第9話 王子ー!おッ、王子ーッ!!! このっ……アホーッ!

 机の上に、銅貨、銀貨、金貨を並べる。


「これに見覚えはありますか? 」

「なんでおまえが尋問みたいなことするんだ? 」


 王子は困惑をにじませて、机の上のコインではなく、隣に立つおれのほうを見上げた。

 おれは噛んで含ませるような口調で、王子の疑問に答えてやる。


「今、殿下のことを、この国でいちばん知らなければならない人が私だからですよ。この硬貨に見覚えは? 」


 王子は、「どういう返事なら怒られないかな」って顔をして黙っている。

 おれはもう一度、硬貨をさした。


「ほんとうのことを言えば、(とりあえず今は)怒りませんから」

「……じゃあ、これは知ってる。あの……むかし僕が作った……」


 声が小さくなるのは、今はアレがまずいことだったと分かっているからだ。

 これを成長と呼べばいいのか、現在の状況をいまいち理解できていないところを嘆けばいいのか。


「では、こちらの銀貨と金貨は? 」

「そっちは普通のやつじゃないのか? 」


 おれはため息を吐いた。やれやれというふうに、大袈裟に首も振る。

 芝居がかった仕草だが、この王子には、ネガティブな感情は伝わりにくいという特性があるので、おれは感情を大袈裟に表現するようにしていた。


「ここにあるの全部、あなたがいた賭場で、代金として払われた贋金にせがねですよ。見ていませんか」

「……支払いのとき一緒にいなかったもん」


 王子は唇を尖らせている。これは、「だから僕わるくないもん」の顔だ。

 叱られることを察して、今度は免罪を主張し始めるようだ。

 いいだろう。想定内、想定内。

 

「……ふう。では、この昔作った偽銅貨。あのとき私は全部回収して処分したことを確認しています。これはちゃんと、手順を踏んで書類にも残しましたし、関係者も確かだと言っています。か・く・じ・つ・に・処分したんです。そんなものが、どこで、どうやって、こいつらの手に渡ったのかを、あきらかにしなければなりません」

「う、うむ、そうだな」

「殿下」

「…………」

「殿下。目をそらさない」

「……そ、そらしてない」

「では私の目を見て、真実を言ってください。この処分したはずの偽銅貨、どこに隠されていたのか、知っていませんか? ていうか、作った数を虚偽申告できたとしたら、あんたしかいないんですけど、記念に自分の部屋にいくらか隠してたってことないですよね? 」

「…………う! 」

「う! じゃないですよ! 目を見て言いなさい! どっちなんですか! これ出所はあんたの部屋から盗まれたやつじゃあないんですか! その反応で分かりますよ! ちゃんと説明しなさい! 」

「……ぬ、ぬぬぅ……ぬ、す、まれた? かもしれないし? そうじゃあないかもしれない? じゃん、ね? 」

「つまり、『部屋に隠してたけど、自分でも忘れたから無くなっていたとしてもいつ盗まれたかは分からないし、そもそも部屋から盗まれてないかもしれないじゃないか』と? 」


 王子はコックリと頷いた。


「確認しても、よろしいですね? 」


 王子は顎をしわしわにして、蚊の鳴くような声で「ゥン……」という。


 すでに部下は、王子の顎がしわしわになった時点で部屋を飛び出している。すぐに腕をバツにして戻ってきた。


「ほら、無かったみたいですよ」

「あっ、あったからバツなのかもしれないだろ」

「いや、無かったのバツです」

 部下から王子に訂正が入る。


「……ほんとうに、いつ無くなったか分かりませんか」

「わかんないもんは、仕っ方ないだろぉ」


 王子は開き直った。

「あのねぇ、殿下――――」


 ……そろそろ、現実を分かってもらうほか無いようだ。


 おれは、常識を口にした。


「殿下は王子様だから鷹揚に構えてるみたいですけれど、王子という身分が、ことを大事にすることだってあるんです。通貨偽造は、国家転覆の意図ありとみられてもおかしくないんですよ? つまり謀反ですよ。謀反」



 王子はキョトンとしている。


「むほん? 」


「そうです。前回の偽造通貨のときと同じ言い訳はもう通用しません。殿下はもう大人でしょ? 婚約者だっているわけですから。第一王子殿下がいなければ、この国唯一の後継者にだってなれる立場なんです。なんなら婚約者の姫君のお国と共謀したとか、あることないこと因縁つけられちゃうんですよ。そんな人が、悪人とつるんで偽造通貨をばらまいているとすれば……」


「す、すれば? 」


「そりゃあもう、平民の悪人じゃあないんですから。そんな悪い王子、いらないですよねぇー。国的には邪魔ですもん」


 アホ王子の口が、パカッと開いて、彫像のように固まった。


「まあ、最悪は処刑ですよねー。なくても幽閉……よくて廃嫡して、外遊の名目で国外追放とか、もしかしたら、悪名高い王子は死んだことにして、ただの平民として生きるほうが幸せかも」

 こんどこそ、王子は椅子から転げ落ちた。



「ほらァ。ご自分の今の立場、やっと分かりました? 」

「は、はわわわわ……っ! にゃ、にゃんとか、にゃらんのか……っ! 」

「おや、処罰を受けたいから非協力的なのかと……」

「なんとかしてほしいれす……! 」



 わあっ……! と、ついに王子は泣き出した。


 おれは腰を抜かした王子の前にしゃがみこんで、顔をのぞきこんで言う。

 王子はこれにうなずく他ないだろうと分かっている言葉を、その耳に注ぎ込む。



「いいですか殿下。これは最大のピンチです。ですので、ご協力ください」


 王子は、こくりこくりと頷いた。




「期待しておりますよ、殿下」

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