第12話 警護官との出会い
予定していた、警護官がやってくる日が来たらしい。今から、その瞬間が楽しみだ。どんな人なのだろうな。職務に忠実だとは聞いているが。俺の安全を任せる相手なのだから、しっかり仲良くしたいよな。
というか、嫌われて職務を義務感だけでやらせるようになると、お互いに大変そうだ。その辺も考えて、できるだけ気づかっていきたい。
なので、母さんが出迎える時間に合わせて、俺も待っていた。まずは、挨拶からだと思うからな。
しばらくして、チャイムが鳴る。母さんが出て、俺は待っている。玄関から、少し話し声が聞こえていた。その感じだと、確かに俺の警護官がやってきたみたいだ。
ということで、母さんの方へと向かう。念のために、誰か分かるまでは出るなと言われていたんだよな。男は希少らしいし、ストーカーを警戒しているとか、その辺だろう。
向かった先には、黒髪黒目の女がいた。美人だと思うのだが、いまいち言葉にしづらい。印象的な部分がどこにもないというか。もしかして、わざとだろうか。俺を守るために、目立たないようにしているとか。
外見から分かる情報は、身長が高いこと、おそらくは20代中盤だろうこと。それくらいだ。無表情っぽいのに、そこまで顔が固定されている感じもしない。本当に、言語化しづらい人だな。
「こんにちは。警護官の人ですよね。これからお世話になる、赤坂とばりと言います。よろしくお願いしますね」
そう言って、相手の手を握っていく。握手のつもりだ。これから、ほとんどの時間を一緒に過ごすことになる相手だ。できるだけ、好印象をもってほしくはあるな。
確か、藤崎さんって言ったっけ。名前までは知らないんだよな。相手の方から、返してくれれば良いのだが。
「私は、
「はい。それでなんですけど、守りやすいように、気をつけた方が良いことはありますか?」
護衛対象が勝手なことをすれば、守りにくいというのは聞いたことがある。あれは、何かのドラマだったかな。まあ、納得できる理論だったので、今回にも応用できるだろう。
相手は、仕事とはいえ人生のほとんどを俺との時間に使ってくれるんだ。せめて、少しでも仕事がうまくいくようにしたいよな。
「私のそばに居て、急に走り出したりしなければ、ありがたい。仕事だから、こちらの方で注意はするけど」
「だからといって、藤崎さんの負担を増やす訳にはいかないですから。いくら仕事でも、大変なことをしてもらうんですから」
「ありがとう。気づかいは嬉しい。でも、そこまで気にしなくてもいい。警護官の仕事は、どんな状況でもあなたを守ること」
そういうものなのか。まあ、確かにな。そこらの男が、護衛される側としての心得を持っているはずもない。だから、普通の人間が普通に行動している状況でも、守るだけの訓練は積んでいるのだろう。
とはいえ、俺のせいで藤崎さんが大ケガをしたりしたら、後悔してもしきれない。そうなると、ある程度の気づかいは必要だと思うんだよな。
「俺が変なことをしたせいで、藤崎さんが余計な傷を負ったりしたら、イヤじゃないですか」
「あなたは優しい。でも、大丈夫。私は強いから、大抵の状況では問題にならない」
「なら、良いんですけど。せっかく出会えた人なんですから、関係は大事にしたいんですよね」
「話は変わるけれど、別に敬語は使わなくて良い。楽にしてくれれば良いから」
「分かった。なら、藤崎さんには普通に話させてもらうよ」
「それでいい。私の役目は、あなたを守ること。それは、体だけじゃないから」
ということは、精神的にも守ろうとしてくれているのかな。ありがたい話だ。いくら仕事とはいえ、大変だろうに。しっかりと、感謝していかないとな。
「とりあえず、とばり君と藤崎さんの関係が悪くなさそうで良かったわ」
「そうだな、母さん。この人となら、うまくやっていける気がするよ」
「なら、藤崎さん。とばり君のこと、よろしくお願いします」
「もちろん。高い給金をもらっているのだから、その分の仕事はする」
高い給金と言ったか。それなりに、金はかかっているのだな。まあ、安くて良いとは安易に言えないよな。この世界の治安だって、詳しくは知らないのだから。
そうなると、感謝をしていくのが良いか。母さんは、俺のために藤崎さんを雇ってくれたのだから。
「ありがとう、母さん。わざわざ高い給金を出してまで」
「当たり前のことよ。とばり君の安全で、手を抜いていい理由はないんだから」
「それなら、藤崎さんも相当選びぬいたんだろう。俺も、母さんの判断を信用するよ」
「とばり君は、本当に優しいわね。藤崎さん、本当にこの子をよろしくお願いします」
「もちろん。私から見ても、とばりは良い子。仕事のことを抜きにしても、好感を持てる相手」
藤崎さんの言葉が本音なのかは、表情からは分からない。というか、いまいち顔が印象に残りづらい。声も。せっかくだから、聞いてみても良いだろうか。失礼だろうか。ええい、ままよ。
「藤崎さんの、顔や声は意識的に印象を消しているのか?」
「そう。化粧や表情の作り方で、印象に残りづらくはできる。堂々と守る護衛も居るけど、私は影」
「教えてくれて、ありがとう。なら、外では話しかけない方が良いか? できれば、会話もしてみたいんだが」
「問題ない。あなたが望むのならば、相応の対処をするだけ」
この人は、きっと優しい人なんだろうな。俺の言葉なんて、ワガママだって切り捨ててもいいはずなんだから。護衛の仕事に専念するほうが、楽ではあるだろうし。
そうなると、できるだけ親しくしたいし、楽をさせたい。今の段階でも、かなり好きになれそうな相手だから。
「藤崎さんは優しいな。これから、できるだけ仲良くしてほしい。そして、できればずっと一緒に居てほしい」
「とばり。女に軽く、ずっと一緒にいてほしいなんて言ったら、危険。私だって、欲のある人間なんだから。襲われてもおかしくない」
「ありがとう。心配してくれたんだな。そんな人だから、信じたいって思うんだ」
「とばりの信頼には応えるつもり。あなたの好意は嬉しいから。ありがとう、信じようとしてくれて」
藤崎さんは、少しだけ微笑んでくれた。まずは、小さな一歩を踏み出せたと思う。できれば、藤崎さんとはもっと仲良くしたい。だが、急ぎすぎても良くないよな。まだ、出会ったその日なんだから。
とはいえ、好意は全力で伝えていきたい。嬉しいと言ってくれるのだから、俺だって嬉しくなるんだ。その喜びの文も、この人に返していけたらな。
「藤崎さん、これからよろしく。苦労をかけるかもしれないが、許してくれたら嬉しい。もちろん、配慮はするつもりだが」
「もちろん、仕事はきっちりとこなす。あなたのような優しい人が、怖い目に合わないように。全力を尽くしていくから」
少しだけ、藤崎さんの目が優しくなった気がする。きっと、俺のことを受け入れてもらえたのだろう。俺も頑張っていかないとな。これから先、俺の警護官で良かったと言ってもらえるように。
「とばり君、藤崎さんのことが気に入ったみたいね。これなら、安心して任せられるわ」
「そうだな。この人なら、頼っていいと思う。俺としては、人生を預けるのに不足はない」
「とばりの期待に応えるって、約束する。なにか事件があったとしても、この身にかけても守るから」
「藤崎さんが犠牲になったら、意味なんて無い。それだけは、忘れないでくれ」
「分かった。あなたのために、完璧に仕事をこなす。それが、私の望みでもあるから」
仕事だから、ではないと考えて良いんだよな。そう思ってくれるのなら、俺だって藤崎さんのために尽くそう。
良い人が警護官になってくれて良かったな。これなら、安心して学校に通えそうだ。
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