第12話
「見るからに来たばっかりと言った様子よの、若いの」
古そうな片手直剣を右手に、腰の曲がった老いぼれが、遠くの空を見つめながら言う。
「え・・・あ・・・」
果たして出た言葉は、あなたは誰ですか、ではなく、いつからここに、でもなく。腰を抜かして、ただ狼狽しているだけだった。
「・・・。随分湿気とるな。なあに、何とかなるさ。そう、言うておるわ」
剣の柄を眼前に持ってきたかと思えば、またすぐに右手を振り下ろした。
・・・何を、言っているんだ、このおじいさんは。
「そろそろ他の輩も到着するだろうから、お前は端の方で見とれ。どうやらお前はまだ、死んではいけないようだしの。全く、うらやましいったらないよ」
だめだ、ずっと取り留めが無くて何を言っているのかさっぱり分からないんだ。それに、どこか俺を知っているような口ぶりなのも気になって仕方がない。
「・・・なあ、さっきから何を」
「来たな」
何を言っているんだ、と問う間も無く、そのおじいさんの眉間に皺が寄った。
続いて、ドドド・・・と、何やら数多の足音が地面に響き渡る。
こちらへ向かう足音の方を見やると、馬・・・のようで馬ではない生物に乗った集団が、ある程度小隊に分かれて駆け寄っている。
性別や着ている服装などもまばらで、皆一様に自信のあるような顔つきをしている。
何というか。とても・・・。
「うらやましいかね、少年」
「え?」
初めてこのおじいさんと目が合った。
横目でこちらに目をやったかと思えば、またすぐに明後日の方を向いて、続ける。
「死地なのに、まるで呆けた面構えをしていたもんでな。でも、あいにくだが、あやつらの殆どがここに骨を
淡々と、無感動に言いのけた。
「それほどまでに、今度の敵は絶大なんだがな。偉いのも連中も。みんな阿呆しかおらんのだ。奴の力を見誤って仕方がない」
見据えるその目は、静かに怒っているように見えた。いや、怒っているのだろう。
「だから、勝てぬと言うんだ」
その言葉には、息を吞むほどに重みがあった。凄みがあった。
一体、何を見てきたらここまでの力強さが生まれるのか。
「端の方で見ていろ、少年。そうして、目に、心に刻んでおくとよい」
そう言って、彼は蒐集した武装軍団のもとに自然な足取りで向かっていった。
その背中はまるで話すな聞くな、と言っているようだった。
* *
老いぼれはがやがやと忙しない若い衆と何やら話している。
蚊帳の外のまま進んだ話を、ただ遠くから一人眺めているだけ。けれど、彼らに混ざろうとは思わなかった。
あまりにも、俺と彼らとでは壁が厚すぎるように見えたから。
とてもじゃないが、入ってなんていけない。そんな立場じゃないことくらいは、言葉を介さずとも伝わる。住む世界が違うんだと。
血の滲んだ左手を見る。
弱そうな拳だ。
この手でできることを考えて、出た結論がこれだった。再三言おう。情けない。
・・・風が強くなってきた。明け方の暖かみのある空も、どこか不安定に映る。
遠くから見やる戦士たちの面持ちも風貌も、堅苦しく映った。
そうして東の空に、黒い影が落ちるのだ。
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