第13話 正しさを選べなくても

 私は、警護官になるために育てられた。武術を鍛え、顔や声の作り方を教わり、一流の警護官に成長するのが使命だと。


 そんな私が守る相手について、想像をしたことは少ないと言って良い。どんな相手だろうと、身命を賭して守るのが当然のことだと言われていたから。


 もう1つ、警護官の側からは相手を選べないということもあった。それは、いわば当然のこと。企業に勤めるとはいえ、数少ない男を守るのは国家の誉れだという価値観が支配しているから。単純に、国体の維持のためには男の存在は重要であるためだ。


 いずれにせよ、私には理想の相手などいなかった。相手に気に入られなければ担当の変更だって珍しくない。だから、一生をかけて尽くす相手がいるとは限らない。


 そもそも、警護官としての教えに、相手がどんな人間であるかなど、気にしてはならないというものがある。それはそうだ。嫌いな相手だからといって雑に守る人間は、人を守る上でふさわしくない。


 だから私は、警護官として守る相手が決まったと言われた時も、いつも通りに過ごしていた。そうすることが、当然の使命だと信じていたから。


 派遣された先は、赤坂家。そこのご子息である、赤坂とばりが私の警護対象。当然の流れとして、まずは挨拶へ向かうこととなった。


 男の人と親しくなる警護官は少ない。だが、それでもお互いに人となりを知るのは大切だと教わっていた。どんな人間か理解することで、仕事がスムーズに進むからと。


 とはいえ、男の人本人が出てくることは少ないらしい。基本的には、親と話をして終わりなのだとか。仕方のないことではある。男の人は、女の人と交流したがらないらしいから。


 だけど、実際に出会った赤坂とばりは、教わっていたものと何もかもが違った。まず最初に、挨拶をしてから私の手を握る。おそらく、握手として。そんな風に女の人とふれあいを望む男の人なんて、聞いたことがなかった。


 私はとても驚いていたし、正直に言って動揺していた。だけど、まさか警護官が簡単にスキを見せる訳にはいかないから。だから、必死で顔に出ないように抑えた。自分でも、よくできたものだと思う。


 だって、とばりの手の感触は、私の知っているものではなかった。声も顔も、今まで見てきたどんなものよりも好ましかった。


 おそらくは、想像していたものよりも優しい態度を取られて、混乱しているという側面もあったのだと思う。とばりの顔も声も、確かに優れている。だけど、それだけで好きになるほどとは思えないから。顔だけで好きになるなんて、ありえないのだし。


 とはいえ、私は平静を保つことが、とてつもない難題だと感じていた。私が訓練していたのは、相手に雑な扱いをされた上で平常心を保つもので、距離を詰められた時に受け流すものではなかったから。


 ただ、こんな状況を想定しろと言われても、私は意にも介さなかっただろう。女の人に対して、全力で優しくする人なんて、おとぎ話の存在としか思えなかったから。


 とばりは、私の知っているどんな物語の男よりも、警護官に対して真摯だった。


 物語では、命がけで守ったことがきっかけで距離を詰めるものはあった。だけど、私が守りやすいように、どう動けば良いか聞いてくる人なんていなかった。男の人の勝手な行動で護衛官が振り回されるのが職務だって、信じていたのに。


 私の負担を減らしたいとか、私がケガしたら嫌だとか、そんな事を言われるのは、頭の中に甘美な感覚を運んできてしまう。護衛対象に想いを抱くなんて、あってはならないのに。私は、護衛官失格になってしまうかもしれない。そんな恐怖すら感じていた。


 ただ、この人を守ることが私の仕事だというのなら、とても嬉しい。そう感じているのは事実だった。無私の奉公こそが尊ばれる護衛官にもかかわらず。


 だけど、他の誰だったとしても同じだとも思う。あるいは、もっとひどかったかもしれない。自分に好意的に接してくれる男の人なんて、誰もが夢見るものだから。


 そんな相手と出会ってしまっては、いくら訓練を積んだ護衛官といえど、理性を失ってもおかしくはない。私だって、ふと気を抜けば、だらしない顔をしてしまいそうだったのだから。


 とばりのお母様に彼を頼まれても、給金のためだと口にしたのは、自分への戒めのため。彼のために守りたいなんて口にしてしまえば、仕事であることを忘れてしまいそうだったから。


 もちろん、仕事の心情でなくなったとしても守るつもりではあった。ただ、私が目指してきた護衛官としては、間違っている行動としか言えない。


 ただ、間違っていたとしても、とばりの笑顔が守られるのなら良いのかもしれないと思う私もいた。だって、私を本気で大切にしようとしてくれる人だから。そんな優しい人が傷つくなんて、許されて良いことじゃない。


 護衛官なんて、ただの装備品と考えていても良い。むしろ、行動を制限する邪魔者だと考える人の方が多いくらい。だからこそ、とばりの行動は輝いて見えた。


 それゆえ、仕事のことを抜きにしても、とばりには幸せでいてほしいと思えた。優しさが故につらい目に合うなんて、物語の中だけで十分だから。それは、間違いない私の本音。


 とばりに驚かされたことは、もう1つある。それは、私が印象に残りづらいように表情や声を制御していることに気づかれたこと。


 つまり、私のことをよく見ている証。護衛官の技術がバレてしまったのは、私の未熟さのせいかもしれないけれど。でも、お母様は気づいていない様子だった。だから、私の動揺のせいではないと思う。というか、失敗していたのなら、強い印象を与えていたはずだから。


 いずれにせよ、とばりは特別な存在なのだと、よく分かった。どうにも、人の感情には、うといみたいだったけれど。


 鋭い相手だったのなら、私の感情にだって、お母様の感情にだって気づいていたと思う。私は動揺していたし、お母様はとばりに執着している様子だったから。


 だから、私が守っていかないといけないのだと思う。家族ならともかく、他の誰かに変な感情を向けられてしまったら、困る時もあるだろうから。


 というか、下手したら護衛官だって警戒しないといけなかったと思う。比較的冷静な私が選ばれたのは、とばりにとって幸運だったのではないかと考えるくらいに。


 だって、私に対してずっと一緒にいてほしいなんて言うのだから。プロポーズと間違えられてもおかしくない言葉を。


 私は、かろうじて理解できた。護衛官として信頼しているから、変えられてほしくないという言葉だって。それにしたって、出会って1日の相手に言う言葉ではないと思うけど。


 だけど、とばりの優しさは本物だと感じるから。私を信じようとしてくれて、私の安全を気にしてくれて。そんなの、態度として取りつくろうだけの人でも、男の人にはいないから。


 そんな優しい人だから、仕事でなくても守りたい。そう、心から感じてしまった。私が守るのなら、とばりが良い。そう思ってしまった。護衛官として失格だと分かっていても。


 とばりは、私が全てをかけて守ってみせる。そうすることが、私の幸せ。私の望み。だから、とばりにはずっと幸せでいてほしい。その姿を見せてほしい。


 私の人生は、とばりのためにある。そのために生まれてきた。だから、これからもよろしく。

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