調査編

第11話 序列十位『錬金術師《アルケミスト》』コインはやっぱり融けてない。

「じゃ、あとは任せな」

「よろしくお願いします」


 笑顔で頷いて、召使フットマンさんは部屋を出て行く。内宮担当者である彼女が、王子の部屋から偽銅貨を盗んだ人物の調査にあたるのだ。


 王子からの情報は、事態を大きく前進させた。

 そのおかげで、おれには少しの余裕が生まれた。


 時間ができたらどうする?

 新婚イチャイチャタイム?

 いいえ。

 正解は、『後回しにしていた引き継ぎ業務に手を付ける。』


 身の回りを世話する人も確保したので、アパートの中身も引き払ってもらうことにした。顔見知りの『若犬ヤングドッグ』を斡旋してもらったから、安心して私物整理を任せられる。

 インテリアにこだわりはないから、当主としての部屋は寝具以外はそのまま使うことにして、さて何をするかっていえば――――とにかく読書だ。


 そう、読書。


 読むのは、長年、この家の歴代当主にしか読むことを許されていない記録や備考録。そして前当主からの、遺言書という名のマニュアルである。

 これらは、地下にある専用の隠し部屋に収納されており、持ち出しは許されないらしい。


 そのあたりの事情を汲んでか、それらは部屋に入ってすぐのテーブルに、『寝ずに読め』と、『すぐに読め』と、『ぼちぼち読め』と、『暇なら読め』の箱に振り分けて、雑多に積んであった。


 中でも、『寝ずに読め』のコーナーの一番上に置かれていたマニュアルには、新当主に向けて、一族内のパワーバランスや気を付けるべき人間関係や家庭事情から、配下には明かされていない王宮内のマル秘情報、諸外国の情勢、小麦や塩の相場予想―――――などなどが、章立てて記載してある。


 『我が一族の当主に心得などはない! 』と初っ端のページに殴り書きされてはいたのには度肝を抜かれたものの、それ以外は真面目で丁寧に推敲されたことがうかがえる内容だった。

 前当主、きっと苦労したんだろうなぁ。やはりバトルロワイヤル継承戦は、クソ慣習であるのだろう。


「何か動きがあったら呼んで」と命じて、部下からの経過報告と仮眠と食事と小用以外は、部屋にこもってひたすら頭に詰め込む作業。


 新婚の嫁は――――。

「旦那様。私のことはお気遣いなく。どうぞご存分におこもりください」だって。



 そんな感じで、とくに事態は三日動かず、四日目。


 『すぐに読め』の箱が三分の一になったあたりで、呼び出しがかかった。

 時刻は朝。それも日の出とともに。




「―――――『錬金術師アルケミスト』、参上いたしました」


 ばさばさの赤毛を縛って垂らし、そばかすのある顔に瓶底眼鏡をかけた中肉中背の人物が、うやうやしく礼を取る。この、彼だか彼女だか分からないインテリが、今代の序列十位『錬金術師アルケミスト』である。


 家門傘下においての『錬金術師アルケミスト』家の専門は、いわゆる化学分野にあたる。鉱物も、専門の中の一つ。

 彼には、偽造硬貨の分析を依頼してあった。


 『錬金術師アルケミスト』は、おれのいる机の上に、ザラッと贋金をひっくり返すと、偽金貨を一枚掲げるように掴みとっておれに見せる。

 その眼鏡の奥の目は、血走ってぎらぎらと輝いていた。


「やはり御当主さまが懸念されていたとおり、こちらの金貨、銀貨においても、正式に偽造であることが確認できました! 」

「そうか。それで、分析結果は? 」

「はい! 使用されている金属も、やはり金と銀のどちらも含まれておりません。銅や鉄、軽銀、ニッケル、真鍮などの金属を、それぞれ配合した合金となります。とくにこちらの金貨の製法は、いわゆる『偽金ぎきん』……別名『愚者の黄金』と呼ばれるもので、間違いありません! 」



 偽金ぎきん



 それは、かつてこの国でも流行りのきざしを見せた錬金術の、悪い側面を語るうえで、必ず上げられるワードである。


 古代より、学者たちが魅せられた錬金術という分野。その目的とは、最も完璧な金属である『金』を、他の金属から変換することができるという賢者の石の生成にあった。

 錬金術の研究は、土地と時代を流れながらも途切れることはなく、人々の手と頭を通り、現在へと至っている。

 目の前にいる分家としての『錬金術師アルケミスト』も、そうした先人の知識を得たうえで、この場所に立っているわけだ。しかし現実は、彼のようなまっとうな錬金術師ではない者のほうが、この世には多くあふれている。


 そして、そうした『悪い錬金術師』の代表的な手口のひとつが、この『偽金』と呼ばれる『金によく似た合金』である。

 これを金と偽り詐欺を働くものが、過去この世界に、どれほど存在したことか。



「まず、融点と色合いなどから、配合された金属の比率を探っております! これの特定は難しいですが、こうした専門知識がある人物は過去に同種の詐欺事件を起こしている可能性があるため、比率が分かれば過去の事件の押収品から犯人を特定できるかもしれません! 次に、並行して『鍛冶屋スミス』と合同で、これの型の製作者について分析を重ねております! 意匠の癖などから、国内の画家や鍛冶師、彫金職人などをあたる予定です! 」


「ではその通りに進めてくれ。調査で足りない人員は『調教師テイマー』から補充に回すので、必要人数を問い合わせるといい」


「ありがとうございます! 助かります! それでは私はまだ実験を部下に任せているので、これで失礼します! 」



 やはり退出の時も、しぐさだけは優雅といえなくもない体捌きで礼を取り、『錬金術師アルケミスト』は競歩のような速足で、おれの執務室を出て行った。

 研究室を寝床にしている実験バカという評判は、その通りのようだ。


 彼の住まいはこの屋敷の敷地内、序列七位の『鍛冶師スミス』とともに、別棟と呼ばれる離れの中にあるから、進展があれば時間が深夜帯でも報告が来ることだろう。

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