

「別にいいじゃない。あたしたち、一応婚約者なんだし……」


 はあはあ……と、レギーネの息遣いが聞こえる。


「まあ……そうだけど」

「その嫌そうな言い方は何……?」

「普段の言動を考えるとね。唐突すぎて」

「………仕方ないじゃない。アンタがいつも、可愛い女の子たちに囲まれてるから――」

「えっ?」


 今のレギーネのセリフは、聞き覚えがある。

 レギーネ√で、エッチシーンの前に言うセリフだ。


 (ウソだろ……あり得ない……っ!)


 攻略√としては、オリヴィア√かリーセリア√に入っていると思っていた。

 アルフォンスへのレギーネの好感度は、かなり低い。

 原作のシナリオ通り、レギーネはジークのところへ行くと予想していたが、


「あたしはアルフォンスの婚約者なのよ。オリヴィア殿下とリーセリアとクレハに囲まれて、デレデレするアルフォンスがムカつくの……」

「それって嫉妬している――」


 ドンっ!


「痛い……っ!」


 レギーネが俺の背中を殴った。


「し、嫉妬してるわけないでしょ……! ダメ貴族のくせにハーレム作ってるアンタに、ムカついただけよ。か、勘違いないでよね……っ!」


 (すげえわかりやすい奴だな……)


「ハーレム作るなんて生意気すぎ。昔はデブった無能だったくせに……!」

「そんなもの作ってないって……」


 レギーネは昔のアルフォンスを知っている。

 アルフォンスの急激な変化を、受け入れられないのかも。


 (中身も別人格だしな……)


「どうしてそんな急に変わったの? 全然違う人みたい。魔法もすごく上手くなったし、剣も強くなったし、ファウスト将軍を倒しちゃうし……。まるで水の魔術師様みたいじゃない?」


 Q.どうしてアルフォンスは変わったのか?

 A.別人が「中の人」になったから。

 ――もちろん、絶対に言えない。

 言ったところで、信じてもらえるわけがない。


「…………」


 黙り込む俺。


「どうしたの? 何か言いなさいよ」

「……レギーネにふさわしい男になろうと思ったから」

「え……?」

「このままじゃダメだと思って、変わろうとしたんだよ」

「…………もしかして、あたしのためってこと?」

「うん。まあね」

「…………ず、ずるいわよ。そんな言い方」


 (咄嗟に言ってしまった……)


レギーネには悪いが「ウソ」だ。

別にレギーネのためじゃなかった。

 本当は、モブ悪役として破滅するからアルフォンスは変わったのだ。


「…………!」


 背中に、柔らかい感触が……

 レギーネが俺に、抱き着いてきた。

 控え目な胸が、背中にぎゅっと押し当たる。


「…………動いたら殺すから」


 俺の耳元でレギーネがささやく。

 ドキドキと心臓が鼓動する。


 (これじゃ完全にレギーネ√じゃないか……)


 原作のシナリオでも、ベッドの中でレギーネが抱き着くシーンがある。

 もちろん、抱き着く相手は主人公のジークだ。

 アルフォンスじゃない。

 本当なら今ごろ、アルフォンスは婚約破棄されている。

そして、辺境で野垂れ死んでいるはずで……


「ねえ……アルフォンス。あたし、言いたいことあるの」

「なんだよ……」

「…………」


 ぎゅうっと、レギーネは俺の服を掴む。


「………ううん。何でもない」


 ――ガタっ!


 ドアの向こうで、物音がした。


「何だ……?」


 俺は起き上がって、ドアのそばへ行く。


「誰かいたのか……?」


 なんとなくだが、人の気配が残っている。


「…………怖い」


 レギーネがひどくおびえている。


「レギーネ、何か知っているのか?」

「……何も知らないわよ。でも――」


 レギーネは涙目になって、


「今夜は……アルフォンスに一緒に寝てほしい」

 

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