第3話 好きにできるエロい嫁? わが身に降りかかると責任感と倫理観で手が出せないんっスよ。

 うちってクソだな~ってしみじみ思う。

 もはやオフクロの味っていうか?

 建国以来二百年、継ぎ足して守り抜いた老舗の味って感じ?


 ぶっちゃけ当主権争奪バトルロワイヤルって、就任後の権力以外はあんまり旨味がない。

 有望な新人が軒並み投入されて、ほとんどが再起不能になる行事なわけだから。


 それでも分家は、権力を握ることができることを夢見て、各自この時のために人材を育てているのが基本だった。

 けれどその中でも、うちのジジイこと先代の『覆面マスクマン』みたいに、「権力なんての、おれたちにあっても面倒なだけだよね~巻き込まないでほしいんだわ」と、生き残りに舵を切るスタンスの家は、二十位以下ともなるとわりといる。理由としては単純に、後継者になるような優秀な新人を育成するのが困難だから。

 だから下位の分家には、特殊技能特化が多かったりもする。適性がなければ継承できない特殊技能の適合者を無数の子供たちの中から見出すのは、とても難しい。上位分家みたいに替えがきかず、そのまま消えるリスクを、下位分家は多めに負っている。

 うちだってそうだ。

 うちは、手段を講じるべきだった当のジジイが、手を打つ前に死んでしまった。


 しかしながら、バトルロワイヤル主催側である当主家としては、全ての分家にがんばってほしいのだ。次世代の実力を測るっていう意味もあるからね。


 そのためには、参加者たちに本気になってもらわなければならない。

 だからバトルロワイヤル勝者には、当主の地位のほかに、副賞を用意するのが慣例なのだ。

 それは、シンプルにお金だったり、利権だったり、それに準ずるお宝だったりするが、今回の副賞は次に王道。

 それは、前当主が買ってきた奴隷が生んだ美女だという。優れた花嫁。

 つまりおれは、その顔も知らない『賞品』の女性と結婚しなければならないってわけ。


 ――――何それ。古代が舞台の民話かよ?


 さて問題は、だ。

 前当主の駒として育てられているだろう彼女は、前当主であり『召使フットマン』家から、新当主へ贈りこまれた間諜とみるべき存在となる。

 だとすれば、本来ならその座を追われたかたちになる『召使フットマン』さんの、あの余裕ある態度も少し納得がいくというもの。


 そして、その花嫁のもともとの身分は奴隷。

 ……それも奴隷が生んだ奴隷でもあるから、一代目の奴隷みたいに出生の時の戸籍がないことが多い。奴隷が産んだ子供を国に報告するかどうかは、奴隷の持ち主に委ねられるから。

 出生の届けにお金はかからないとはいえ手間だし、奴隷側も、赤子を産ませて育てる許可をもらっているという身分だから、『この子に戸籍を』と願うことは少ない。

 戸籍が無いぶん、奴隷の子の身分は地につくほどにも低くみられるのが、世間一般の常識となる。


 暗黙のルールとして、殺そうが生かそうがどう扱おうと、問題ないってわけだ。

 贈り込まれた間諜を、どう扱うか……これはつまり、そういうこと。


 クソの味がする。

 だからこの家の慣例、おれ嫌いなんだよ。なんだかんだ二百年続いてる慣例だから、それなりに旨味があると実証されているのも腹が立つってもんだよな。


 さて、そしておれは、扉の前で息を吸って吐く。


(……うう。仕事のときより緊張する)

 今回、おそらくおれが一番待たせてしまったのは彼女だった。


 扉を開けると、室内は寝台の脇に置いてある蝋燭だけで、とても暗い。

 そこにいた彼女は、一目見て、昨晩から、いつおれが来てもいいように『賞品』として準備してたんだろうな~……っていうのがわかる姿だった。


 異国の踊り子だったという母を持つ彼女は、光をふくんだような金髪と、青がかった灰色の目をしている。

 寝台に座り、散らされた花の花びらをひとつひとつ毟る手を止めず、不機嫌そうな、無気力な横目でおれを見た。


 天蓋の下の影の中、花嫁のヴェールのさらに下にある顔が、ゆっくり頷くように動いて遅れて肩が上下する。淡く透ける布を重ねたドレス。投げ出したままの痩せた足をゆっくり畳みながら寝台に手を付き、お辞儀をしたしぐさから、彼女は足が悪いのだとわかった。


「顔を上げてみせて」


 隣に座ったおれの姿を薄明りの中で見た彼女の目が、静かに丸くなる。


「おれは『覆面マスクマン』って呼ばれてる。きみの花婿になる。こんな顔の男でびっくりしただろ? 」

 と、おれは白塗りの覆面を被ったままで、首を左右に振った。


「……ご病気なの? 」

 囁くような甘い声だ。歌を歌わせても、きっとうまいだろうし、実際に教養として修めていると思う。

 観察しながら会話を続ける。


「いいや。影武者をすることがあるから素顔をさらさないだけ。お化粧をして顔を変えたら、仮面を外して外にも出られるよ」

「ほんとうのお名前は? 」

「『あなた』でいいよ。プライベートで使えるような名前がないんだよね。だから呼ばれてもすぐ反応できないし」

「あら、じゃあ、あたしもそういうのがいいわ」

「うん。なんか考えよう。とりあえず『ハニー』ってどう? 」

「それはどう返すのが正解なの? あなた」

「『ハニー』って呼ばれたら『ダーリン』かな……」

「いやだわ。トロイって呼んで」

「オーケィ、トロイ」


 すごく気になっているみたいだったので、手を取って顔に導く。

 彼女は遠慮よりも好奇心で輝く目で、おそるおそる仮面の構造を目で確かめ、こめかみの留め具を外し、おれの仮面の下を見た。


「……なんだか私たち、似ているみたい」


 おれのくすんだ金髪を見て、彼女はちょっと自虐っぽく笑う。

 その笑顔があまりにも……はかなげで、美しくて、息をのんだ。

 

 一目ぼれ、だとかではなかった。

 たしかに、この薄暗い部屋の雰囲気もあるし、彼女はその価値を認められたように、ただただ美しい造形をしているから、おれみたいに擦れていなければ恋の予感に胸が高鳴ったかもしれない。

 これは甘い恋のささやきではなく、感傷からくるものだ。


 そう冷静にそう判断する頭の横で、(おれはなんで感傷的になってるんだ? )と、問いかける自分もいる。



(同じルーツを持つから? ……いや、それなら一族にはあの国の血を持ってるやつはいくらでもいるだろ)



 こういう昔話がある。


 十八年前、この国は、西に住まうある国を侵略した。

 ミトラスという。国であり、山岳の民の名だ。


 北方にルーツを持つミトラス人たちは、金髪・灰色の瞳・白蝋色の肌。女は舞踏と歌を伝え、男は槍と弓で、狩猟と遊牧を行い、谷で暮らした。

 彼らは隣接する北西の王国の属国として庇護を受けていたが、その王国でクーデターが起こり、治世者の交代とともに切り捨てられてしまったのだ。


 加護をなくした小国は、我が帝国にあっけなく陥落し、王と王太子、傍系も、大人の男は全員処刑。王妃も処刑され、女系の王族である三人の姫と、姫たちの娘ふたり、そして血族ではない配下の数百人あまりが、奴隷として競りに出された。


 我が家はそのとき、幼い子供を五十人くらい仕入れている。十八年間で数は減ったとはいえ、ミトラス人ルーツのやつは、三十人ほど在籍しているはずだ。



 おれ自身は、彼らに対して『見た目が似てるなぁ』とは思うが、彼女に対するような、感じ入るような印象は一度だって無かった。


 じいっと見つめあう。

 彼女は挑むような視線で、おれの同系色の、彼女より、ちょっとだけ緑の入った目を見ている。


 そこには怯えと、それより大きな意地と矜持プライド、そして微かな期待があり、彼女の目にうつるおれの像からは、自分の心に対しての疑問と困惑が返ってきている。


 見上げてくる彼女の、無防備にさらされた細い首と、広くあいた胸元の曲線、陰影。

 下半身の動きに制限があるせいか、顔は幼いのに、かなり体の肉付きはいい。

 肩と腰回りが発達しているのは、下半身を支えるためか。

 暗くて細部は分からないが、部屋での身の回りのことは、工夫しながら自分でやれているのかもしれない。



 ――――彼女はおそらく『はかなく』はないのだろう。


 そう理解したおれの中の感傷は、彼女への期待へと変わりつつあった。



 ――――おれは彼女に、何を期待している?



「……どうやらおれたち、仲良くなったほうがお互いのためにいいかもな」


 好奇心のまま、そう言うと、彼女は目に見えてホッとした顔をした。

 ……でも、まだ不安そうだな。それはいけないなと思ったので、対処するためにベッドから床に降りて、その白い手を取る。


 まるでお姫様と騎士みたいに。


(彼女、こういうの刺さるタイプかな。冷めるタイプかな)

 そんな打算の片隅で、

(ここ、おれのアパートより数百倍いい絨毯使ってんな)

 って現実逃避しなけりゃいけないくらい、柄にもない緊張をしていた。


 でも、それで良かったのかもしれない。緊張感が伝わったほうが、彼女もストレートに受け取りやすいだろう。


 白い手を握った力を、一段強くする。

「この身はいつ死ぬともしれません」


 彼女の眼が丸くなった。息がすこし深くなり、手の脈が早まる。

 きっと彼女からしてみたら、少し軽薄で執着が薄そうな夫のほうが、想定内のはず。

 おれはそうはなれるけど、彼女が妻なら、そうはしたくない。


 ――――さて、どう出る?


「私が生きている限り、貴女に傷ひとつつけたりはしません。貴女に臨むのは、今日から私の伴侶であり、女主人として、私の隣で尽くしてほしいということだけです」


 おれの本音は言葉のままで、他意はない。

 彼女が間諜にしろ、おれひとりでは、この家を回すことなんて不可能だ。どうしたってパートナーが必要となる。


 聞きようによって愛のささやき。

 でも彼女は照れるでもなく、自分の胸に手をあてて、真剣な顔で言った。



「もちろんでございます。この身を賭してお仕えいたしますわ」


 ――――それはまるで、彼女のほうが、叙勲する騎士かのようだった。


 うーん、なんとも責任感が強そうでありがたい返事! おれの言葉の意図への察しもいい!

 エロで迫られたら今後どう対処しようと思っていたから、この人柄は嬉しい一面だった。


「……おれも、きみと仲良くなれるように努力していくよ」


 緊張した面持ちの彼女に微笑む。彼女はこくんと頷いた。


「私も、勤勉なよい妻となれるよう、精いっぱい努力いたします。ともにお家を盛り立てていきましょう」


「期待しているよ。これからよろしく」


「よろしくお願いします」




 ……さて、初夜のあいさつはこんなもんでいいかな!


 はーっ、疲れた! ごろんと彼女の隣に横になってみたりして。

 彼女は戸惑いながらも、そっとひかえめに、膝の横にあるおれの頭の表面をなでてくれた。

 それってこう、慈母的なしぐさだけど、彼女は下から見上げるとダイナミックな迫力がある。

 具体的には、膝枕をしたら顔が見えないのでは? という疑問がふつふつと――――。


 ……気になるけど、たぶん彼女はスキンシップを急ぎすぎちゃダメなタイプだ。これについては順序を守って、いずれ確かめよう。

 この薄幸豊満美少女がおれの奥さんかぁ~。なんだかまだ実感が薄いなぁ。


「勤勉で努力家、おおいにけっこう。そういう女の人、おれ好きだよ。いっしょにがんばろうね」



 だからお願い。おれを裏切らないでね。

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