第6話

 時間が止まったように思えた。脳が処理しきれずにいた。


「さん・・・は?」


 そんな。だって。


 頭の中に声が反響する。まさか。不可能だ。そんな馬鹿な。でももしかしたら。


「・・・まあ、混乱するとは思っていたよ」


 そう言って続ける。


「ここは精神世界。言ってしまえば、現実ではないからね。時間感覚なんてのは有って無いようなものさ」


 ・・・確かに筋は通っている・・・ような気がする。が、どうも府に落ちない。


「でも、じゃあ俺の体は一体どうなってるんだ。3か月もの間、平原に無防備にも野晒しっていうことにならないか?」


 そもそも、人間が飲まず食わずで3か月も肉体を保っていられるとは到底思えない。体は残っていたとしても、そこには心も鼓動もないだろう。


「あー・・・。まあ、それはほら、僕ってば”神”、だから」

「・・・理不尽にも程がある」


 けれど、既にこんな不自然が起こっているんだ、強引でも納得せざるを得ない。あまりにも癪だ。

 ただ、やることは明確になった。消去法ではあるものの。


「じゃあ、こんなところで駄弁ってる暇はないらしいな。今すぐ出発しよう」

「お、やる気だねえ。早い気変わりだったね」

「うるさいな。・・・で、俺はどうすればいい?」

「そのままでいいよ。あ、まぶしいだろうから、目は閉じておいた方がいいかもしれないね」

「・・・」


 何か言ってやろうとも思ったが、今回は素直に従ってやろう。

 やっぱり癪だ。


「言い忘れていたけれど、向こうに戻ったら、もう僕の声は届かないよ。ただ、どうしてもって時は、どうにかして呼び出してみてよ。現れることができるかどうかはわからないけれど、まあ、どうにでもなるさ」

「なんだその適当なノリは。そういうのは最初から言っておいてくれよ」

「悪かったってば・・・。じゃあ、今度こそ本当に飛ばすよ?準備はいいかい?」

「・・・ああ」


 謎の浮遊感の最中さなかから、徐々に倦怠感のようなずしりとした重さと共に、”体である感覚”が戻り、瞼に眩い光が刺さるように入り込む。


「それじゃあ健闘を祈るよ。僕のために頑張ってくれ」


 誰がお前のために、なんて言う暇も無く、さわさわと、先ず草木の萌ゆる風音が耳に届いた。

 ・・・帰ってきたらしい。

 帰ってきた、というのは表現として正しいのかは定かではないが。


 ゆっくりと目を開ける。

 慣れない光のせいで、目を細める。が、よくよく覚えのある、暖かみのある光だ。


「相変わらず広い草原だな」


 妹と共に飛ばされた、あの草原に立っていた。

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