第13話 主演、メイク、衣装、演出、全部おれ。

 人間の意思というものは、目的がなければ動かないものだ。

 古今東西、あらゆる過去の歴史を紐解けば、偽造通貨を使った犯罪の目的は、おおむね一つに収束する。

 『技術を認められたい』『誰か、あるいは集団に吠え面かかせてやりたい』『ちょっとした悪戯心で』――――。

 ようするに、『自分の存在を知らしめたい』のだ。

 悪戯は、バレなければ面白くない。

 バレるまでがセットなら、詐欺師たちの口が硬いのにも納得がいく。


 彼らにとっては、捕まることなど覚悟の上だ。それこそショーの序幕でしかない。

 彼らの後ろにいるものが笑えるよう、この悪趣味な悪戯の舞台装置にだって利用され、徹してみせる。

 だから、舞台装置ではいられなくすればいい。


 知らしめてやろう。彼らは配役を間違えたのだと。

 おれたちは髪色を変え、メイクをして、衣装で着飾り、いつも通りに踊るだけ。

 脚本通りには踊らない。

 さて、舞台を軋ませよう。



 ――――揺さぶりをかければ、ネジは緩むものだから。



「こんにちはぁ」

 冷たい地下の牢屋の個室は、足を延ばして眠れないほど狭かった。

 地下に踏み入れるだけでも、むっとした臭気がするので、ハンカチで顔を覆いながらの面会である。


 牢屋の中の男たちは、ひとりは小男でひとりは長身。それぞれ髪色は茶と黒。瞳は青とこげ茶で、報告書通りである。シャツは犯行当時のまま、着替えも無く垢じみている。

 彼らはのろのろと顔を上げ、おれの姿を見て明らかな動揺を見せた。

 ひらひらと手を振り、じっと彼を見つめる。


 そんな王子おれを、、蔑むような眼で見つめ返した。

 口を覆うハンカチは、嫌みに見える。ただ見つめるだけで、蔑まれていると思う。

 ものの数秒だ。

 おれは、すぐに背を向けて入ったばかりのドアへ戻っていく。


「もう構いませんの? 」

 おれの腕にしだれかかる、下品なほど着飾った豊満な女が……『召使フットマン』さんが、おれに尋ねる。


 おれは笑い交じりに言う。


「ああ、から」


 背後で舌打ちが聴こえた。

 

 後ろに控え、戸惑ったように、帽子の下でおれたちをこわごわ見つめる警吏官たち。

 立派な男たちが、小僧のためにドアの開閉をする姿。

 連れているのは、胸元を大きく開いた派手なドレスで、髪もろくに結っていない女。どう見ても一国の王子の相手にはふさわしくない装いだ。


 役者をそろえれば、彼らは勝手に想像する。


 背中越しに、プライドがぐらつく音がする。彼らの意思の軸が軋んでいる。

 言葉は多くなくていい。

 おれはただ『視る』。

 それだけでいい。


 ――――まだ六日。

 でも彼らにとっては、もう六日だ。

 便所の横に寝そべって眠り、日に当たらず、硬いパンと水という生活が六日。

 大丈夫だと自分では思っていても、心身に疲労は積み重なって、いろんなところが緩みだすころだろう。


 だから、見せつけてやるのだ。

 我が国が誇る第二王子が、いかに幸せそうで、無知でいるかを。

 おれはこの国で一番、バカのフリをするのがうまいのだ。



(……なるほどね)


 そして、おれにもよく視えたものがある。

 あとは、夜の報告まで結果を待つだけばかりだ。





 夜になると、ひとりの警吏官が我が家を訪れた。

 正確には、警吏官として潜り込んでいる若犬ヤングドッグのひとりだ。

 我が家の半数ほどは、こうした潜入捜査を基本として動いているため、わりとどこにでもいて、有事のさいは簡単に動かせるようになっている。

 制服のまま我が家にやってきた彼は、もう二十年ほど『潜入』しており、局内でも地位を築いてくれている大ベテランである。


 ずんぐりと固太りした体に、油で撫でつけた髪とたるんだ顔、厳しい目つきの男は机を挟んでおれの前に立つと、厳格な男の役が抜け、別人のように凡庸な雰囲気の太った男に変わった。


「おれたちが帰ったあと、彼らの反応はどうだった? 」

「相変わらず、実のある話はしておりませんね。ただ、態度はずいぶんと変わりました」

「どう変わった? 」

「御当主さまがおっしゃった通りに」

「具体的には? 」

「そうですね……苛立ちが見えました。焦りも。そして無駄なおしゃべりも」



『……あんたらも大変だな。が上にいて。高貴なお方だって? あんなやつ、ただの道楽息子じゃあないか』


「……とか、そういう言葉を、二、三言」

「二、三言? それだけ? 」

「はい。言ったあと、ため息はつきましたが、苛立ちを見せたのはその一瞬だけで。あとはダンマリです」

「わかった。……では次、気を付けていてほしいことがあるんだが――――」


 おれは彼に、新しい指令を出して送り出すと、誰も見ていないのをいいことに、椅子の上でウウンと伸びをした。

 犯人たちに実際に会ってみて、分かったことは多い。


 影武者家業のおれには王子のような記憶力は無いが、観察の目がある。



 ふたりとも、背の大小はあったが、がっちりとした体格だった。

 そしておそらく血縁はないが深い仲であり、互いを信頼しつくしている。

 それは、互いのシャツを共有しているところから伺えた。


(……小男は左利き。長身は右利き)


 小男のほうは、座っていても左肩がやや上がっている。長身のほうは、まくりあげた袖の下、右腕のほうが太かった。

 長身にはシャツをまくる癖があり、小男のシャツの袖にはその皺があったし、肩の傾きから見て左利きなのに、右にインク染みがついていた。


 彼らは互いが対等であり、双子のように仲良しだ。いっしょに暮していて、たぶん仕事も同じ。すくなくとも同種の仕事だ。そうした苦労を分かち合ってきた絆がある。

 だからシャツが混ざっても、さほど気にしない。小男は横幅があり、長身は縦幅がある。サイズじたいはそう変わらないし。

 強固な信頼があるから、取り調べでも片方が裏切るとは思っていない。

 血縁ではないが家族。幼馴染であり、もしかしたら恋愛関係かもしれない。



 彼らは今、共通の敵をもってより絆を強固にしている。その絆は、じっさいにも、他人がどうこうするには揺るぎないものだ。


 だからおれは、彼らに目的を再確認させてみた。


 通貨偽造は大罪だ。

 誰も殺さない犯罪であるのに、国は作るだけで、その人物に終身刑を与える。

 その通貨を使う人々、つまり国家そのものへの詐欺だからだ。

 それだけ大きな犯罪をするには、大きな目的意識があるという証だろう。

 そして大きな目的意識があるということは、『目的を達成したい』という欲求も強いということだ。


 古今東西、あらゆる過去の歴史を紐解けば、偽造通貨を使った犯罪その目的は、おおむね一つに収束する。

 『技術を認められたい』『誰か、あるいは集団に吠え面かかせてやりたい』『ちょっとした悪戯心で』――――。

 ようするに、『自分の存在を知らしめたい』のだ。

 悪戯は、バレなければ面白くない。


 彼らが知らしめたい相手は、王子を利用したことから、国家だろう。


 六日間。彼らは牢屋で耐えているから、精神力は疲弊している。

 欲求はただの犯罪者よりも強く、彼らをさいなむ。


 舌打ちでこちらを煽ってきたところをみると、少なくとも片方は、それほど気が長くない。

 あれは感情に任せた短絡的な行動だった。もしおれが不敬だと手打ちにしたら、どうするつもりだったのか。


 無意識に求める安心は、事態の終わりを求めて焦り出す。


(焦りは見えた。でも、思ったよりずっと余裕がある。……なぜ? )


 彼らは協力者の指示で動いている。上下関係の下のほうに位置する彼らの不満は、事態を進展させない『上』に向いているはずだ。


(忠誠心がある? いや……彼らの視点では、事態は進展している? )


 だとしたら、それをどう知るのか。



「そうか! 」


 おれは椅子から立ち上がり、玄関へ走った。玄関ホールでは、今しがた『首輪』の返却をするタイミングの警吏官の彼が、まだ留まっていた。


「警吏官を疑え」


 走ってきたおれを見て、目を丸くする男におれはもう一度言った。

「局内の警吏官に、詐欺師の共犯者がいる」

「け、警吏官を? 」

「牢屋に出入りする警吏官に絞って、やってみてくれ」



 王子の部屋から偽造銅貨が無くなったことから、おれたちは詐欺師たちに協力した容疑者を、内宮関係者に絞っていた。

 見落としていたのは、王子が偽銅貨を作った十年前の事件を知ってる、第三の人物の存在だ。

 あの事件は、我が家が揉み消した。今現在それを知るのは、その揉み消しに関わった者と、事件の当事者たちしかいない。

 

 この推理が正しいとすれば、王子にもひとつ疑惑が出てきたが、まあそれは後で詰めるとしよう。


 ――――詐欺師の味方は、思いのほか近くにいるのかもしれない。


(協力者の一人が警吏官なら? )



 そいつは牢屋の中の詐欺師たちを励まし、事態は進んでいるから辛抱しろと言う。そしていずれは助けてやれる、とも言う。

 

 だとすれば、彼らの心に、いまだ希望の灯が点いていることの説明がつくだろう。



 はたしてその推理は、明晩に証明されることとなる。問題の警吏官はさっそく詐欺師たちに牢屋での内緒話をはかったのだ。



 そしておれは、その報告を朦朧とした意識の中、ベッドの上で聴くはめになる。


 おれの人生も狂っていく音がするよ。やんなっちゃうね。

 

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