第14話

「お嬢さんや、そんな難しい顔をしてどうなされたんだい。ここらでは見ない顔だね、道にでも迷ったのかい」


 まるで見物かに視線を集める少女に、助け舟の如く古物商の傍らから人のさそうなおじいさんがその少女に尋ねる。


「あら、こんにちはおじいさん。道に迷った訳じゃないわ。人を探してるの。そうね・・・名前は知らないのだけど、最近、二級冒険者になった方だって聞いたわ。心当たりある?」


 この少女、礼儀正しく、且つ堂々としているようだ。酒場の扉を勢いよく開ける辺りからもさもありなん。町ゆく人々の視線も特に気に留めないのはそれが所以か。


「そうかい、人探しかい。生憎、見ての通り商いしかしていなくてね。冒険者のことについては詳しくないんだ。でも、街の中央広場の北側に、冒険者稼業や萬屋稼業の掲示板がある。そこに行くといい。そこは冒険者がよく集まる場所だから、お目当ての人物にも出会えるかもしれないよ」


 物腰の柔らかい言葉遣いで、目皺を綻ばせるおじいさんとは対照的に、さらに少女はうーんと眉間に皺を寄せながら悩んでいるようだ。


「そう、よね・・・。はあ、行くしかないかあ~。・・・うん、そうね、ありがとう、おじいさん!助かったわ」


 何かを観念したように、一変して笑顔の少女。どうやら何かを懸念していたようだが。



*  *


 三度言おう。彼女は優れた容姿である。

 華奢な体躯で頭身は秀麗。醸す愁いを帯びる雰囲気もまた惹くのだ。後ろに結う二束の桃色の艶髪が、彼女をやや幼く魅せる。

 少女と銘打ってはいるものの、この世界では既に成人と言って遜色ない程の年端である。

 そして彼女自身も冒険者やそれに属しているのだろう。身に着けている装備が商い人のそれとはあまりに異なるのだ。

 俗に言うレオタードアーマーに露出は少ないチェストプレート。コイルは垂れの短い草摺くさずりに幅の広い脇楯わいだてそなえている。レギンスは膝下から軽微に。

 そう・・・もっと端的に、分かりやすく言おう。


 まあまあえっちいのである。


 彼女はそれをなんとも思っていないような、当たり前のような顔をして着ているのだ。


 えっちいのである。


「おっ。姉ちゃん一人?こんなとこに来るってことは冒険者だよな。なあ、俺たちのパーティに――――」

「そこのお前、見ねえ顔だな。この町に来たばかりって様子だな。どれ、俺たちのパーティで――――」

「な、なあ。実際のところ、幾らでヤれる?お、俺さあ、結構優しくできる方だと思うんだけど――――」


「・・・はあ~」


 その結果、当然こうなる訳で。


「これだから来たくなかったのよね掲示板ここ・・・」


 溜息交じりに小さく呟く彼女。女で且つ容姿に優れている者の、ある程度は宿命だが。

 こればっかりは、彼女にも原因の発端はあるだろう。


「申し訳ないけれど、あなたたちと冒険に出る予定は今のところないの。特にそこのお前。私を売春婦か何かと勘違いしているようだけれど、次同じようなこと言ったらぼこぼこにするわ」


 しかし彼女は腰に手を置き、堂々としているのだ。あまりに堂々としているのだ。

 自分の格好に疑問を抱いたことはないのだろうか。


「そうかい。じゃあこんな辺鄙へんぴな場所に、何の用があって来たんだ?」


 ガタイのいい、気位の高そうな隻眼の男が、近くの飲み屋の外席から立ちあがり言う。

 その風貌に、警戒心を強めたようにやや眉をひくつかせる少女。


「・・・ここに最近、二級を修めた冒険者がいるって聞いて来たのだけれど。いるかしら」


 それでも彼女は堂々とするのだ。物凄い胆力である。

 それと同時に、やはり彼らの顔色が途端に曇るのだ。あの酒場の彼らと同じように。肩を竦めてみたり、ダメだな、と両手でジェスチャーしてみたり。


「まあ・・・やめとけよあんた」


 と、また違う男。


「あいつはやめた方がいい。あいつはギルドのノルマをクリアしたらずっと引き――――」


 親切心なのだろうか。何かを教えようとしてくれた男に対し、隻眼の男が口・・・と言うより、顔を鷲掴みしたと思ったら。


「少し静かに出来るか?あんちゃん。今は俺が話していただろ?」


 そのまま掲示板に頭を押し付けるようにして迫る。

 数枚、依頼の紙がひらひらと落ちる。

 親切な男は、鬱血した顔を必死にコクコクと縦にした。


「なあ、姉ちゃん。そいつのことならある程度知っているぞ。・・・と言うか、同じパーティだったこともあるからな。だから、俺が知っている情報でよければ教えてやってもいい」


 隻眼の男は高慢に言う。


「そう。・・・放してあげたら?」


 少女は腕を組み直して言う。

 隻眼の男は少し考えた顔をしたのち、ああ、と鷲掴みしたままだった男を離した。


「じゃあ、教えてくれる?」


 その言葉に、隻眼の男は嫌にニィ・・・と笑い、続ける。


「ああ、勿論だ。その代わりと言ったらなんだが、一つ依頼を手伝って欲しいんだ」

「・・・依頼?」

「そうだ。近くの森でシルウルフが縄張りを形成したみたいなんだ。あそこは養蜂家がよく出入りする森だから、そいつらから依頼が入ったんだ。・・・見たところ、弱くはないんだろう?」


 先ほどとは打って変わって、普通の口調で説明する男。どこか貼り付けたような笑みがやや不気味な事以外、特に変わった所のない要求に思えるが。


「そうね。けれど、そうまでしてあなたに聞かなくても、他にも彼について知ってそうな人はちらほらいるわ。その条件は――――」

「こいつらは”知らない”んだ。だから、俺しか奴の情報を持ってないんだ」


 やはりどこまでも堂々としている彼女の言葉を遮るように、隻眼の男は語気を強めた。


「なあ。お前、この町で最近二級になったっていう冒険者のことは知ってるか?」

「・・・し、知らない・・・です」


 またも不気味に笑って。


「だ、そうだ。どうする?一回の討伐についてきてくれるだけでいいんだ。何も何日もパーティに拘束するって話じゃないんだ。悪い条件じゃあないはずだ」

「そう。・・・卑怯ね」


 呟き、飽きれ口調なのか、吐き出すように続ける。


「分かった。その条件でいいわ。短い間だけど、よろしくね」

「ああ。了承してくれて助かるよ。俺は隻眼のガルラだ。よろしく頼む」

「私は・・・セラよ。好きに呼んでくれていいわ」

「そうか。じゃあセラ。明日の朝九時に北側の正門前で集合だ。それまで、しっかり休んでおくんだぞ」

「・・・ええ」


 そうしてガルラと、セラと名乗る少女は別々の方へ散っていく。

 掲示板前には、生唾を飲み込み、怯えて立ち竦む冒険者だけが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る