第3話

 酷く耳鳴りがする。

 視線が揺らいで、冷や汗が頬を伝った。


「・・・美里。大丈夫か」


 くっと生唾を飲み、やや震える手でこぶしを描いた。


「・・・っ!美里!」


 気が付けば地面にへたり込み、呼気を荒くしていた。

 胸のあたりを握るようにしてきつく抑え、肩を揺らしあえいでいる。


「大丈夫か、どこか苦しいか?」


 後ろから抱くようにして、背を預けさせる。

 一人で自立しているより幾分かは楽だろう。


「・・・っ」


 未だ荒く細かい呼気の中、虚ろな目で俺の腕を自分の胸に寄せ、力なく抱きしめる妹。普段には見ぬ妹の在り様が、とても儚く映った。


「しっかりしろ美里。兄ちゃんが付いてるから。大丈夫だから、大丈夫」


 まるで自分に言い聞かせているようだった。

 妹の様子があまりにもおかしい所為で、自分が如何に冷静に見えても、実情はそうではない。俺かて混乱しているし、さっきから嫌に頭が重い。くらくらとするんだ。


「・・・」

「美里?」


 依然苦しそうな表情は変わらないが、やがて息遣いも静かに、そのまま眠りについた。

 気絶と言うにはとてもじゃないが導入が自然すぎたのだ。



 今一度辺りを見回す。


 ・・・どこまで行っても草原・・・のように見える。


「ほんと何処なんだよここは・・・っ」


 それでも、ここで立ち竦むのが一番愚かなのだと、考えずとも理解していた。


「ごめんな美里、一旦抱っこするぞ」


 何とはなしに、引き抜こうとする腕を、離したがらない気がした。

 普段なら、触りたがりもしない癖に。


 どこに向かえばいいのか。皆目見当もつかないが、ただまっすぐ、愚直に進んでみよう。

 今は、それしか思いつかないから。


「よいしょ・・・っ、あれ、やばっ」


 思い通りに体が動かない。足元がふらつき、まともに立てすらしない。

 ああくそ、なんだって言うんだ。


 頭が重い。痛い、くらくらする。


「はあ・・・はあ・・・っ」


 息も・・・苦しい、ダメだ。立っていられない。

 動悸もする。耳鳴りも・・・違う、うるさい。鼓動だ。


「はあっ、はっ。はっはっはっはっ」


 気が付けば地面にへたり込み、呼気を荒くしていた。

 胸のあたりを握るようにしてきつく抑え、肩を揺らし喘いでいる。


 ・・・あれ、どっかで・・・?


 掠れゆく意識の中、どうもできなくて、心細くて、寂しくて。視界に映る誰かの腕を、抱いていたかった。

 自分の一番暖かいところに、抱えておきたかった。



 そこで、山城城の意識は、完全に途絶えた。



*    *    /    *    *



 ・・・心地がいい。


 最初に感じたのは、それだった。

 えもいわれぬ浮遊感、というのだろうか。一番安らぐところに、すっぽりと納まったかのような安心感。


 そうか、ここが――――


「天国じゃないよ?」


「・・・は?」

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