第4話 序列五位『掃除夫《クリーナー》』守銭奴はこいつにとって褒め言葉。

 花嫁とは顔合わせだけのつもりだったのに、帰ろうとすると困った顔をするから、空気を読んで明け方まで一緒のベッドでお喋りしながらごろごろした。


 おそらく、ミトラスが崩壊したあとに生まれただろう彼女は、十八歳から十六歳くらいだと思う。

 立場的には手を出してもまったく問題ないし、彼女もその覚悟はあるだろうけど、のちのちのことを思うと、今しばらくは我慢するほうが得だな~と判断。

 実を言うと、おれはまだ、自分がこの家の当主になるってことに懐疑的だから、まあ万が一ってことも考えて。

 この判断が、いいほうに転がったらいいけど。


 そもそも裸って個人情報の塊だしね。

 おれはとくに、影武者業がメインだから、おれの裸はイコール護衛対象を守るための武器っていう事情わけもある。


 そういえば、おれの影武者業務ってどうなるんだろう?

 まさか継続? まあ、今すぐ替えはきかないしなぁ……できることなら今すぐにでもやめたい仕事なんだけど。

 あのバカ王子の影武者、おれの負担がでかいんだよな。業務の域が、影武者の枠を超えて年々増えてるしさ。

 単純に仕事が増えるだけならいいんだが、責任も増えてくるのが一番困るんだ。

 『お前にしか頼めない』みたいに言われちゃうと断れない。心情的なモンじゃなくて、立場的な意味で。下位分家の運営ってつらいのよ。


 そろそろ潮時だと思うんだよな。

 王子も18歳。もうすぐ19になる。成長期で、すでにおれより身長が高い。

 おれは25で、年齢差をごまかすために体の成長を遅らせるように『調整』していた時期がある。

 解放奴隷という身分のわりに、影武者業のためにたらふく良いモン食わせて健康的に育ててもらったが、おそらくその薬が影響して、おれの身長は先代の爺さんが想定したより低めにまとまっている。

 王子はすでに海外のお姫様と婚約済みで、いまの情勢なら、結婚すれば姫様の国へ婿入りするだろう。

 ただの分家当主なら影武者として同行したかもしれないけど、当主となった今、それは現実的な進路では無くなっているってわけだ。

 

 おや? やめる理屈が整っちまったな。

 じゃあ、どうやめるかを考え――――いや。やめよう。女の子の寝顔を見ながら考えるものでもない。


 彼女の眠りが深くなったタイミングで、覆面をして部屋を出た。

 広いばかりで、あまりおもてなしの心は感じられない屋敷の廊下をいくらもいかないうちに、見覚えのある顔がおれの前にあらわれた。



「おっ、イレブンじゃん。あ、いまは『掃除夫クリーナー』か。分家当主、就任おめでとう」

「あら、そちらこそ。当主就任、おめでとうございます」

「どうもどうも」


 口元に黒い布の覆面をした、さらさらの黒髪の男が慇懃に礼を取る。


 彼は、最後に会ったときはまだ『若犬ヤングドッグ』の『十一番イレブン』と呼ばれていた。

 この『若犬ヤングドッグ』っていうのは、二十六の分家当主以外……つまり『覆面マスクマン』や『召使フットマン』といった名前がまだ無い、訓練生も含めた『名もなき部下たち』の総称だ。


 おれは十二番だったから、十三番、十四番も含めての四人でよくつるんでいたのだ。



「貴方が当主の世代に、分家の名持ちになれて良かったです」


 と、十一番改め『掃除夫クリーナー』は、柔和に目を細めた。

 十一番は、序列五位の『掃除夫クリーナー』に引き取られた。

 この家は名前の通り、現場の事後処理……とくに死体の偽装がメインの仕事となる。

 この家は候補になる『若犬ヤングドッグ』が数十人単位でいたはずなので、十一番は仲間内で一番の出世頭といっていいだろう。(もちろん、おれは除いて、だ)


「なあ、あのさ」


 おれはそんな彼の腕をつかみ、周囲を見渡す。


「……なんか情報、あるか? 」

「それは当主命令ですか? 」

「おいおいおい。寂しいこと言うなよ。正確には『まだ』当主じゃないつもりなんだぜ。友達価格でさ、ほら」


 おれは二本の指を立てた。覆面の下でにっこりして、『掃除夫クリーナー』はおれの手を取り、小指と薬指も立てさせる。


「四と半」

「四ぴったりならいいよ」

「チッ、仕方ないですね。友達価格とします」

「よっしゃ、交渉成立ぅ」


 こいつは脳筋ではないが、四人の中でいちばん金にうるさい。まあ、それも込みで信頼できる男だからいいんだけど。


「私の部屋に行きましょう。分家をもらえたから、本家に部屋もできたんです」

「よかった。おれの部屋、まだ扉を開いてもないんだよね」

「なら、お茶くらい出しましょうか」


 彼の部屋は、おれのアパートより広かった。

 アンティークで纏められた、落ち着いた色調の立派な部屋だ。

 分家もらうってすっげぇ~! と、自分の立場を棚に上げて言ってしまったほど。

 本人が言ったとおり、あまり彼のものはない……というか、もともと持ち物が少ないから、彼の私物だけが調度品の中で浮いているってかんじだ。


 たしか前任の『掃除夫クリーナー』は、物静かなヨボヨボの爺さんだった。彼が遺したのだろう品のいい調度品をそのままにしているのを見るに、新任の『掃除夫クリーナー』も、この部屋を気に入っているのだとわかる。

 前任者は茶より酒だったのか、出された器はのみの市で買ったという、おれの知っているカップだった。

 席に着くと、世間話もそこそこに、たんたんと彼は言った。



「まず、これは料金に含まない情報です。今回の当主選抜戦で、『庭師ガードナー』のところへ行った十三番が死にました」

「……そっか。あの子死んじゃったか。まだ若かったのにな」


 ちょっと落ち込む。

 十三番は、仲良し四人の中でいちばん年下。おれより六つも若かったが、向上心のある女性だった。


 今回みたいな分家バトルロワイヤルの裏では、それぞれの家の中でも、次の分家当主になるための熾烈な争いがあるものだ。

 序列が上のほうの家に引き取られると出世のチャンスはあるが、競争率も、競合相手のレベルも、死亡率も高くなる。


「十四番はいつも通り、のらりくらりと交わして生き延びてますよ。相変わらずやる気があるんだか無いんだか」

「それはよかった。あいつはそうだろうなと思ってたけど、ひとまず安心したよ。十三番が死んで落ち込んでなきゃあいいけど」

「ふん。あいつはほっといても起き上がってくる男ですよ」



(つまり今は、死ぬほど落ち込んでるんだなぁ)


 と、おれは覆面の下で苦笑いする。この感じなら、すでに彼は十四番を見舞ったあとなんだろう。

 なら、だいじょうぶだ。




「時間を見つけて顔を見に行くよ。……それで? 料金有りの情報のほうは? 」

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