第6話 谷生まれの肌には王国の日差しはきつい。

「スミシー侯爵家ご令嬢、メアリ・ジェーン・スミシーさま。同じくジョン・アラン・スミシー卿、御入場! 」



 記録官が、おれたちの戸籍上の名前を呼んだ。

 『召使フットマン』さんにとっては、二十年来のおなじみの名前だが、おれにとっては今日から初めて使う名前となる。


 ラッパが鳴り、腕を組んで待機していたおれたちは、歩調をあわせて王の御前に踏み入れた。


 国王は神の代弁者。であるから、場のつくりは聖堂の祭壇と似ている。祭壇の位置におわすのが、ひとりの人間だという違いがあるだけだ。



 視線を下げたまま進み、お辞儀をしてようやく壇上を見上げ――――王のおわす玉座の隣に、ひとりの女が立っていることに気付き、おれの中に緊張がはしった。


 それは、王国人のドレスを着ているミトラス人の女だ。

 限りなく淡い金の髪を、貴婦人らしい形に結っていようとも、落ちくぼんだ額の影の下にあるすみれ色の瞳も、雪を帯びた氷のように白い肌も、ひどく特徴的である。

 ミトラス国には三人の王女がいて、全員が奴隷として競りに出された。彼女はそのうちのひとり。


 ミトラス王が孫という血筋にして、十六年前に、この帝国の国王陛下の公妾として買い上げられた解放奴隷。

 ルイーズ姫こと、マダム・ルイーズと呼ばれる女である。



 ルイーズ姫には、王女時代に夫も子供もいた。

 王国崩壊で、もちろん夫は処刑され、子供も崩壊のどたばたに巻き込まれて死んだという。

 公妾の身分となってからは、王の寵愛をいいことに怠惰に暮らしているとされている。


 彼女がそこまで嫌われているという理由としては、彼女を公妾として迎えた翌年に、第一王子の御母様である当時の王妃が王宮を去った、というのが、まずひとつ。


 いまも奴隷として働いている不運な元王宮関係者や、移民となって苦労していたりする一般ミトラス人への同情が少しあるため、(もちろん奴隷解放運動なんかされたら困るけど)「元皇女として、その待遇の改善に対して働きかけてもいいくらいなのに」っていうのでふたつ。


 そして、彼女が産んだ第二王子が、どーやらこーやら、あんまり出来が良くない。放蕩息子というのはまだ言葉が優しいほうで、ぶっちゃけアホのたぐいである、というので、三つ。



 総合的に、美しい容姿を生かして社交界に出れば活躍だってできるだろうに、本来なら王妃がいるべき内宮で、女主人としての恩恵の部分享受している、と。


 そんな感じで、長年の積み重ねが、彼女を十六年かけて王宮の鼻つまみものにしている。

 場はうんざりムードが出来上がっていて、この感じだと朝から一緒にいるのだろう。



 ひそひそ、こそこそ。

 声こそ大きくないが、陰口も数があればざわめきになって響く。


(なぁああんで今日に限っているんだよぉおおお! 見ろ! まわりの顔! )


 おめでたい席なのに縁起が悪いわね~……って、聞こえてるぞ!

 謁見って政務なんだから、正式な王妃ならまだしも愛人は『お控えください』ってなるのが普通。この『お控えください』は『ライン越えるなよ? 』っていう意味だ。

 公妾の身分は、ざっくりと言ってしまえば、王のオトナな遊び相手ということ。つまり他人であり、親しいお友達。

 庶民なら友達に家業を手伝ってもらうこともあるだろうが、王の政務は、冠婚葬祭のほうに近い。しかも司祭側だ。他人が同席するものじゃあない。


 そしてこれは、偽装とはいえ結婚報告。

 一般貴族にとっちゃあ、『自分ちで主催する結婚式のほうがいくらか気が楽』まである、大切な『儀式』なのだ。

 今日おれたち以外に同じ境遇の新婚夫婦がいないことを祈ろう。あんまりにも可哀そうだ。



 わが帝国の国王陛下は、四なかばを少しすぎた初老のおじさんである。

 ちょっとお腹が出ていて、つぶらな垂れ目とつやつやした肌をしていて、ひげをたくわえていて、あまり背が高くない。

 とても優しそうな方で、じっさいに善人だとおれは思う。



 しかし、玉にきずといえる弱点がひとつ。


 惚れた女にとても弱いのである。



 お祝いの言葉を口にする国王陛下の顔だけが、いつもよりふくふくとして明るかった。




 ちなみに前述のアホの第二王子っちゅうのが、おれの長年の頭痛の種であったりする。

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