第12話 できる諜報員は腕も足も長い。


「い、よっと! 」

 軽い掛け声とともに、ばーんと執務室の扉が開いて、おれの偽装妻があらわれた。

「あれ? ……いないのか」と執務室を見渡して首をひねっている。


「……おれはここですよ」

「おっ、当主さま! なんだよ。見てたのかよ」

「ええ、あなたが足で、鉄板入りの扉を蹴り開けるのを、すぐそこの廊下でね」


 ジトッとした目で苦笑いすると、『召使フットマン』さんは無邪気な笑顔を浮かべて、両肩を軽く揺らす。その腕には、大量の紙が抱えられていた。


「いっやー、だってよう、こうも両手が塞がってちゃあな」

「お付きの一人でもつければいいでしょ」

「ウチの部下は、ババアと小娘が多いんだよ~。こんなん持たせらんねえっての。そこに置けばいいか? 」

「空いているところにどうぞ。ではちょうどいいので、会議にしましょう」


 内宮で働く『召使フットマン』さんには、今回の件において片腕ともいえる働きをしてもらっていた。

 内宮は、王の家族が住まう場所だ。交代で従者たちが詰め、王家の方々のお世話をしている。

 そこで行われた盗難について調べるとなると、『召使フットマン』家の協力は必須だった。


「―――退職者のその後まで遡れたんですか! 」

「まあ、一部だけな。どこの誰と結婚したとか、そういう情報があるやつだけ」


 彼女が調べ上げたのは、内宮に出入りする約四百名余の人物の中で、王子の居室まで入り込むことが不可能ではない人たち。

 もちろんその大半は、従者や侍女たちとなる。

 内宮配属の従者たちは、基本的に、隣接する厩舎きゅうしゃ(と呼ばれているが、実際はバカでかい王室従業員の寮だ)に住んでいる。


 そこにいる人たちは、基本は容疑者としてリストアップできるため、まず百二名。

 うち、王子の宮が職場のやつは、二十一名。


 外からの通勤組で王子の宮付きじゃなくても、コックやメイドたちや下働きは手が足りないところにヘルプで入ったりして、日によって職場が変わることもあるため、一応これも容疑者にあがる。

 さらに追加で八十二名。

 

 あとは、第二うちの王子の家族である、陛下、第一王子殿下、マダム・ルイーズ。さらにその側近も、一応『サブ容疑者』としてコッソリとリスト入り。

 でもまあ、王家の人たちは「入ることは可能」だが、「いることに違和感がある」人たちで、訪問に記録が無いのもおかしいから、いちおう入れているだけだ。


 この二百人ほどを、さらにふるいにかけていく。


 我が家が国に根付いた諜報機関だといっても、使用人すべてを常に監視しているわけではないし、そんなことは不可能だ。

 今回のような事案で容疑者リストを作るのは、言うほど簡単なものではなかっただろうと思う。

 

 王子のおかげで盗まれた日が特定できたとはいえ、それを六日ほどでやってのけるのだから、序列一位の家の実力を感じられた。




 そうして、最終的にリストアップされた容疑者は、三人となった。



「上から、侍女、清掃担当の侍従、あと執事か。二年と経っていないから、全員現役だぜ。どうする」


「そうですね……」


「俺としちゃ、犯人特定は早くしたいもんだが、捕まえるよりは泳がせたいな」


「同意見です。このままだと、とかげの尻尾切りで肝心の本体が追えなくなりそうですから」



 そうなのだ。

 アホ王子が嵌められてもう六日だが、まだ六日なのである。

 今回の件を企んだ輩は、あれから何の動きも見せていない。

 拘留した詐欺師たちも、警吏のほうで聴取を進めているが、とくに実のある話はなく。偽造通貨の製造元については、とくに口が硬いという。


(もっと早くに口を割ると思ってたんだけどな……警吏の聴取ってそんなにぬるいのか? )


 うちなら、多種多様な拷問で口を割らせることはできるが、そうして取った証言は、公的には使いづらくなってしまうから難しい。

 今回は王子の名誉回復がひとつの目的なので、なるべく避けたいのだ。



「……あの詐欺師たちは、王子の身分を知っていて嵌めたと見るべきですよね? 」


「ああ、そうだろうな」


「では、確実にあると分かっているところから、情報を絞りにいきましょう」

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