第7話 やめられるんだという希望。それがモチベーションになるんだよ。

 ちょっと耳を立てれば、「もしかして、これから王の政務に口を出してくるつもりなのでは? 」って話が流れ始めている。


 良くも悪くも無気力なマダム・ルイーズのきまぐれ。

 今日はベテランメイドの結婚より、こっちのほうが話題をさらうだろう。



「……内宮も荒れるかもな」


 『召使フットマン』さんは、呟くようにそう言って、こころなしか足を速めた。

 『召使フットマン』さんは、内宮……つまり、王とその家族の住まう宮が主戦場で仕事場だ。



「頼みましたよ」

「ああ。いつも通りの仕事をするさ。……次は王子か」


 おれは返事の代わりに、ため息を吐いた。

 今日、こんなことになる前は、王子と王で一回の謁見で済ませてほしくてたまらなかった。

 我が国の王子様……この場合はおれの『担当』である第二王子を指すのだが、かの御方は、はっきりとした言葉であらわすなら、『問題児』なのだ。


 それが仕事モードの父親といっしょなら、突拍子もないことも言わないだろうと思ったんだけど、こんなことになった以上、あの場に王子までいたら収拾がつかなかっただろうから、よかったのかも……?


 いや、総合的にはストレス増えてるな……。



「……大丈夫か? 」

「『召使フットマン』さん。覚悟してくださいよ。あのバカ王子、ぜったいとんでもないことを仕出かしますから」

「さすが。王子まわりは当主さまのほうがわかってるな」



 おれと王子には、影武者として召し上げられたこの十数年で、多少どころではない因縁がある。

 王子のいるであろう部屋。扉の前でおれは遠い目をして、薄ら笑いを浮かべた。


「だてに長年、影武者として苦労しちゃあ、いませんからね」



 生粋のミトラス人の血筋を持つおれは、『若犬』となったころから、我が国の第二王子の影武者として育てられた。

 第二王子のグレゴリー・ジェームズ王子こと、我が帝国が誇るバカアホ王子だ。


 母はあのルイーズ姫。庶子という立場だが、王は、愛する女の生んだ子に、王族としての権利と義務を与えた。

 その存在を面白く思わない人や、命に価値を見出さない人など、王子の命を狙うやからは数えきれないくらい存在する。


 もちろん、警備は厳重だ。

 戦争に強いこの国は、兵の層も厚いし、王族付きとなれば、国内有数の先鋭である。

 でも、おれたち一族が国のあちこちに潜んで仕事しているように、他国の工作員も、自国の誰かが雇った諜報員も、あちこちで仕事してるんだよ。


 王国は侵略と吸収を繰り返してきたから、めちゃくちゃ他民族が入り乱れてるし、移民も歓迎していて、潜入の難易度は高くない。敵だって多い。

 王の寵愛を受ける第二王子を暗殺したらどうなる? あの顔に似合わず好戦的で愛情深い王なら、また戦争になるだろう。


 そんな理由で、グレゴリー王子は生まれてから何度も、国内外から命を狙われてきた。


 そこで便利なのが影武者である。影武者とは、疑似餌にして肉の盾。

 おれはそのためにミトラス人孤児たちの中から選ばれた生え抜きで、下位の家柄なのに、子供のころから王城に通っている。


 もちろん影武者としてのおれは、基本的に王子専属。

 王子はいま十八歳。

 おれは二十五歳なので、おれの体のすべては、この仕事のために長年にわたって食事や運動に気を付けて調整を重ねてきた、プロフェッショナルな姿だ。


 人間の心理って面白いもので、こういうふうに献身に傾いた役割を与えられると、高確率で警護対象に愛着が湧く。

 じっさい王の影武者担当は王に心酔しているし、人格者と知られる第一王子の影武者は、最終的に志願して昼も夜もそばに控えているらしい。


 さて、おれはどうか?


 王子には、たしかに出生からしていくらかの影は差してしまっているが、それだけなら『問題児アホ』とは呼ばれないのだ。問題行動を繰り返すから問題児アホなのだ。

 そしてその泥をかぶるのは、下につく人間と決まっている。




 何度……何度……アホのかわりに愛想を振りまき、悪意を散らし、場を収めてきたことか……!

 

 毒入りと分かっていながら食べた菓子で、半月寝込んだことがあった。

 王子が木登りでつけたものと同じ傷跡をつけるために、研いだ釘を使って傷をつけたりもした。

 暗殺者を引き付けるために囮になった時は、五日ほども鼠の通り道で息を殺して生き延びたのだ。



 ――――そう、おれは、本心では、マジで影武者をやめたいと思っている!!



(当主就任の今が最後のチャンスかもしれない)


 偉い人たちの思惑なんて知ったことかいっ!


 おれの雇用主は陛下だが、実質、仕えているのはグレゴリー王子のほうだ。

 王子の進路やおれの現状など、辞めるための理論武装は完璧に近い。

 そして、おれ程度の身分じゃあ陛下と内緒話をするのは難しいが、王子とはそうではない。

 あのアホさえうまく説得できれば、おれの影武者業務は、つつがなく終わりを迎えることができる。


 【王子を丸めこみ、影武者解雇の言質を取る】

 それが、今日のおれの任務だ……ッ!



 貧乏ゆすりをしたがる膝をこらえながら、おれたちは時間になるのを待った。

 待って――――そのまま一時間、二時間……。


 まあ遅刻程度はいつものことだ。おれは丸三十八時間、立ちっぱなしで待機したことだってある。

 もちろん事前に訪問は伝えているし、約束の時間が過ぎたあたりで、侍従に頼んで王子にお伺いを立てに行ってもらっていた。

 しかしどうやら、王城のどこにも見当たらないらしい。



 ……いやな予感がするな。


 べつに待つのは苦ではないのだが、警備上、城には門が閉じられる時間というものが存在するから、頃合いを見て、ここで夜を明かすか帰るかは判断しなければならない。


 三時間半過ぎたあたりで、『召使フットマン』さんがおれに訊いた。


「経験上、どうだ? 」

「……たぶんサプライズがありますよ」


 それも、よくないサプライズが。



 明朝、夜明け前。

 

 王城に泊まったおれたちは、王子が城下町の留置場で転がっているところを発見されたという、特大の報告サプライズを受けた。


 ついにやってくれたなアホ王子!!!! 最悪だよ!!!!


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