第10話

「こんなのが当たってたら、確実に死んでたな」


 言いながら、俺はド派手に穴の空いた鞄を見ていた。

 怪我をした左手は、一旦破ったノートで止血している。当然、包帯なんてものを持ち歩いている訳もない。贅沢は言えない。

 一瞬服を破って包帯代わり、なんてことも考えたが、すぐに浅はかだと理解してやめた。

 やり方も縛り方も分からないし、多分、着てた方が結果的に防御力が高そうだったのだ。

 ・・・それよりも、だ。


「あったのかよ・・・」


 バッグの中に飲みかけのお茶と、いつのかわからないウエハース2個、いつのかわからないカロリーメイトが入っていた。

 運よくお茶は端にあり、食べ物類もサイドポケットに入っていたため、無事だったようだ。


「お茶は慎重に飲むとして、カロリーメイトは食ってもいいよな」


 体がこんな調子なものだから、感覚が狂うのだけど、事実として1日は何も口にしていないのだ。今はアドレナリンやなんやかんやで何とかなっているのかもしれないけれど、無理は禁物だ。余裕のある時に食べていて悪いということはないだろう。


「うーん、まあ、うまい・・・か」


 パサつく口の中を軽くお茶で流しながら、考える。

 こんなに休みもせずに歩き続けて、出会ったのは人を襲う習性のある生物のみで、未だ人工物には在りつけていない。

 さらに、どうやら今まではたまたま魔物とやらに出くわしていなかっただけで、見回すとちらほらそれらしき影があるのだ。

 依然として風景は草原が広がってはいるが、ある程度地面に起伏があり、なだらかに高低差がついている。ちょっとした丘の連続だ。

 本当ならどこか休めそうな所を探して、一眠り・・・なんてことを考えてもおかしくない程度には体力も精神も摩耗しているはずだ。

 けれど。


「なーんか、あんまり疲れてねえんだよなー・・・」


 数時間前に疲労や空腹感を感じて以降、その感を超えるような波が来ていない。なんなら、少しずつ回復していっているような気さえ起きる。

 慣れない場所で、緊張しているということも充分寄与していそうではあるけれど。


「まるで屈強だよな。今の俺」


 特に精神面が。


「でも、ちょうどいいな。まだ腰を据えて休めるような所も無いし、人にも建物にも出くわしてないんだ。今のうちに進めるだけ進んでおくか」



* *



「これも一応、武器には使えそうか・・・?」


 カロリーメイトを食べ終え、せっかくだからと今一度持ち物をあらためている。

 ざっと漁った感じ、使えそうなものはある程度あった。

 ペン系一式、鉄製の15センチ定規、刃先の丸いコンパクトなはさみ、瞬間接着剤、ジャージ(上)に付いてたであろう紐、表紙が堅いタイプの参考書。

 ・・・かなり微妙なラインナップではあるが、気休めにはなりそうだ。


「はさみで刺したりはできなそうだな・・・」


 あのちっちゃいトリケラトプス・・・チビトプスとでもしておこうか。チビトプスの皮膚はゾウやカバなんかに近い印象を受けた。しっかりと分厚そうで、堅そうだ。

 だから、きっとはさみで切りつけたり、定規で傷つけたりは難しい。


「シャーペンの方がまだ致命傷とまではいかなくても、刺さってくれそうだ」


 あくまでも万が一、の話だけれど。

 どうしても戦闘が避けられないときの最終手段だ。基本は敵を見つけても迂回。


 ・・・の、はずだったのだが。



「どう考えてもおかしい」


 歩き始めて30分も経たずに、まるでデジャブのような流れでまた、チビトプスと睨み合っていた。

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