暗躍貴族の当主になったので、ポンコツ王子の影武者業務は引退したい。

陸一 じゅん

case1.偽金の金貨

発端編

第1話 仁義なきバトルロワイヤルで全員やられたらしい。(俺以外)

 出張先から帰ったら、実家の当主に内定していた。


 いや。

 正確には、海外出張から帰ったら『おまえ〇日付けで当主になったから、本家に引き継ぎに来なさいね』という内容の文書が実家から届いていた。


 何を言っているのかわからねーと思うが、当事者のおれにも何が起こったのかわからなかった―――。


 最初から説明しよう。


 わが実家は、この王国と呼ばれる大国において、特殊な立ち位置にある貴族だ。

 表向きは高位貴族一門だが、国の暗部を担当している諜報機関という、裏の一面がある。

 一族と言っても、主導する本家とされる侯爵家に、配下として序列された二十六の分家がある。

 おれはその中でも下の下に位置していた。


 我が一族は、極端な実力社会だ。

 本家当主が死ぬと、これら分家がそれぞれ後継者を選出し、当主候補とするという悪しき慣例がある。

 これにより、配下の分家たちは新世代において下剋上が許されるわけだ。


 そしてここまで言って分かるとおり、この悪しき慣例……仁義なきバトルロワイヤルが、先日行われた。


 その結果。全員が、死んだか、もしくは再起不能になったらしい。


 全滅したのである。

 そう。出張中だったおれ以外の。

 当主候補の分家後継者たちが。

 全員。



(フッツ~さぁ! その場にいない人は数えたりしないモンじゃアねェーのォ!? )



 権力者の死から始まる、最悪バトルロワイヤル。他家では舌なめずりして喜んでいるやつらが大半だったらしいが、おれに限っては、バッドニュースでしかなかった。


 我が家は、当主だったじいさんがこの前死んでしまい、妹分はすでに他家への縁組で家を出た。

 そんな形で、おれは繰り上げで跡取りになったばかりだ。

 だから、二十六家の中で、我が家だけが、分家の主と後継者役を担っていたのである。

 こんな木っ端の下位分家でも、おれにも継承してきた技術とプライドがある。だもんで、このくだらんと心底思っている『慣例』なんかで、死ぬわけにはいかなかった。


 そこでおれはどうしたか。考えうるかぎり合法的な手段を取って逃亡したのである。

 つまり、『お仕事』という言い訳で。



 一か月半近く、外国であくせく働くことを選んだのは、ほとぼりが冷めることを願ってのことだったのに……。


 結果がこんなのって、マジで




 さて、もしおれが当主になった場合の問題点を整理しよう。


 一族での『格』は、どんな仕事をしてきたかで決まる。

 おれの仕事内容で、一番華やかなものといったら、とある貴人の影武者。

 あっちが死ぬのが先か、こっちが身代わりになって死ぬのが先かっていうもの。

 訓練は難しいうえ、捨て駒になるために生きてるようなもんだし、モチベーションもアガらない。

 言葉で言うのは簡単だが、ようするに、地味で地道で自慢にできないの『3G業務』である。


 こんなおれが当主になって、他家はどう思うだろう?


 わが一族は脳筋バカしかいなので、実力がない当主はすぐに下剋上されてしまう。

 歴史を見ても不戦で繰り上げなんて、他家が認めるはずもなく、おれには雪崩れこんでやってくるであろう歴戦錬磨の暗殺者たちを迎え撃つような、実力も手立てもない。おれの当主生活は三日天下にもならないだろう。



(おれの命も明日までかぁ。たった二十五年の短い人生だった……)



 なんなら、国に入った時点で殺されていてもおかしくない。こうして静かに手紙を読んでいることすら奇跡的なくらいだが……。

 ――――はて。


(……おかしいな。なぜ殺されてない? )


 おれの動向を掴むのは難しくない。

 今日は夜道の帰路もひとりだったし、裏口も使わず、堂々と玄関から帰宅した。

 いくらでもチャンスはあったはずだ。


 ラッキー! なんて考えるやつは、諜報員失格。おれは暗殺者としてはイマイチな戦歴だけれど、諜報員としてなら、わりあいイイ勘をしている……はずだ。


 そもそも、不戦で当主にされたっていうのもおかしい。そんなこと、いままでに無かったはずだ。

 そこで考えられること。

 たぶんおれは、時間稼ぎに使われている、ということ。


 何のかって? それこそ分かりゃしないが、『当主の席を空白にするのはマズい』のは、おれにだって分かる。

 指揮系統が統一されていないと、誰かが必ずやらかすに決まってる。プライドが高くて自信過剰で癖が強いのが、わが一族の特徴だからだ。



(こりゃあ、偉い人たちに、なんか思惑がある……ん、だろうなぁ……)


 そして、時間稼ぎが終わり、時が来て用済みなれば、おれは消されることだろう。

 次の当主の選別は、その死をもって始まるから、後継者を喪って各家が疲弊したこの状況でおれが死ねば、ほぼ自動的に、余力のあるだろう高位の大きな家の候補者が勝つことになる。

 そう、おれを殺せば、手放した権力が戻ってくるのだ。

 そしておれは、いつでも殺せる人材である。


 ――――そこまで疲れた体で結論をつけて、おれは開き直ることにした。ハイになったともいう。


 だったらもう今夜は殺されないと思うべきだし、垢まみれのまま不貞寝したら、明晩の自分がいや~な気持になるだろう。せっかく久々に自分の寝床で眠れるのだ。棺桶に入るとしたって、身ぎれいなほうがいい。


(そうだ、お風呂に入ろう。ちょっと手間だが湯船にアツアツのお湯を溜めて、とっておきの石鹸も使ってさ)


 そして夕方まで寝坊するのだ。

 せめて寝てる間に殺してくれたらいいな、なんてお祈りもしよう。

 ぶじに目が覚めたら……それこそラッキーだ。

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