「日本語」に対峙する前に読んでほしい

この作品が持つ真摯さと苛烈さの前には、どのような感想も陳腐なものになってしまう気がしてならない。異なる文化を素地として育つこと、そのギャップを埋めることの難しさ、何よりも「母国」の定義とは何か。言語や慣習、それらがアイデンティティの確立に不可欠であるならば、何をもって自己の帰属を定義し得るのだろう。国籍か、遺伝子か、あるいは育つうえで苗床となった文化なのか。

作品を通じて浮き彫りになる、アイディンティティというものの曖昧さ。
さらに加えて、主人公が同性愛者であるという自覚と事実が、単なる「自己の帰属をめぐる葛藤」に留まらない深みを生み出している。親子や家庭の問題は、程度の差はあれ多くの人間が直面するものながら、自己認識に関わる複雑な要素が絡むことでより深刻さを増した真実味。陰湿で残酷ないじめの描写も、現実の複製ではなくともリアリティに富んだ表現であることは確かなのではないだろうか。

題名である「モグラの穴」がどんな意味を持っているのか作品を読めばよくわかる。目を背けたくなるような展開に、人間という生物の抱える矛盾が真摯に描かれている。

最後になるけれど、過酷な経験を重ねてもなお、主人公が「日本語」を通じて「母国」を理解しようとすることにどんな言葉を捧げたらよいのだろう。物語を読み終えた時、私は自分が日本語を母語として育ったこと、この言語をうつくしいと感じる感性を養えた事実に感謝した。

そして、この作品のように、あらゆる題材に真摯に向き合いたいと思いました。
日本語に対峙する皆様、どうかいちどご覧になってはいかがでしょうか。

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