第4話

 ――――酷い話だ。

 さっきまで感じていた幸福感、高揚感はその瞬間息をひそめ、程よい運動の直後のように、意識ははっきりと覚醒していた。


 それはもう、不気味なくらいに。


「おはよう。ゆっくり眠れたかい?・・・うーん、とてもそんな感じではないねえ。なんというか、悲壮感?に満ち満ちているよ、君」


 ・・・静かだ。

 辺りは光に溢れ、浮世離れした空間に、ぽつんと取り残されているような図。

 なのに心地いい。まるで生まれてからずっとそうだったみたいな。

 そんな中発せられる陽気な声が、なんとも絶妙な空気感なのだ。


「ここは・・・どこなんだ?」

「おや、最初の質問がそれでいいのかい?」

「・・・いいから教えてくれ」


 姿すら見えない不気味な奴ではあるが、たったこれだけのやり取りで、なんとなく頼っていいような気がした。ただの直感だ。


「うーん、難しいねえ。結論から言うと、”座標”はずっと同じところにいるよ。つまり、動いてないよ」

「?どういうことだ?」

「少し難しい表現だったからね。仕方ないよ。今、君がいると思っている場所はただの精神さ。だからこの空間は君の思い通り、いかようにもなれる。そんな場所だよ」

「・・・よくわかんないな」


 この声も脳に響くような感じで気味が悪い。


「・・・お前は誰だ?」

「そうそう!それだよね、最初に聞くべきはさ!・・・僕はね、神様なんだ」

「・・・そうか」

「あ、あれえ、そんな感じ?もっとこう、『か、神様ぁ!?』とか、『けっ、下らねえ!』とか『そんなもの信じられるか!』とか、そういうのじゃないのかい?」


 もっともだな。けれど


「なんというか、そうなんだろうなって思ったんだ。・・・本当は違うのか?」

「い、いやいや!本当の神さ!信じてくれるならそれに越したことはないさ」


* *


「さて、それじゃあ本題に入ろうか」


 声音も声色もさほど変わってはいないけれど、空気が変わったような気がした。


「君は今、訳あって元居た場所ではないところにいる。君たちが俗に言う異世界ってやつだね。君はそこに転移させられた」

「何のために?」

「まあ焦らないで聞いてくれよ。異世界、と言っても、完全に違う場所へ飛ばされたという訳ではないよ。世界線にズレが生じてしまっただけさ。だから、結論から言うと、君は転移前も転移後も、ずっと同じ場所にいる。まあ、座標以外は何もかも変わっているから、君には到底同じとは思えないだろうけれど」


 脳ではある程度理解は出来る。・・・が、どうも感情が付いてこない。

 いきなりそんな事を言われて、なるほどそう言う事かって腑に落ちるヤツがいるなら是非とも代わってほしい。


「その、座標ってのはつまり、俺の今いる場所は地球の元居た場所と位置を共有しているけれど、それ以外の情報がすべて別に置き換わった・・・みたいな。だめだ、言葉じゃうまくまとまらねえ」

「そうかい?とてもいい説明だと思ったよ?補足するなら、絵で言うレイヤー違いってところさ」

「・・・わかりやすいな」



「・・・じゃあ、俺はこの世界で何をすればいいんだ?どうしてここに連れてこられたんだ」

「うぅん、それも答えるにはかなり複雑だねえ。実のところ、この世界に連れてきたのは、僕じゃないんだ」

「じゃあだれだって言うんだ」

「・・・悪神さ。そして、僕が君の前に現れた理由でもある」


 少し身構えた。

 精神世界で身構えるっていうのは、少し不格好ではあるが。

 そういう体現しがたい心構えを少しと、続く言葉に意識を傾けた。


「悪神を、倒して欲しいんだ」



「悪神?」

「そう、悪神。その悪神の手によって、彼の地に魔物が発生するようになったんだ。もう数百年も前の話さ」

「そんな数百年も前からある厄災をなんで今更解決しようだなんて考えたんだよ」

「今更ってこともないさ。過去にも何百人とこの世界にやってきているしね」

「それでも俺に頼んでくるってことは・・・。・・・うん、わかるよ、分かったよ。でも、俺だって同じことじゃないか?ただの一般人だ。そんな俺にどうこうできるとは到底思えない」

「それはそうだね、その通りだ!・・・だから、僕がいるんだ。僕が君に、力を授けるよ。僕の知る限り、”最強”の力を」

「最強・・・?」

「そうさ。君次第で、どんな姿にだって変えられる。そんな力さ」


 本音を言うと、少し憧れていた。こういう物語を。

 なんの才も無い少年が、ひょんなことから異世界へやってきて、とてつもない力と共に冒険をしていくような、そんな物語を。

 人間なら誰しも似たような妄想を、想像をしたはずだ。


「・・・俺にもできる、かな」


 だから、このもどかしいような胸の高鳴りだって、冗談じゃない。


「君には、”努力”をあげる。僕が思いつく中で、最っ強さ!」

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