男女あべこべ世界でガチ恋チキンレース

maricaみかん

1章 新たな世界で

第1話 ガチ恋チキンレースの始まり

 ガチ恋チキンレースというものを思いついてしまった俺は、それを実行するための手段を考えていくことになった。


 きっかけは、病気で死んだと思ったら、別の場所で目覚めたこと。病院のようなところで、起きたら女の人が目の前にいた。30代くらいの、優しげな人。


 彼女は、俺が目を開いたのを確認した様子を見せると、こちらに抱きついてくる。


「とばり君、起きてくれて良かった!」


 状況からするに、とばりが俺で、目の前に居るのは家族か何か。ドッキリであることも考えたが、そもそも俺は本当に死んでいたはず。


 そうなると、死んでしまった俺が、別の誰かとして生まれ変わったというか、憑依したというか、その可能性が高いんじゃないかと思える。


 自分でも不思議なくらいに頭が回る。これまでの俺なら、とばりって誰だとでも言いそうなのにな。


 まあ、一度死を受け入れたから、他の出来事も受け入れられるのだろう。死ぬことに比べれば、自分が別人になっている可能性なんて、小さなものだ。


 だって、生きているんだからな。苦しさもない感じからすると、健康な体で。


 それなら、他の問題なんてどうでもいい。ベッドの中で、血を吐きながら動けない日々を思えば、どれほど健康がありがたいことか。


 だからこそ、今の状況を失いたくない。もし仮に、夢だとしても。


 そうなると、うかつな言葉を使えない。例えば、目の前にいる誰かに名前を聞くような真似は問題だよな。


 どう考えても、家族といった関係なのだから。なんとかごまかせないものか。


「ここは、病院……? 医者を呼んでもらっていい?」

「分かったわ。確かに、ちゃんと見てもらわないといけないものね」


 ということで、医者を呼んできてもらう。俺の狙いは、医者から女の人との関係を聞くことだ。親御さんとでも言ってくれれば、それで解決だからな。


 仮説段階ではあるが、妻、姉か妹、母親の誰かだと思う。その中で誰かを絞り込むのは、外見だけでは難しいからな。


 ということで、俺の外見を割り出せないかと鏡を探すが、見つからない。俺の年齢が分かれば、相手との関係のヒントになったんだが。


 まあいい。とりあえず、女の人が医者を連れてくるのを待つだけだ。


 しばらくすると、白衣の女とさっきの女の人がやってきた。


「まずは、患者さんに質問を始めていきますね。自分の名前は言えますか?」

「とばりです」

「名字は分かりますか?」


 完全に詰んでしまった。医者を呼んでもらうのは軽率だったかもしれない。まあ、仕方ない。分からないものは分からないのだから。


「……」

「もしかして、私が呼んだ名前だけを覚えているの? 私の名前は分かる?」

「……」

「そんな……」


 ああ、もう俺が記憶を持っていないことは、気づかれてしまったな。さて、単純に記憶喪失でごまかせるだろうか。


 一応、エピソード記憶だけが無くなったことにすれば、整合性は取れるはずだ。自分でも冷徹だと思うところはあるが、それでも生きていたい。


 せっかく来世を手に入れたのだから、何をしてでも失いたくない。健康な体を、できる限り味わいたいのだから。


「これは、もう少し検査が必要かもしれませんね。自己紹介は、されますか?」

「ええ……。記憶を失ってしまっても、大切な息子だもの……」

「母さん、思い出せなくてごめん」

「あなたは悪くないわ。階段から落ちちゃったのに、すぐに気づかなかった私が悪いの……」


 なるほど。それで頭を打って意識を失って、入院していたと。だったら、記憶喪失で話を進めても問題ないだろうな。ありがたいことだ。


 目の前の母が悲しんでいるのは同情するが、だからといって死にたくはない。前の人格を取り戻すということは、俺がいなくなるということ。つまり、死ぬのと大差ない。


 できるだけ、俺に入れ替わってよかったと思えるように、努力する。だから、俺を受け入れてくれ。


「気にしないでくれ、母さん。俺は生きているんだから」

「そうよね。せめて、命があることを喜びたいわ」


 母は前向きに考えようとしている様子。だったら、できる限り親孝行していこう。そうして、俺に好意的になってもらいたいところだ。


 前世では、病気でベッドの上から出たことがない。そんな俺に、うまくやれるのか不安ではあるが。


「とりあえず、俺の名前を教えてもらっていいか?」

「あなたは、赤坂とばり。私は、赤坂そら。あなたの母よ」

「分かった、母さん。赤坂とばり、だな」

「そうよ。仮に記憶を失っても、あなたは大切な息子。それを忘れないでね」

「ありがとう。母さんとなら、幸せに生きていけそうだ」


 見た感じ、優しそうな人だし。それに、今のところは実際に優しいと思える。前世では、病院で1人で居るばかりだったからな。ちゃんと見舞いに来てくれるだけで、信頼して良い気がする。


「じゃあ、検査を進めていきましょうか。何か異常があるといけませんから」


 ということで、MRI検査を受けたのだが、特筆すべき問題はなかった。なので、一度家に帰れることになった。なので、帰りに車で送ってもらいながら、母と話をしていた。


「母さん、俺と母さん以外に、誰か家族はいるのか?」

「人前以外でも、ちゃんと話をしてくれるのね……」


 なんだろう、俺が生まれ変わる前の赤坂とばりは、母を無視していたのだろうか。優しい人なのにな。もったいないことだ。


「よく分からないけど、俺は母さんと仲良くしていきたいぞ」

「ありがとう、とばり君。これから、よろしくね」

「もちろんだ。俺を受け入れてくれて、ありがとう」

「当たり前よ。愛する息子なんだから。それで、他の家族だったわよね。姉のゆかりと、妹のりんごが居るわ」


 なるほど、姉と妹か。母は美人だから、姉と妹も美人なのだろうか。まあ、重要ではないな。仲良くできるかの方が、よっぽど大事だ。前世の家族は、俺を放置してばかりだったからな。


 そして家に帰ると、姉と妹が出迎えてくれた。母と並ぶと、似ている感じがあるな。母は穏やかな雰囲気で、ウェーブのかかった長い黒髪。


 姉らしき人は、髪を金色に染めていて、肩くらいまでの長さだ。カールも入っている。話で聞いた、白ギャルみたいな感じだろうか。その辺は、詳しくないんだよな。


「おかえり、とばり。元気だった?」

「ちょっと、問題はあるんだけど。まあ大丈夫だ」


 呼び捨てなので、実際に姉なのだろう。予想が当たっていたな。


 妹の方は、母と同じく黒髪黒目。ふわふわ中身を頬辺りまで伸ばしている。お人形みたいな可愛らしさがあるな。


「お兄ちゃん、おかえりなさ~い」

「ああ、ただいま、りんご」


 さて、記憶喪失の件をどう説明したものか。それにしても、俺以外は女の人なんだな。なんとなく、緊張してしまうな。


「とばり君は、記憶喪失になってしまったの」

「えっ、とばり、大丈夫なの?」

「検査で問題はなかったから、そう心配は必要ないよ。ありがとう」

「そんな風にお礼を言うなんて、ほんとに記憶喪失なんだ。でも、悪くないかな」

「お兄ちゃん、私のことも忘れちゃったの?」

「その分、もっと思い出を作っていきたいところだ」

「りんごと思い出を作ってくれるの? 嬉しい!」


 ショックを受けている雰囲気はなくて、安心した。あまり周囲を悲しませるのは、本意ではないからな。


「今日はとばり君も疲れちゃったでしょうから、1人にしてあげましょう」

「了解。確かに、大事なことかな」

「分かったよ~。遊べないのは残念だけど、また明日ね!」


 とりあえず、これからみんなと仲良くしていこう。そう考えて、家に入ってからは、人と仲良くする方法をインターネットで調べていた。


 そうすると、男女比がおかしくなっていることが分かった。それで、男の人は、定期的に精液を役所に提出していれば、生活に困らないことも分かった。


 だから、俺は今後の立ち回りについては心配しなくて良い。


「なるほどな。この世界なら、人生を楽しむ方向で考えても大丈夫そうだな。少なくとも、生きる上で苦労はしなさそうだ」


 それで、女の人は男の人と仲良くする機会が稀なのだとか。男の人は精液を送るだけで済ませて、人工授精が主なようだ。


 だったら、俺が仲良くしていけば良い。どうせなら、前世ではできなかった人との交流を進めたい。


 そのために、距離を縮める方法を考えていると、ガチ恋という言葉が頭に浮かんだ。


 実際に恋愛関係になるには、ちょっと怖さがある。それなら、恋されない範囲で仲良くすれば良い。そう考えた瞬間、チキンレースみたいだなと思った。


 直後、ガチ恋チキンレースという言葉が思い浮かんでしまった。内容を考えていけば、相手に恋をされないギリギリまで、好感度を稼ぐこと。


 なんだかとても楽しそうだ。そんな考えにたどり着いて、ガチ恋チキンレースという言葉が、頭から離れなくなっていた。

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