それは、光を手繰り寄せる音

誰も生まれを選ぶことはできない。
それはパリでも、日本のどこかであっても同じことだ。舞台がフランスのパリ、主人公がアラブ系移民の2世と聞けば、懸隔を覚える方もいるだろう。私自身もそうだったけれど、出自や来歴という、自分では抗い難いものはあまねく背負わされているものでもある。

著者が描くパリの街は、主人公の目と境遇を通じて、閉塞感の漂う日常に落とし込まれる。それでも、冷淡になることなく、人間の発する熱と温かみを感じられるのは、著者がパリという都市に愛着を持っているからだ。

音楽学校に通う16歳の少年。彼が身を置く環境、奏でようとする音色。
そこには、痛切なまでの、光を求める声なき叫びがある。音楽を通して、過たずつぶさに拾われる細やかな機微。終盤の場面は、著者の抜きん出た筆力と感受性が遺憾無く発揮されている。結末まで、確かな言葉が導いてくれる。

決して、日本においても、縁遠い物語ではない。無論ながら、移民問題など、現代のフランスに根差した要素はある。けれど、宗教2世、経済格差など、出自や家庭にまつわる問題は日本でも通底するものだ。だからこそ、読まれるべき作品なのだろうと思う。著者の着想、それを支える知識と観察眼、何よりも視野の広さが、パリの片隅でこぼれ落ちていく物語を掬い上げてくれている。
この時代に産み落とされてしかるべき、小説という音の連なり。
丁寧な筆致、真摯な眼差しに、身を任せてみてほしい。

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