第16話
さらに進んで、湖が見えなくなった頃。
「そう言えば・・・セラ。お前、良いとこの出だよな」
植生する木々は天高く、日の光をまま遮る程には深くなった森を進む最中、ガルラが何の前触れもなく、そんなことを言い始める。
さわさわ・・・と、木々の揺る音。ざっざっ・・・と、歩む靴底の擦る音。そして、彼のガラガラとした喉の奥から鳴るような声。それらが、妙な雰囲気なのだ。
「・・・そんな事、話した覚えはないんだけど」
眉を顰め、その足を止めた。
「まあ、聞いてねえからな。聞く必要もないだろう。なあ?」
気が付けば、パーティメンバーであろう他の冒険者が、セラを囲むような形で広がっていた。
「・・・。そろそろ養蜂場につく頃だと思ってたのだけど。もう少し掛かりそう?」
流石にこの状況を理解していない訳ではないのだろうけれど、まるでとぼけたようにそう聞いてみるようだ。
「けっ。未だにそんな話を信じてたのか。依頼も養蜂場も嘘だ。そんなものはどこにもない」
「・・・まあ、そうでしょうね。それじゃあ、目的を聞いてもいいかしら。こんな人気のない森に連れ出して。体目当てかしら。輪姦でもするつもり?」
これは・・・強がりだ。口ではまるで動じていないように振舞っているものの、傾げた顔につくようにして握った拳が、微かに震えている。
「まあ、それもいいが、そんなガキみたいな理由でこんな所まで連れ出すほど俺だって暇じゃあねえんだ。お前もちっとは気が付き始めてんだろうが」
セラの甘いからかいが鼻についたのだろう。ガルラの語気が僅か強くなる。
「・・・これのことかしら」
そう言って、胸元から大きめの家紋のような刻印のされたペンダントをつまみ上げた。
「それは、セレスティ家の紋章だ。ウラウノスに住んでる人間で名前を聞いたことがないヤツはいないだろう。そんな大貴族の家紋をぶら下げてるお前は一体何者だ?」
セレスティ家。
ウラウノス地方全域を直轄する、紛れもない大貴族。
古くは交易都市ノクターンに商社を置く、一商人の家系だった。
先々代が築いた、行商の物流を効率化させるための交通網の整備や、海に面している利点を生かした海路での輸出入の導入で、一気にノクターンを繁栄に導いた商業の父。
今や一地方を担うまでの政治的地位を確立させている、スーパーエリート家系である。
「それを説明したら、おうちに返してくれるのかしら?」
恐怖が苛んだ心をごまかすように、不敵に笑って見せるセラ。
「そうはいかねえな。大人しく縄に縛られてくれ、セラ」
パーティメンバーの一人が背負っていたリュックから、何やら麻縄と頭陀袋を取り出し言う。
「はあ・・・」
溜息と言うにはあまりに強張っているが、されどそれに近いような、温かい息を漏らすセラ。
そうして、腰から提げた
「こういう振る舞いは得意ではないのだけど。けれど、大人しく捕まってあげるほどお利口さんじゃないから」
「ふん。それもそうだ。だがまあ、これは忠告だが、やめておいた方がいい。こう見えてこいつらは四級。そして俺は二級冒険者だ。多勢に無勢なのは見てわかるだろう」
「そう。でも、私が無勢と思ってると痛い目見るわ。そんな簡単にやられてあげるほど、私は優しくないから」
「・・・そうか。できるだけ傷つけないように捕えようと思ってたんだがな。セラ。お前もその気なら・・・」
そう言ったガルラの周りの景色が歪み始める。
「仕方ねえ、よなァ」
不気味に光ったガルラの得物が、戦闘の合図となった。
凡《なみ》の継承者《アウグストゥス》 ゆずりは @0yuzuriha0
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